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新型コロナ闘病記

2021年5月17日に新型コロナウイルスのPCR検査で陽性になり、自宅療養から中等症まで至り入院しました…。今は何とか回復し、幸いにして後遺症もほぼ無い状況です(少し咳が残るのと、寝たきり生活での体力の低下は残っています)。

この記事を書いている時点で日本における新型コロナウイルスの感染者数は75万人(人口の0.6%ほど)とかなり少ない数ですから、この経験がどなたかの参考になればと思い闘病記を残しておきます。
なお、自宅療養期間に世話をしてくれた妻が書いた感染予防対策の記録は、こちらの記事で記載していますので、そちらも合わせて見ていただくと更に参考になろうかと存じます。

※本記事はあくまで個人的感想や体験を記しているだけですので、他の方の症状や経過、体験と異なる点や、医学的・科学的な間違いを含む恐れがあることにご了承ください。

「1.」で今までの流れの概要を書いています。
「2.」以降で時系列の中で特に印象的だった部分などを詳細に記載しています。
症状の概要は殆ど「1.」に書いていますので、雰囲気を掴んで頂くには「1.」のみ読んで頂くのでも構わないと思います。

1.時系列

5月13日(木)在宅勤務。夕方からちょっと体調が悪いのと軽い咳が出始め、平熱+0.5度ほどの微熱。
5月14日(金)出社予定を在宅勤務に切り替え。引き続き咳が出るのと、夜には平熱+1度ぐらいの微熱。結果的にこの日が最後の勤務日に。
5月15日(土)休日。朝起きると平熱+1.5度ぐらいの熱。近所の病院でPCR検査を受検、その頃から熱は38度後半から39度台に。
5月16日(日)病院で処方してもらった解熱剤を飲むと熱が下がる(37度前半)が、数時間したらまた高熱(38度後半)になるのを繰り返す。頭痛がすごい。咳も出る。
5月17日(月)夜中に高熱で起きるのがこの日から続く。夕方に病院からPCR検査の結果を知らされる(陽性)。その後すぐ保健所から連絡があり、体調チェックの上、自宅療養を継続してほしい旨。このあたりから味覚と嗅覚がなくなる。熱は相変わらず37度~39度を行ったり来たり。ここから入院まで毎日保健所から体調チェックの連絡あり。
5月18日(火)保健所からパルスオキシメーター(血中酸素濃度の計測器)が届く。熱は38度台。食事があまり喉を通らなくなる。
5月19日(水)午前中の保健所からの体調チェックで熱が下がっていないことから入院の手配。午後に入院→即レントゲン・CT・血液検査、レムデシビル投与。就寝前に39.8度と熱が最高値に。
5月20日(木)熱が37度台に下がる。
5月21日(金)平熱に下がる。
5月23日(日)味覚が半分ぐらい戻る。点滴を一旦打ち切りして様子見。
5月24日(月)2回目の血液検査。結果が良かったので退院決定。
5月25日(火)退院。2回目のPCR検査を受検。
5月26日(水)2回目のPCR検査の結果通知(陽性)。
6月1日(火)3回目のPCR検査を受検(結果待ち)。

2.症状発生→自宅隔離

5月15日(土)に熱と咳の症状が出たので、住んでいる市の相談窓口に連絡し、PCR検査の要否を相談しました。
症状から新型コロナウイルスの疑い事例であることは間違いないということで、検査を行う病院の紹介を依頼したのですが、私の住んでいる市の相談窓口は、インターネットで検索して対応している病院を自分で見つければそこに行って構わない、という対応でした。
一応近所で…と紹介された病院は隣の駅の病院だったので、体調的にも苦しいことから調べ直したところ、家のすぐ近所に発熱外来の対応をしている病院があり、そこでPCR検査を受検することとしました。
ちなみに、今はどの病院も、発熱や咳の症状がある場合は事前電話連絡&予約の上での来院を求めているので要注意です。

受験が週末(土曜日)だったこともあり、検査結果は翌々日(月曜)に知らされるスケジュールでした。一旦は普通の風邪である前提で薬をもらったのと解熱剤を処方していただき耐えることとなります。
ちなみに後から聞くところによれば、解熱剤はカロナール(アセトアミノフェン)がよく、ロキソニンはあまり好ましくない…とのことであり、処方されたのもアセトアミノフェンでした。市販薬で耐えるのはあまり良くないかもしれないですね。

3.自宅療養・陽性確定

PCR検査の結果を待つ間は自宅で療養しました。
幸いにして妻と部屋を分けて暮らすことができたので、家庭内感染を防止する視点では良かったです。
しかし、家庭内隔離をしている以上、ある程度自分で自分の面倒を見なければいけない状況でもあります。これが中々準備のいることでして、もし罹ってしまう前に戻れるなら、予め以下のものはあったほうが良かったなぁと思います。

・十分な水分(ポカリなど)をペットボトルで。冷蔵庫に入れず、部屋にたくさん並べておいておくだけでもかなり気が楽になりました。(部屋から出ずに水分補給ができるので。)
・氷枕。本当に熱が高いと眠れもしないです。私は頭痛も酷かったのですが、氷枕を買ってきてもらってからはかなり楽になりました。冷感シートも使いましたが、1時間もせずぬるくなってしまうので、交換する手間がしんどかったのが正直なところです。交換分含めて2つは常備しておきたいものです。
・早く測れる体温計。家にあるのが測るのに1分ぐらいかかる古いもので、結果が出るのを待つのもしんどいぐらいでした。
・inゼリーなどのゼリー飲料。熱が高すぎると食欲もわきませんでしたが、水っ気のあるものだとまだ飲み込めそうです。普通のゼリーはスプーン使って食べないといけないので、家庭内隔離の視点からもあまり好ましくないように思えます。賞味期限も結構長いので、防災の観点からも備蓄して良いかもです。
・使い捨てのボディタオル、ドライシャンプー。風呂に入る体力もなく(特に夜は解熱剤を寝る前に飲まないといけないので、風呂に入るタイミングは高熱に耐えており風呂どころでなく…)、数日間シャワー無しで過ごす羽目になりました…。途中で買ってきてもらいドライシャンプー(シートタイプ)を使用しましたが、結構ベタつきは落とせてスッキリしました。
・ベッドでスマホやタブレットを見るのに楽なグッズ(アームスタンドとか)。これは入院してからも暇つぶしに必要でした。普段から使うとダメ人間度合いが上がりそうですが。

陽性の連絡は検査を受けた病院の先生から電話でいただきました。陽性になると保健所に連絡が行き、以後は保健所の対応に移るということを知らされます。

保健所からは、予め相談をしていたことも良かったのかどうかわかりませんが、病院からの陽性連絡のあと1時間ぐらいで連絡を受けることができました。その電話では現在の体調チェックと自宅療養の心得、同居人のPCR検査の対応方法や家庭内隔離の方法について知らされます。
ここで結構大変なのが、高熱でしんどいところに全て電話で指示が出されるので、メモしたり記憶したりするのがかなり大変、ということです。いっそボイスレコーダーに残せば良かったかもしれません。保健所の方の労力を増やしてしまうかもしれませんが、電話は体調チェックのみで、詳細な案内はSMS、といった対応だと感染者側は楽かもしれないです。
当初、妻への家庭内感染を防ぐ視点からもホテル療養の可能性を保健所と相談していたのですが、希望制で自己負担があるということ、移動の辛さから見送ることとしました。

私は早い段階からCOCOA(接触確認アプリ)を使っていたのですが、私の場合は保健所からの連絡より前に処理番号(陽性者として登録するためのパスワードのようなもの)がショートメールで届きました。それをCOCOAの陽性者登録の画面で入力し、発症日を登録すると、発症日から遡って2日か3日かに接触があったとされる人に通知が行きます。妻や会議で一緒になった会社の上司に通知が行ったようでした。

4.感染経路

保健所や医師とも相談したのですが、感染経路は謎です。
ゴールデンウィーク中は買い物や外食は多少していたのと、実家に立ち寄っているので全く出かけていない、というわけではないのですが、会食のような明確なルートはわからず仕舞いでした。
潜伏期間かどうかギリギリなタイミング(発症からちょうど2週間前)で陽性者(一緒にいるときは発症前)と同じ場所にいたということがあったのですが、当初も濃厚接触者認定されず、私の発症時も感染経路としては微妙だと保健所からは言われました。

5.入院

自宅療養で高熱が出始めて5日目(発症から6日目)、解熱剤を繰り返し飲んでも一時的に熱が下がるだけでどうにも熱が下がる傾向にありませんでした。
その旨を保健所からの体調チェックで伝えたら、今までの経過からこれはもう入院ということで良いですか?と確認があり、こちらも体調がしんどいのと家庭内感染の怖さから、入院手配をお願いすることとしました。

私自身には運がよく、住んでいる地域はこのタイミングであまり病床が逼迫していなかったため、入院手配を朝9時か10時ごろにお願いし、その後1~2時間で手配できた旨の連絡を受け、当日の14時に介護タクシーで病院まで移動、即入院できました。
介護タクシーは後部座席が完全に隔離されており、運転手さんは防護服着用という感染者輸送仕様にされたワンボックスでした。見る人が見たらびっくりしちゃいそうですね。

入院の際は病院の建物外で荷物を預け、建物内は隔離エリアまで車椅子で移動させてもらいました。これは靴含めて接触箇所を減らすというのと、感染者自身が不用意な移動をしないように、ということかと思われます。移動中も他の患者さんや病院スタッフとの接触は最小限になるように配慮いただきました。
入院時にはCTスキャンとレントゲン、血液検査を行い、病室に入ったらすぐにレムデシビルの点滴でした。加えて食事量が少ないことから輸液での栄養点滴も行われました。これらのおかげか、翌日にはかなり症状は回復します。

入院時に大変だったのは、何日間の入院になるかわからないのとアメニティは基本無し、差し入れもNGとのことだったので大量の荷物を持っていくことになったことと(スーツケースにぎゅうぎゅう詰め)、入院手続き(名前や住所の記入から始まり、既往症の聞き取りなど)は普通の入院と同じレベルで、しかも紙ベースで行ったことでした。
特に手続きは、くらくらするほどの体調で何度も名前を書き、住所を書き、としたのは堪えました…。こういったところも普段から電子化しておいてくれれば、もう少し手続きも楽になるように思うのですけれど。

入院時の検査では肺炎の症状がレントゲンで確認されたのと、血液検査では炎症を示す値が高めに出ていたので、新型コロナウイルス感染症の中等症という診断を受けて治療が始まりました。

入院翌日からはびっくりするほどすぐに体調が良くなりました。入院中は味覚・嗅覚の障害により味を感じられないお弁当との戦いが一番しんどかったように思います。ちなみに病院食は全てお弁当で、体調が良くなってからは廊下に置かれたものを取りに出る形でした。
結果的にはこの味覚嗅覚も数日で回復したので、非常に運が良かったように思います。与太話ですが、一番最初に料理として味を感じられたのは具入りのオムレツ(トマトソースかけ)でした。また醤油を使ったもの、出汁を効かせたものも早い段階で味を感じたように思います。

入院中は半日ごとに交代する看護師さん以外、主治医の方含めてすべてナースコールを通じてのコミュニケーションだったのが印象的です。問診もリアルで行わないといけないことは全て看護師さんが防護服を着て病室で行う形でした。
病室は、病棟の一角をレッドゾーンにして数室を隔離エリアとして形成された中にあり、トイレやお風呂含めレッドゾーンの外には一切出られないようになっていました。売店(取扱商品はわからない…)の買い物と洗濯は、看護師さんにお金を託して依頼することが可能になっていました。

地味に辛かったのが病室にインターネット環境が自分の回線しか存在せず(つまりWi-Fiが拾えない)、暇つぶしに動画を見ていると凄い勢いで通信量が増えていくことでした。(参考画像)

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6.退院後

退院はあっという間でした。薬なしでの解熱を確認し、血液検査の結果が十分下がっていることが確認できた朝に退院が告げられ、当日の昼前には退院となりました。中々急でびっくりしましたが、他の退院された方のベッドもすぐに次の患者を受け入れられるよう準備されていたのを見るに、退院基準を満たせればすぐにでも退院、という運用でコロナ専用病床を回転させているのだと思います。それだけ病床が逼迫していることの裏返しでしょう。。

なお、勤務先の都合で退院後にPCR検査を受検しています。入院先の病院では退院時のPCR検査は不要ということでした。
入院先でも検査を受けている病院でも言われるのは、退院基準を満たしている時点で感染力はなくなっているが、PCR検査では陽性がしばらく出る…ということでした。
このあたりは医師など専門家の方の解説を読んで頂くのが間違いないと思いますが、コロナからの回復者は後遺症が残っていても感染力を失っているということはもう少し広がってくれたら良いのに、と当事者になってみると思います。

7.最後に

貴重な(正直得たくはなかった!)経験をすることとなり、感染症対策の重要性を改めて認識するに至りました。また、かなり解明された段階で感染したとはいえ、世間的には未知の病気に罹ったということは心理的なプレッシャーが(症状が出ている間も、回復後も)かなり強いです。
感染経験者はどういう扱いになるのかわかりませんが、ワクチン接種ができるタイミングになればすぐにでも受けに行きたいですし、身の回りの人にも勧めておきたいです。正直こんな目に合う人はこれ以上増えてほしくないです。。

次回以降は、普段どおりのショッピングモール論に戻れればな、と思います。ちょっと異色の記事が続きましたが、参考になった!面白かった!という方はぜひ♥(スキ)をお願いします!

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