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2002年ドラマ「ランチの女王」は最高のお仕事ドラマだ!いや人生に迷ったときの羅針盤ですらあるのだょ!

2002年 フジ
出演
竹内結子 江口洋介 妻夫木聡 山下智久 山田孝之 伊東美咲 堤真一

洋食屋「キッチンマカロニ」が舞台のドラマです。

今じゃ考えられない豪華なキャスティングです。
堤真一、江口洋介、妻夫木聡、山下智久の4兄弟と、若くてピチピチ絶頂期の竹内結子をメインに、脇役にはまだあどけなさの残る山田孝之、伊東美咲、瑛太。
ほんのちょい役で桐谷健太、上地雄輔、鈴木えみ。
と、それだけでも一見の価値ありです。
というか、世間的には豪華キャストの、ラブコメという位置づけのようで
す。

いやいやなんの、この作品、実は骨太な職業ドラマだと思います。

職業ドラマは、その業界のプロが観ても納得のドラマと、
「いやいやそれはないわ」と鼻で笑っちゃうものと、
ざっくり2種類あると思います。

僕は高校卒業以来、いくつかの転職はしましたが、
飲食業界1筋で25年働いています。
現在は小さな焼き鳥屋を経営しています。焼き鳥屋の経営は実は2度目です。
まあ、一応プロの料理人、飲食業界人のはしくれと言わせていただいても、いいのではないでしょうか。
そんな僕が、これまで観てきた飲食業、料理人を舞台に描かれている、世界中、数々のドラマや映画の中で、一番心に刺さったのが、このドラマです。

つまりこのドラマは、プロが観ても納得の職業ドラマです。
いやそれどころか、仕事に行き詰ったとき、迷ったときに、定期的に見返したくなる、見返さないまでも、セリフを思い出して励みにする、そんなドラマです。

ではプロとして何が心に刺さったのか、行き詰ったとき、迷ったとき、思い出して励みにするセリフとは何か?

を、ここから下の部分で語らせていただきます。

1話。ふらりと帰ってきた長男健一郎(堤真一)に店の売り上げ12万円を持ち逃げされ、
勇二郎(江口洋介)はボヤキます。

「ヤメダヤメダこんな店もう。お前アホらしくねえのかよ。あいつが持ってった12万稼ぐのによお、おれは何個オムライス焼いて、何個ハンバーグこねた。お前だってそうだ、何合米といで、何個玉ねぎ刻んだ。今日という今日はよう、心の底からあほらしくなったよ。こんなくそ暑い毎日によう、フライパンなんか振ってられるかよ。一生オムライス焼き続ける毎日なんて俺はもうまっぴらだ」
「一枚850円のオムライスをよお、何千枚焼いても、何万枚焼いても、好きな車も買えないでよお、好きな女に会う時間もなくて、それで一生終わっていいのかよ」

別に売り上げ持ち逃げされなくても、このボヤキ、料理人なら、特に飲食店経営者なら、一度は口にしたことあるのではないでしょうか。
今の僕の立場で例えるなら、12万売るのに1本200円の焼き鳥600本焼かなきゃいけないわけです。600本焼いても12万がそのまま手元に残るわけではなく、鶏肉の仕入れ原価や家賃、光熱費、人件費を差し引けば、手元に残るのは微々たるものです。
ほんとやってられません。
まあ、どんな職業でも構造はそう変わりはないと思いますが
飲食業というのは、特に利益効率の悪い商売だと思いますよ。
僕は、まったくこの思いから10年続けた1度目の焼き鳥屋を閉業しました。

そんな勇二郎の言葉を聞いた麦田なつみ(竹内結子)は言います

「おいしかったのここのオムライス。ねえ、何であんなにおいしいものやめちゃうのよ。朝さあ、嫌なことがあっても、あっ、ランチはあそこであれ食べようって、それだけで気が晴れるし、どうしようもない思いが救われることだってあるの。そういう場所が、いつも同じ場所にあって、変わらないものが、変わらないでいてくれるって、すごいことなんだから。毎日毎日フライパン振って、ずーっと変わらないおいしいもの作るの、すごい素敵な事じゃない。なんで、やってる本人たちがわからないのよ」

やってる本人だからわからないんですけどね・・。

僕にもこういうこと言ってくれる人がいたら、1度目の店、もしかしたら、もう少し続けられていたかもしれませんが。

この竹内結子のセリフ、いまだ時々思い出しては、自分を励ましています。

こういう葛藤は料理人や飲食業経営者にはリアルな、根源的なもので、
そういう意味でもこのドラマ、1話から飲食業界の核心を突いており、あっぱれでした。

2話。居候して働き始めた、なつみが3つの失敗をして出ていくこととなり・・去り際

なつみ「でも、ひとつだけお願いしてもいいですか」
勇二郎「何だよ」
なつみ「ビシソワーズの値段300円じゃなくて150円になりませんか」
勇二郎「何を言ってるんだよ、それじゃあうちの儲けが出ないだろ」
なつみ「でも150円じゃなきゃ困るんです。ていうのは、ランチっていうのは1000円以内じゃないとダメなんです。つまり150円にすればオムライスやハヤシライスと一緒に頼んでも、なんとか1000円で納められるでしょ」
勇二郎「そんな事までねえ、なんでお前に口出されなきゃいけないんだよ」
なつみ「でも、ランチは毎日の事だし、毎日予算オーバーできないし、1000円超えちゃったらあきらめなきゃいけないんです。ビシソワーズ」
勇二郎以下、マカロニの面々どんよりと黙り込んでしまう。

僕も、昨日今日働き始めたバイトにこんなこと言われたら、勇二郎と全く同じこと言うでしょう。商品の価格というのは、材料の原価やその地域や同業ライバルの相場から、
ギリギリの利益も考えて苦渋の決断をするわけですから。
そんな価格を、さらに安くしろなんて言われたらカチンときちゃいますけど・・

ここにも当事者だからこそ見落としがちなお客さん側の事情もあって・・・

このなつみのセリフもプロとして耳に痛く響きます。時々思い出さなければいけないと思う言葉です。

5話。 店を辞めようと考えた勇二郎は友人の江木(豊原功補)の仕事を見学します。
江木は経営コンサルタント。つぶれた飲食店を安く買い取ってリノベーションする仕事なんかをやっているようで、この回では伝統の蕎麦屋の閉業の場面に立ち会い、複雑な思いで考え込む勇二郎に、江木は言います。

「確かに伝統の味っていうのはすごいよ。あの蕎麦屋の味を何十年も楽しみにしてきた客がいるってのはわかる。一つの味を守り続ける職人を立派だとも思う。でもなあ、その味がなくなったって死ぬやつはいない。ほかの店に食いに行くだけだ」

この江木の言葉も飲食業界人の心の底に常に張り付いている暗い諦観なんです。
飲食店は、医者や弁護士のような社会に絶対に必要な仕事じゃないんです。
結局は贅沢品商売で、なきゃないで本気で困る人はいないんです。
何年もフライパン振り続けてたり、焼き鳥焼き続けたたりすると
周期的に、こういう暗い感情が頭に張り付いて、やってられない気分になります。
そんな飲食業界人の気持ちを鋭くついたセリフです。
別に、飲食業だけの話じゃないでしょう。サービス業界全般にも言えることでしょうし、サラリーマンの方々だってそうでしょう。
ていうか、人間の存在そのものにも当てはまると言えなくもないし・・・。
しかし、「それを言っちゃあ、おしまい」なわけで、
結局、必要とされてるかどうかという事よりも
自分がどうしたいか、でやっていくしかないと思うんです。

7話。夕方の休憩時間にふらりとキッチンマカロニにやってきた江木は
ここで出しているようなオムライスではなくて、半熟の卵がとろりとかかっている、ちょっと高級そうなオムライスを食わしてくれと勇二郎に頼みます。
勇二郎は、それをちょちょいと作ります。
それを見た、なつみは「あんなオムライスもつくれるんだ~」と舌なめずり。
純三郎(妻夫木聡)は「あれだと卵3個使うからうちの値段じゃ割にあわないんだよ」
と説明します。出来上がったオムライスを食べて、江木が言います。

江木「うまいなあこれ。おれはなあ、このてのオムライス一つ、3000円で出す店を知ってる」
江木、立ち上がって店内フロアをぐるりと見渡し
江木「このカウンターの前あたりにガスをうつして、焼いたり割ったりするんだ。客も喜ぶ。週休2日。営業は夜のみ。そりゃそうだ、ランチなんかやらなくたって十分な利益が出るからな。ここをそういう店にする気はないか」
純三郎「ちょっと待ってくださいよ」
江木「ここの味をブランド化して、みんなでもっと楽な暮らしをしたらどうかと提案してるんだよ」
純三郎「オヤジは、ここをそんな店にするために、オムライスを作り続けたんじゃないんです。オヤジは・・みんなに、喜んでほしくて、安くておいしいものを・・」
江木「でも、オヤジさんの人生は惨めだったんじゃない?働いて働いて、毎日毎日儲けにならない料理を作り続けて。挙句の果てに早死にだ。疲れちゃったんだ」
純三郎「ふざけんな、お前にオヤジの何がわかる!出ていけよ!!」

この江木の話、我々プロからするともっともな経営戦略なんです。
特に僕らみたいな、個人経営の店は、キッチンマカロニもそうですが、安さを売りにしても、大手企業のチェーン店にかなわないんです。特に洋食屋の場合はファミレスが、最近はクオリティー高いですし。大手チェーンは全国数十、数百店舗で一括仕入れすれば当然割安で仕入れられますから。同じ食材を仕入れれば、当然大手のほうが安く仕入れられるわけです。コストパフォーマンスでは逆立ちしても個人店は大手外食産業に太刀打ちできないんです。ならば、あえて高級志向の、一部の狭い範囲のマニアックな客層にターゲットを絞った、一点豪華主義的発想の店にした方がいいと考えるのがむしろ、セオリーなんです。しかし、「安くておいしいものをつくる」という、純三郎のようなまっすぐな初心も捨てちゃいけないような気がして・・。
僕もこの問題は相当に悩みました。
キッチンマカロニも純三郎は、ストレートに反発しましたが、勇二郎は重く受け止め、この後、しばらくどうするか悩みます。

最終話。勇二郎はキッチンマカロニを、いままでどうり変えずに、営業を続けていく決断をします。

勇二郎「俺さあ、今やっとわかったよ、俺たちは、健一郎みたいな人とか、何か、寂しかったり、なんか楽しかったりする誰かが、いつ来てもここにあるように。そのためにここでずっと、ランチをやってるんだな」
純三郎「そうだよ、みんなまた戻ってくるんだよ」
なつみ「わたしわかってたもーん。それがランチなの」

このドラマ、全編通して、つらい境遇にある人たちを、何を語るという事ではなく、一皿の料理とあたたかなまなざしで、癒していく様子が描かれていきます。
自分は食べず、息子にだけ1皿のハヤシライスを食べさせているリストラされたサラリーマン(モロ師岡)のエピソードや、

業務上背任で5年間服役し、すべてを失った元エリート(石黒賢)のエピソード。
夫のDVで顔にできた痣を隠し、カウンターで一人泣きながらクリームコロッケを食べる人妻、秀美(梅宮万紗子)のエピソードなど。

「あんた、弱い人の思いがわかるか。泣きながらもの食ったことあるか。あんた、涙の味が混じった、クリームコロッケの味、知ってるのかよ」

このドラマでなぜか一番心に響いた3話での勇二郎のセリフです。

僕は、泣きながらものを食ったことあるか・・・微妙です。
しかし、どんな人も、寂しさや、迷いや、心の疲れの一つや二つは抱えてるものです。
そんな人たちの心を、ほんのつかの間でもホッとさせられるように
僕も、焼き鳥を、一生焼き続けていかれるのなら
それはとても幸せなことだと、ようやく最近思うようになりました。
しかし、数か月後には、1話の勇二郎のように逆戻りしてるかもしれません。
その時は、またこのドラマを見てリセットします。