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退廃って何でしょう? 小池真理子「恋」読書感想

初版 2002年12月 新潮文庫

 

 

あらすじ

1972年冬。全国を震撼させた浅間山荘事件の蔭で、一人の女が引き起こした発砲事件。当時学生だった布美子は、大学助教授・片瀬と妻の雛子との奔放な結びつきに惹かれ、倒錯した関係に陥っていく。が、一人の青年の出現によって生じた軋みが三人の微妙な均衡に悲劇をもたらした……。全編を覆う官能と虚無感。その奥底に漂う静謐な熱情を綴り、小池文学の頂点を極めた直木賞受賞作。(アマゾン商品紹介より) 

学生運動が盛んだった時代。
政治、哲学、イデオロギー。そこかしこで、観念的な理屈をこねくり回していた時代。その相反で、「退廃」「虚無」「堕落」「ヒッピー」などという、イデオロギーだかカルチャーだか詳しくは知らないけど・・そういうものがあったという事を聞いたことがある。
なんとなくわかるようなわかんないような・・。
今の時代でいうなれば、SNSで長文自己主張をする人(過激学生運動派)を野暮とし、どうでもいい、無意味な投稿をする人(退廃、虚無カルチャー派)を美徳と思う事と考えれば親近感も沸くのではないかな・・・。 

本作の主人公は過激な学生運動に傾倒している彼氏をもつ女子大生、布美子。
彼女自身はさほど政治もイデオロギーにも興味もないけど、あの時代の大半はそうであったであろう、なんとなくノリで端の方にくっつくことで自分の居場所を確立していたタイプだ。
彼氏は、勉強も仕事もせず学生運動に明け暮れ、自分のアパートを追い出され、布美子のアパートに転がり込み、仲間たちも連れ込み運動のアジトにして、そのくせ家賃も食費も入れない。連日連夜、むさくるしい男たちで頭でっかちな理屈をこねくり回すだけ・・・。
読んでるこっちはホトホト、イライラするけど、布美子は健気に高額アルバイトを探す。
そして見つけたのが布美子が属しているのとは別の大学の助教授、片瀬がやっている翻訳の助手の仕事。
片瀬が翻訳しているのは「ローズサロン」という官能と退廃を描いた大作。片瀬自身もまた「ローズサロン」の世界を地で行っているような人だった。片瀬の妻、雛子は複数の男と肉体関係を持っている。それを片瀬も公認していて、情夫に会いに行くのに片瀬が車で送ったりしている。片瀬も、雛子がいる前で平然と布美子に性的なしぐさを見せる。そんな片瀬を雛子も笑って煽る。
・・と、初めの頃は布美子はそんな夫婦の関係を異常と感じ嫌悪していたものの、学生運動の彼氏との関係に疲れていたこと、また、ぎらついたイデオロギー闘争とは相反の退廃的な世界に新鮮さを感じたのか、次第に夫婦との付き合いに惹き込まれていく。
そしてある時、雛子の肉欲に対する正直さに、ある種の清廉さを感じるようになってからは、片瀬夫婦の世界にどっぷりとハマることになる。
 彼氏とは別れ、片瀬夫婦と共に軽井沢の別荘に行き、退廃と堕落と享楽の日々を過ごす。(葉っぱやって、酒を飲んだくれ、肉欲をむさぼるといった具合に・・・)。
片瀬夫婦以外の関係はどうでもいい。布美子にとって片瀬夫婦との関係がすべて。傍から見れば異常な世界に、狂信的にのめり込んでいく布美子。
しかし、たまたま壊れた家電の修理に呼んだ電気屋の青年に雛子が恋をして、三人の関係が崩れ始める。
文字通り肉欲を必要としない恋をする。
初めて片瀬や布美子に嘘をつき、電気屋の彼に会いに行き、ただ遠くから眺めてるだけで顔を紅潮させ満足だという。そんな普通の恋をした雛子に、片瀬は初めて手を挙げ、布美子は「汚らわしい」とののしる。
・・・そして発砲事件へと・・。
そんな話。 

「全編を覆う官能と虚無感。その奥底に漂う静謐な熱情を綴り・・」 

今回はこのアマゾンの解説、1行でみごとに本作の内容を表現している。
全編にわたり、登場人物にほとんど共感はできない。
新興宗教にのめり込んでいく人の、倒錯、狂信のようなものが不気味に漂う。
官能と虚無。愛やら恋やらと関係のない肉欲。
が人間の(私の)奥底にもあることは認める。
ただ・・
これは著者の意図するところとは違っているかもしれないけど・・
読み終わって感じた事は

狂信の怖さ。理性の大切さ。 

人間の根底にある情念みたいなものをデフォルメして狂信的に描くのはある意味文学的なのかもしれないが・・・
私の好みとしては、そこにブレーキをかける「理性」をきちんと描いているもののほうが好きだ。
そんなことを思ったのでした。
退廃って・・無意味な事こそ尊い?クール?
わかんないでもないけど・・・それも結局イデオロギーの主張でしょう。
何言おうが、沈黙しようが、写真1枚だって、結局はそこにイデオロギーは出てしまうのですよ。
僕は感想文を装ってむっつりスケベのような自己主張をしてきましたが、本年は、もうしこし堂々と自己主張しますぜ!感想文をダシにして。
理性を忘れずに。

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