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映画レビュー「洋菓子店コアンドル」

制作 2010年
監督 深川栄洋
出演 江口洋介
   蒼井優
   江口のりこ
   戸田恵子
   加賀まりこ

若き情熱と大人の静謐さが絶妙なハーモニーを醸し出す、
ケーキ職人それぞれの再生と矜持の物語。

あらすじ

伝説のパティシエと呼ばれながら、8年前にある理由でスイーツ界から身を引いた十村遼太郎。今は製菓専門学校の講師をしながらスイーツ評論家をしているが、心に闇を抱えている。昔馴染みのパティシエ、依子が経営する洋菓子店「パティスリー・コアンドル」に立ち寄った十村は、恋人を追って鹿児島から上京したケーキ屋の娘、臼場なつめと偶然出会う。見習いとして「コアンドル」で働き始めるなつめ。依子や仲間たち、常連客に支えられながら、一生懸命に自分の居場所を見つけようとする彼女の姿に、十村の心は動かされ、少しずつ過去と向き合い始めていく。そんなある日、依子が怪我をしてしまい、「コアンドル」は最大のピンチを迎える・・・。(アスミックエース公式サイトより)

 序盤、田舎から上京してきたらしい蒼井優扮するなつめは中目黒にある高級スイーツ店「コアンドル」にやってきて「うみくんいますか?」と尋ねる。どうやら婚約している恋人が働いていると知り連れ戻しに来たらしい。戸田恵子扮する店主依子は「ああ、あの子、もういない」とそっけない。「何でいないんですか?どこ行ったんですか?」と食い下がるなつめ。この子なに?という目で睨む江口のりこ扮する使用人パテシエ、マリコがちらりと映って。「自分で会った時に聞きなさい」と依子。と、突然キレるなつめ「冷たすぎる!そうやってうみくんをいじめたんだ!教えてくれたっていいじゃないですか!」と鹿児島弁でまくしたてる。
「今更、下積みは嫌なんだって。がんばれない子にこの仕事は向かない」
「引き留めてあげればいいのに!うみくんはやればできる子なんです」
「うちは来るものは拒まず去る者は追わずなの」
 そんな様子をたまたま久しぶりに客として来店していた江口洋介扮する十村と依子の夫ジュリアンも見ていて。
ジュリアン「あの子なに怒ってるの」十村「知らん。なまってる」
と、ここまで冒頭約5分。実に見事な始まり方だ。昨今、ナレーションや心の声で状況説明する作品が多い中、生きた行動とセリフで物語の状況と各登場人物のキャラクターを端的に描き出している。特になつめのキャラクターが不気味だ。
婚約者だと言いながらそこに恋人がいないことも知らない。知らずに上京してきた。そこにいたとして、どうするつもりだったのか。本人の意思も確認せず連れて帰ろうというのか。「うみくんはやればできる子」という思い込み。
独りよがりのストーカー感がぷんぷん漂う。こういう役どころやらせたら、蒼井優がまた圧倒的にうまい。ただ、純粋に観客として、このなつめのキャラクターについていけるかどうかが序盤のひとつの壁となるだろう。

 この後結局、「行くところがないからこの店で働かせてください」となるわけだけれど、この計画性のない猪突猛進さ、それがまかり通ってしまういかにもアニメチックなベタな展開。リアルな世界でこんな人も展開もそうは見たことがない。と、正直僕は冷めかかったんだけど・・・。
周りの大人たちの静謐な対応に、おやおや・・と引き込まれた。
初めは冷たくあしらった依子も結局は住み込みのスタッフとして雇い入れる。
しかしどうも真摯さのないなつめの態度にイライラさせられるのだが、依子は意外にもあたたかな視線で見守る。考えなしに行動する猪突猛進さ、へたにへりくだらず、目上の人間にも忖度なく接するアニメのキャラクターみたいな熱くるしさ。そういうの嫌いじゃないといわんばかりに、言葉にはしないけどあたたかな視線で見守っている。なんだかだんだんとなつめの言動にイライラしていたこっちが心狭かったな~なんて思えてくる。
歳の近い先輩のマリコだけは率直に不快感をぶつけ我々のイライラを代弁してくれるのだが・・。江口のりこもこのころはまだ今ほどブレイクしていなかっただろが、今の江口のりこブシがもうすっかり出来上がっていていい味を出している。加賀まりこ扮する常連客の芳川さんは「コアンドル」のご意見番マダムという感じなのだが、これがまたこれ見よがしに厳しいことも言わず、甘いことも言わず、ピリッとした緊張感をまといつつ温かさも感じられて、実に奥行きを感じる人物だ。そして江口洋介扮する伝説のパティシエ十村。あることを機に一線を退き、調理学校の講師のバイトと、スイーツ評論家のようなことをしている。まあよくある設定だ。「あること」というのもおおよそ想像はつく。ただ、そのやさぐれ加減が絶妙だ。調理学校の喫煙所で煙草吸ったりはしてるけど、よくある、ぼろぼろの服装で競馬場入り浸ってるとか、無精ひげ生やしてアル中になってるとかいうことはない。服装は割とパリッとしていて、スイーツノートのようなものを持ち歩き、公園とかで新作を考えていたりと、決してスイーツに対する情熱は失ってはいない。彼が何を考え、どうなっていくのか、引き込まれて目が離せない。そんな大人たちに、おくすることなく対峙して、負けん気と猪突猛進な行動力で成長していくなつめが、やがて大人たちの心も動かしていくという話だ。
類似作品としてはジョージ・クルーニー&アナ・ケンドリックの「マイレージマイライフ」なんかに近いかもしれない。
まあ、一言でまとめるなら
猪突猛進のストーカー女と心に傷を背負った中年男の不思議な友情の話だ。
こういうのはストーリーの意外性とか、伏線の回収とか、そんなことはどうでもいい。ただ、登場人物それぞれの佇まいに何を感じるか?
じっくりとそこを堪能してもらいたい。特に直情型のなつめを包み込むような大人たちの静謐なまなざしがいい。
派手さはないけれど、しっかりと人間が描かれている味わい深い作品だと思う。


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