見出し画像

「台湾海峡危機シミュレーション」を視る(安倍総理を追悼する⑧)

台湾海峡での危機が指摘されています。

今までは、「外交や安全保障は票にならない」と言った感覚で政治家の関心は低いものでした。しかし、そんなのどかな時代は幸か不幸か過ぎ去りました。「外交や安全保障に取り組む」政治家が票を集める時代です

2022年8月に日本戦略研究フォーラムにおいて尖閣と台湾問題に関する政策シュミレーションが開催されました。特筆すべきは現職の国会議員がプレーヤーになりシミュレーションを行った点です。(なお、ペロシ訪台とその後の動きはこのイベントの日程とは全く関係ないとのことです)

画像3

これに関して、細野豪志代議士が自身のチャンネルで報告しています。詳細をぜひ閲覧して欲しいところです。

字幕でわかりやすいように工夫もされているのは感心です。国民に対してこの問題をもっと知ってほしい、との細野豪志代議士のスタンスは「安全保障政策についての国民の支持」の観点でもっと評価されるべきと思います

私も意義は大きいと思いましたが、一方で違和感を持つ反応も多かったようです。この点については佐藤丙午拓殖大学国際学部教授の「War Game(ポリミリ)の役割」の論考が非常に参考になります。

実際、想定が甘いのに対応できてないとか、そういう反応がツイッターなどにありました。しかし、それはやって意味がないことの理由にはなりませんし、想定が甘いとの指摘はより議論を深めるために具体的な指摘がいいと思います。

そのうえで、私の感じた点を以下の通りまとめてみました。

(1)参加者を広げてほしい 

安全保障に比較的理解のある政治家(いわゆる「意識高い系」)が集まるだけでいいのでしょうか。佐藤氏も指摘していますが、「野党政治家の参加」の観点は重要だと思います。日本の政治の問題は「当事者責任」という意識が野党に無く、無責任に騒いで足を引っ張るだけの存在になっています。シュミレーションの中で、野党はどう動くのかもあったら面白かったかもしれません。野党だけでなく連立与党の公明党からも参加して欲しいのと、安全保障政策に消極的な姿勢も感じられるだけに、シミュレーションで現実と向き合って頂きたいし、その絶好の機会です。何より「防衛出動」には国会の承認が定められています。次回の実施ではこうした面をアップデートして欲しいと感じました。

(2)根本的な制度の「建付け」の問題の米国と認識落差

行政関連で「制度の建付け」という言い回しをよく耳にします。防衛や安全保障で制度の建付けとしてよく指摘されているのが「ネガティブリスト(禁止事項列挙)」「ポジティブリスト(許可事項列挙)」です。

現状では、基本的には「ポジティブリスト(許可事項列挙)」つまり「やっていいこと=行政」が制度の建付けです。警察の制度を基本にして、その延長になっています。これを世界の軍隊での標準の「ネガティブリスト(禁止事項列挙)」(やってはいけないこと=武力紛争法)にどのように持っていくのか、この法改正はハードル高く、簡単に修正できるとも思えません。いわゆる憲法改正3項自衛隊追加案ではこの点は全く解消されないだけに、非常に根が深いものがあると思います。

さらにそれ以上に問題なのは米軍とこの点で根源的に制度の建付けに認識の相違がある点です。当シミュレーションの中でどういう扱いなのか不明ですが、米軍が日本のこの状態を全体として理解しているはずもなく(理解があるのは日本専門家だけだし、それすらも疑問)、制度を理由にして有事に何かを「できない」を言い立てると、米側は激怒するだろうし、日米安保そのものが吹っ飛ぶ、と非常に懸念します

これに類似する話は、湾岸戦争や、ガイドライン改定などでもありました。米軍関係者が「ホワイ・クレイジー」を連発した話も聞いたことあります。ウクライナ支援の防弾チョッキすら騒ぎになりました。今回のシミュレーションで問題が露呈してないはずないのではとも思いました。

(3)人質外交の研究とそのシミュレーションをやってほしい

考えてみれば、日本の近隣外交はいつも人質外交が付いて回りました。明治の征韓論でも日本の居留民保護が問題になり、いわゆる「日中戦争」の端緒も現地居留邦人殺害事件で世論沸騰、日ソ交渉はシベリア抑留者。日韓国交正常化交渉も李承晩ラインで拿捕された漁民。北朝鮮は言うまでもなく拉致。(細野氏も経験されていますが)民主党政権下の尖閣諸島問題で日本の現地駐在員が拘束されもしています。

特に、細野氏も経験談として動画で話す中国での邦人拘束案件は決して過去のエピソードでは終わりません。その指摘などの論考も少ないことが非常に問題があります。今後も起きる可能性は非常に高いと思います。人質をめぐって、日本国内の世論も大きく振れます。かつての、いわゆる「日中戦争」における邦人保護の問題と世論の動きは改めて示唆するものが大きいと感じます。

今回のシミュレーションでも出てはいましたが、人質事件での対応の研究を真剣に取り組むべきだし、シミュレーション実施を予算化するだけでも、非常に小さいながらも必要とされるアプローチではないでしょうか。

(4)関連する法制度が複雑・難解でいいのか?

安全保障関連や類する法制度は正直言って難解です。一般国民が読んでわかるようなものでもないし、自民党の国会議員で何人が理解しているでしょうか。役所でも担当関連省庁以外は理解していないのが実態でしょう。

今回のシミュレーションでは比較的「意識高い系」の先生方が集まりましたが、非常時対応の内閣を支える与党全体で制度の理解が無いことでいいのだでしょうか。防衛関連では愚にもつかない神学論争モドキもありましたが、これは(シミュレーションとは言っても)「非常時」なのです。非常時に発動される法令・制度が難解なのは普通に言って悪いと思います

このことは、緊急時に使用する機器の取扱説明書が難解と言う比喩(というか揶揄)で説明してみましょう。私もメーカー勤務で取説を見る機会がありますが、取説全部熟読しないと使えない消火器があれば、それは欠陥品と断定されます。難解な背景は言わずと知れた事情ですが、責任回避のために結果として無意味に法令が回りくどく、複雑難解にしていないでしょうか。それで困るのは国民です。

(5)サイバー攻撃の想定は?

私も専門知識を持たないので多くは控えますが、サイバー攻撃が今回のシミュレーションでは大きく出てきた印象を持ちませんでした。しかし、サイバー攻撃は通常の武力紛争と同時並行で実施するからこそ効果があるはずです。この点は、ロシアによるウクライナ侵攻でも痛感させられました。通信・電力・金融などの基盤的なインフラが徹底的な攻撃に晒されます。

先日のKDDIのトラブルー復旧は平時で他に何もない状態だからよかったものの、大規模地震と同時対応はかなり難しかったかもしれません。

そうすると、今回のシミュレーションで想定した邦人輸送・国民保護・避難民対処などの対応オペレーションも、こうしたサイバー攻撃を受け、通信、金融システムダウン、大規模停電している最中に実施するので、かなり難しいものになります(平常時でも難しいのになおさらです)。平常時で普通にできることが、できなくなる。それこそ「非常時」なのです。この点は次回にアップデートを希望したい点です。

(6)「課題」の扱い

この点を私は強く指摘したいです。今回のシミュレーションで浮き彫りになった課題の内容と、その後の扱いです。「課題」を「いつまでに」「どのように」やるのか?ただの夏のイベントに終わらせていいはずありません。

例えば民間の企業では第三者機関等の監査等で問題点を見つける(見つかる)機会があります。その際に、是正措置を行うが、期限やその内容を明確にして次の監査にはクリアしている(すべき)はずです。

制度の課題整理、制度改正案作成・検討、党内調整、法案作成、国会上程、国会審議可決成立まで経るべきステップは多いと思います。これをいつまでにやるのか? ここがあるからこそ、国会議員が集まったイベントの意義があるはずです。

来夏同じように集まって実施するとして、昨年の浮上した制度の課題が全く解消してない、解消のメドもたたない、では困ります。

特に安保防衛関連の制度改正案は政治が主導しないと絶対に進みません。政治家が音頭を取ってこそと思いますが、ここで、キーマンとなる肝心の「彼」の不在を思い知らされます。

画像1
画像2

会場に遺影が飾られていました。本来はこのイベントであいさつする予定だったと聞きました。遺影自体は小さいのですが、なぜだか会場全体の画像でもとても大きく感じました。

(画像は日本戦略研究フォーラムのサイトより借用しました。記して感謝します)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?