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#81 Working Holiday in Perth, Australia

オーストラリアに来て3カ月が経過した。大学の時よりも自分で過ごす時間が増えたので暇つぶしがてら今の心境や考えたこと等をここに残していこうと思う。
西オーストラリアの都市パースに住んで3カ月、日本にいるときは感じることのできなかった様々な感情と向き合っている。

私は大学生になるまで特に挫折や苦労などを経験せずに生きてきた。見方によっては”失敗したことがないなんていいじゃないか!”、”優秀だ!”と捉えることもできるだろう。しかし、私にとってそれはパズルの大切なピースを無くしてたような感覚だった。その欠けたものを埋めるために大学を休学して1年間オーストラリアにワーホリに行くことを決意した。

オーストラリアに来た当初は自分の英語力に自身がないのにプライドだけは高かったせいで失敗を恐れ、消極的な生活を送っていた。なんとかオーストラリアの生活に慣れた後、友達づくりの為に1カ月ほど語学学校に通った。そこで様々な国のクラスメイトと英語を使いながら話すことで少しづつ自分の英語に自信を持つことができるようになり、楽しくなっていった。語学学校が終わり、本格的に仕事を探していかなければいけない時期に突入。レジュメ配りやFacebook、パース通信で募集している所に片っ端からメールを送るなどをして仕事を得るために頑張った。その結果学校が終わって1週間ほどでClaremontにあるローカルカフェでBarista兼All-rounderとして働けることになった。仕事探しからの解放と初めての勤務先且つ憧れのカフェということもあり決まった時はとても幸せだった。バリスタとしての経験は無かったものの自分なりに最善を尽くそうと頑張った。しかし、そのカフェでの生活は私にとって最初の挫折体験となる。

そのカフェは韓国人妻とブラジル人夫夫婦が経営しているお店でお客さんもほとんどは常連のおじいちゃんおばあちゃんであった。客層も良く、環境には申し分ない職場であった。しかし私の性格上忙しい現場で働くことに向いていない、いわゆるマイペースな人間であったため結局3週間で解雇されてしまった。私の中では最速で動いているつもりでも彼らにとってはスローペース。かなり大きめの声で怒られる日々がほとんどであった。私もそれが仕事だというのが分かってはいながらも、5時に起きて1時間バスと電車で移動して勤務中は終始怒られるという生活が心身共にきつかった。途中から少しづつ良くはなって来ていた気がしたが結局最後は現金で給料をもらい来週のシフトの連絡は来ないという形であっけなく終わった。その約1か月間はなぜ期待されるだけのパフォーマンスを発揮できないのかと自己嫌悪に陥り、自分の感情をコントロールすることができなくなっていた。相談する人たちからは”それが仕事だから”、”人生ってそういうものだよ”などと言われ、大学卒業したらこの生活が最低30年は続くと考えると始まってもいないのに大きな絶望感が頭の中を支配していた。
大きな絶望感と同時に現在社会に出て働いているすべての人々にリスペクトした。家族や自分を養うために毎日ストレスを抱えながら働くというのはとてもすごいことなのだと感じた。”お金には感謝をしなさい、稼ぐということは大変なことなのだから。”という言葉をよく耳にするし、両親からもそう言われて育ってきた。自分なりにその意味を理解したつもりでもあった。しかし今となってはその言葉の重みが違う。人間1人が最低限の生活を営むためのお金を稼ぐことでさえこんなに大変なのだ。子どもを塾に行かせたり、習い事をさせたり欲しいと言われたものを買ったりということは決して簡単なことではない。”お金には感謝をしなさい、稼ぐことは大変なことなのだ”という言葉の意味に気づくことができたのはこのワーホリ生活で重要な収穫の1つになるであろう。
欲しいものが与えられること、十分な教育を施してもらえること。それは決して当たり前ではなくとても幸せなことであるのだ。

話が少しそれてしまったが、現在はWillettonにあるカフェで働いている。まだ働き始めて1週間ほどしか経っていないのだがそこでも1つの学びを得られた。それはリーダーという存在である。前のカフェは人を育てるという点に関しては向いていない職場であると思う。その一方、現在のカフェのマネージャーは人を育てるという点に関して非常に学ぶものが多い。人を育てるということは簡単なことではなく、自分に余裕やエネルギーがなければできない。しかし彼女はとても人やチームを育てるということに優れていると思う。
私は将来自分のカフェを起業したいという1つの目標がある。そのためには自分が一従業員となる経験が不可欠である。どのようにしてその職場に必要な人間を作っていくのか、働きやすいチームとは何なのか。それは机上で得られるものではない。自分が体験しその問題への答えを自分なりに見つけてこそ価値があるものであると思う。そして、今のカフェのマネージャーは良いリーダーとしての答えを持っているように感じる。

彼女はリーダーとして、カフェのクオリティを下げないために時に厳しくしなければいけない。そのため言うときはしっかり言う。しかし、何かを指摘した後にしっかり指摘した理由も教えてくれる。例えば、私が2日目の出勤時に覚えていなかったことやできなかったことを指摘するときに「私が少し厳しめに言うのはあなたにもっとシフトをあげたいからだよ。嫌いだからとかそういうわけじゃない。」と言ってくれた。もちろんそのことは言われなくても分かっていた。しかし、それをあえて言われることでより自分への責任感と彼女に対する信頼が増したような気がした。そして何か小さいことでも進歩やいい所があったらしっかりと褒めてくれる。Thank youやGood jobなどの些細な声かけは小さいことのようで実はとてもそのチームに大きな影響をもたらすものである。上司がポジティブな言葉を言うのと言わないのではそのチームは大きく違ってくる。これは当たり前のようで実はできている人が少ないことであると思う。上司であろうと部下であろうと常に相手に対しての感謝やリスペクトを持つということは1つのチームとして動く中で非常に大切なことである。


長くなってしまったがこのように大学の授業では学ぶことのできなかった社会を今身をもって学んでいる。それは決して楽なことではないし、正直大学生に戻って生活したいという気持ちもある。しかし、若いからこそできるこの経験は将来の人生にとって非常に価値のあるものになってくるであろう。なんのスキルも経験もない20歳にとって今の生活は厳しいものだが”社会人でもないただの20歳やからしょうがないわ”と年齢のせいにでもして気楽な気持ちで1年間を生きていこう
                                 終


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