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掌編小説/青いリボンのユニコーンは真夜中を駆ける

「もう二十年になるんだ」
「うん」とぼくは相槌を打つ。
 友人のサクマが話しているのは、ゲームボーイで発売された〈彼女とキスする? それともモンスターと暮らす?〉という異色恋愛シミュレーションゲームのことで、主人公は三人のヒロインから一人を選ぶか、もしくはモンスターと一緒に暮らすか選ぶことができる。ヒロインの選択はいつでも可能で、選んだ時点でゲームは終了となる。セーブデータは崩壊し、後戻りは許されない。
 もちろん二十年前、ぼくもそのゲームをしていた。たまごから産まれたドラゴンと半年は暮らしたと思う。真夜中、二十四時間営業のスーパーに行ったり、レンタルビデオ屋で借りた〈真夜中のカーボーイ〉を一緒に観たり、フライドキチンを暴飲暴食したり——それなりに愛着も湧き、友情が芽生えはじめたとき、ヒロインの一人、君嶋レイから電話があった。

「いま、どんな格好だと思う?」
「パジャマ?」
「ううん、ちがう」
「スエットの上下?」
「ねえ、いまから会える?」
「会えるけど、どうして?」

 ヒロインはそれぞれ性格が異なり、君嶋レイは肉欲に訴えてくるタイプだった。
 アンニュイな目にぷくりと膨らんだ唇、その隣のほくろ——ドット絵の乳房は、カクカクと揺れ動いた。
 ヒロインのイベントはランダムで発生した。イベントが発生するたびに、ヒロインの背景は補強されていき、特にぼくみたいな恋愛経験のない夢見がちには、たまらない存在になっていくのだった。たとえば君嶋レイの場合、仲の良かった弟が交通事故で亡くなった過去が少しずつ判明し、病気の母親のために仕送りをしていること、そのことを隠して、デリバリー的な風俗で働いていること(「本当のあたしを知ったら、きっときみは傷つくよ」と出会ったとき、彼女は言うのだ。そのときにはまだ真意はわからないのだが)路上の花を見つめて涙する瞬間のように——

「どこ行くの?」とショーロンポーは(ぼくは自分のドラゴンにショーロンポーという名前をつけていた)台所のすみの引き出しに顔を突っ込んで、夕食のあとのお菓子を探していた。
「いや、ちょっと」
「終わるよ」と、ショーロンポーは背中を向けたまま言った。
「わかってる」
「わかってるんだね?」
「わかってる」
 ショーロンポーは、引き出しのなかのお菓子をずっと探していた。けっして顔を見せようとしなかった。
「いままで楽しかったよ」とショーロンポーは涙声で言った。
 それが後戻りできる最後のチャンスだった。
 ぼくは、君嶋レイに会いに行くボタンを押した。

 友人のサクマは、そのゲームをもう二十年も続けているのだった。三人のヒロインたちは焦り、露骨な誘惑をするようになっていたが、サクマは一緒に暮らしているユニコーンとの生活を選び続けた。
「昨日さ」とサクマは言った。「ブルベリ子(サクマと暮らしているユニコーンの名前)がついに変身したんだ」
 たしかに説明書には、モンスターはプレイヤーから注がれた愛情によって変身することがあります、とは書かれていたが、まとめ攻略サイトでもついに確認されたという報告はなかった。
「青いリボンのついた可愛らしいユニコーンだったんだ」とサクマは言った。
 ぼくは頷いた。
「それが昨日、変身したんだ」
「うん」
「ケンタウロスに」
「ケンタウロス?」
「そう。上半身が知らないおじさん」

 ぼくらはホームのベンチに座って、もう何本目かわからない環状線を見送った。同じ場所をぐるぐると回るぼくらの人生は片道切符なのに、同じ駅にたどり着く。

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