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きみは最後の実写キャスト(『失恋ショコラティエ』テオブロマコラボチョコ)

とうとう実写化した。

4年越しで手にしたその小さな箱を開けると、中に並んだ茶色の塊一つひとつが、各々の物語を激しく主張してくる。
この6粒のチョコレートは、4年前に放映された月9ドラマに欠けていた、最後にして最大のピースであった。

水城せとな作『失恋ショコラティエ』(小学館)に登場する、主人公・小動爽太が経営するチョコレートショップ「choco la vie(ショコラヴィ)」。

そのチョコレートが、2次元から飛び出して、今私の手中にある。

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『失恋ショコラティエ』は、少女漫画レーベルから発行された漫画でありながら、そのセオリーに当てはまらない作品だった。

物語は、主人公・爽太が彼女(?)であるサエコに失恋するところから始まる。爽太は製菓学校に通うケーキ屋の息子であったが、サエコが無類のチョコ好きであったため、将来はパティシエではなくショコラティエになるつもりでいた。
そして経験する手酷い失恋。
サエコは爽太とほかの男性とで無邪気に二股をかけていたのだ(しかも爽太のほうが浮気)。
傷ついた爽太は、パスポートだけを持って渡仏。サエコがもっとも好きだと言ったチョコレートショップ、ボネールの門を叩き、ショコラの修行に励むのだった。

帰国した爽太が実家を継ぎ、作った店がショコラヴィ。
人気ショコラティエとなった爽太と、人妻となったサエコの恋の駆け引きは、次々と新たなチョコレートを生み出していく。

漫画全体からほとばしるのは、作者である水城せとな先生のチョコレート愛。

もちろん、大筋であるラブストーリーも面白いのだ。爽太とサエコ。爽太に片想いするアラサー従業員薫子。爽太の片想い仲間兼セフレとなる美女モデルえれな。有名ショコラティエの四男でフランス人のおぼっちゃまオリヴィエと彼のうまくゆかぬ恋。
だけど、それら全部引っくるめたストーリーの面白さと、登場するチョコレートの魅力を比べると、おんなじくらいか、へたすると後者が若干勝つ……?と苦悩したくなってくる。

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『失恋ショコラティエ』の登場人物の中で、魅力的なのは誰か。
そう聞かれたときいつも、私は間髪いれずに「チョコ」と答えていた。

この作品の中に出てくるチョコは、主人公の映し鏡だ。
爽太は、「哀」が自らのクリエイティブを刺激すると作中で公言し、悩み、落ち込み、苦しむたびに、それを見事なチョコレートへと昇華させていく。

印象深いのは「ぺルル」だ。

ぺルルは甘いガナッシュの中に、ほろ苦いカリカリキャラメルを混ぜこんで作られたボンボン。
爽太がサエコから「ショコラティエさん、私のためにカリカリのほろ苦キャラメルが入ったボンボンを作ってくださいな」と(夢の中で)言われたことがきっかけで作られたものである。
甘い夢の中に潜む、現実の苦味。
そのボンボンに、爽太は装飾として小さなアラザンを三つあしらう。セフレであるえれなのネイルアートによく似た飾りを。
心はサエコに、体はえれなに。
チョコの中のキャラメルの歯応えとアラザンの食感が互いを邪魔しないと説明されていたのもすごい。

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2014年のサロン・ドゥ・ショコラ(チョコレートの祭典。日本では伊勢丹が請け負っている)の目玉商品は、間違いなく『失恋ショコラティエ』と、日本のショコラティエ「ミュゼ・ド・テオブロマ」のコラボチョコレートだった。

案の定すぐに売り切れて、仕事帰りの夕方にしか立ち寄ることのできなかった私は涙にくれたのだ。

そして4年後、2018年1月。

唐突に、本当に唐突にやって来た再販の知らせは、私をチケット制になってしまったサロン・ドゥ・ショコラに走らせるのに十分だった。

原作同様の箱に、イラスト入りのチョコの解説、主人公爽太のプロフィールが印字されたショップカード。

4年前、嵐松本潤主演で月9ドラマ化された(サエコは石原さとみという最強の布陣であった)余波を受け、手に入れられなかったものが目の前にある。

ドラマでは、別途監修のショコラティエがおり、登場したのはドラマオリジナルのチョコレートだった。だからこそ、この6粒のチョコレートは、あのとき欠落していた最後にしてもっとも大切なキャストなのだと断言する。

このチョコをもってして、私の中の『失恋ショコラティエ』の実写化は完成したのであった。

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さて、何から口に入れたかと言えば、当然、右下に入ったぺルルである。

甘いガナッシュもキャラメル風味。
ガリ、という音とともに歯にまとわりつくのはちょっと焦がしたキャラメル。
アラザンの食感は気付けばキャラメルと混じって見つけられなかった。

本当は、まだまだ食べたいものがたくさんある。「切なさ」をテーマに展開されたバレンタイン商戦の際に作られていた、人魚姫、ロミジュリ、ジゼルのタブレット。「味が重い」とサエコに言われたマンゴーのトリュフに、その改善策として投じられたシトロンとオレンジのトリュフ。サエコのリクエストを先回ろうと考えられた、フランスの焼き菓子パンデピス……。

いっそ、誰かショコラヴィを作ってはくれまいか。その際は、私がサエコになって通い詰める。
……ないな。

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