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私の好きな本を7日間で振り返る。7

「勇気ある言葉」
ついに『私の好きな本を7日間で振り返る。』も最終回となりました。
時というのはあっという間に過ぎ去っていきます。
今回の取り組みでは、様々な読書体験を振り返りました。
たどってみれば、一つ一つが昨日のことのように思い出されます。
まるで自分のルーツを探るような貴重な体験でした。
このような機会をくださり、ありがとうございます。
今回は私のルーツの中でも最も古いものをご紹介いたします。
私が純文学や大衆小説など、いろいろな垣根を越えて様々な本を純粋に楽しめるようになったきっかけの本です。
作者は遠藤周作。当時は押しも押されぬ大作家でしたが、今日では少しばかりマイナーなのかもしれません。
遠藤氏の代表作といえば、沈黙や深い河、白い人、黄色い人など枚挙に暇がないわけですが、あえて今回は狐狸庵先生としての遠藤氏をご紹介いたします。
純文学の旗手としての遠藤氏については、私よりも詳しい人が、
そこら中に書評を残しておられます。
私は仏教徒であるため、彼が探求した信仰と自分というテーマを、真に理解することはできないのかもしれません。
しかし、彼が誠実にその真理と戦っている姿は痛いほど伝わってきます。
遠藤氏との出会いは中学時代でした。
家の本棚になにげなく飾られていた狐狸庵シリーズを手に取り、読みだしたことが始まりです。
読みだしたきっかけもシンプルです。
「受験勉強から逃避したかった」
というものです。
そして
「どうせ逃避するなら、自分のためになることをしたい」
という、良いのか、良くないのか、自分でも理解できない理由から読み始めておりました。
なぜ家の本棚に遠藤氏の本が並んでいたのか、今でもよくわかりません。
家人に聞いてみても、誰もわからない様子でした。
今となってみれば、本が私を呼んでいたのかも知れません。
これは二日目に書き記したことですが、今思い返すとそう思います。
その後、私は様々な遠藤氏の本を買い集めました。
今のようにAmazonで買い集めるなど出来ない時代ですから、
古本屋や本屋さんを走り回り、可能な限りすべて集めました。
今にして思えば随分と楽しかった記憶があります。
他の書店に置いていなかったものを見つけたときは、
飛び上がりそうなほど嬉しかった記憶があります。
最初に読みだしてから10年以上たって、遠藤氏のことをじっくりと考えました。
そして私が思う、遠藤氏が卓越していると思うところは、そのバランス感覚です。
このバランス感覚においては、他の作家に全く見られないものであります。
彼は純文学を通して、信仰と自己というものを描きながら、
大衆小説でこれ以上ないほどユーモラスなことをします。
そして狐狸庵山人のシリーズで人々を勇気づけるのです。
当時は何も思わずに読んでおりましたが、
今にして思えば「どうかしている」ほどの巨人です。
これほどの多才な作家が日本の文壇において、存在し得たでしょうか。
今の有名人で言えば、ビートたけし(北野たけし)さんのようでしょう。
映画監督とお笑い芸人という二束の草鞋をどちらも一級品の状態で履いてしまうのですから。
思えば、この本をもう幾度となく読み返しました。
気に入っているところは娯楽の感覚で読み返し続けました。
今まで、そうとは思っていなかったのですが、遠藤氏の影響をきっと私も受けているのでしょう。
シリアスな劇を書いたり、シリアスな芝居をしたり、
喜劇に取り組んだり、と思えば、辻岡しんぺいの雑談コーナーという一人喋りをしてみたり。
思えば私も遠藤氏のような多才なバランス感覚を追い求めているのかもしれません。
こうして彼と出会えたことは私の一つのターニングポイントだったのでしょう。
こうして毎日、自分の読書遍歴を振り返ってみて気付いたことがあります。
創作を構成するのは、ありとあらゆる分野の影響の集積であり。
そして影響というものを言葉と置き換えるなら、言葉をたくさん知っている人間は強いということです。
この本を読んでいた当時の自分はもう二度と帰っては来ません。
しかし、読んでいたころの瑞々しい「瞬間」は10年以上経った今でも鮮やかに蘇ります。
そして、今日、七冊目の「瞬間」は過ぎ去っていきました。
今はひどくセンチメンタルな心境です。
この文章は畳張りの荒涼とした空間で執筆しています。
聞こえるのは扇風機の無機質な音と、時折、オートバイの轟音が遠巻きに聞こえてくるのみです。
こうして、また明日を迎えるのでしょう。
願わくば誰にとっても素晴らしい明日を迎えられることを望みます。

今回の取り組みでは、ぎりぎり買い求めることのできる本ばかりを選びました。
少しでもご興味を持っていただければ、書店やネットにて手に取っていただけますと幸いです。
そして、また新しい本との出会いが生まれればこれほどの幸せはありません。
では、締めの言葉は私がいつも使う言い回しで。
「読書って本当に素晴らしいですねぇ。さよなら、さよなら、さよなら。」

2020年5月29日 大阪にて。

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しかし、あれこれ不平を言っても仕方ないし、私は災い転じて福となすという諺が好きだ。本が高くて買えぬなら今まで買った本を何度も読み返せるし、遠くに旅行できぬなら、弁当をつくって近所の河原にピクニックに行く楽しみを見つけたほうがいい。不景気で、ものが高ければ逆にそれなりの人生の楽しみを見つけられる眼を養う年に来年はしたいと思う。
(本文より)
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