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【読了015】『百年文庫9 夜』

 凍てつくような冬の夜、汽車に乗り込んだ若い娘は同席した客の荒んだ気配にたじろぐ。車中の会話に人生の悲哀がのぞくカポーティの『夜の樹』。戦後の安酒場、暗い背中をした男の哀しい出来事(吉行淳之介『曲った背中』)。家族に災難がつづき自立を余儀なくされたペンキ屋の息子ウィルは、就職口を見つけようと故郷を旅立つ。大人社会に飛び込んだ少年の覚悟と出会いの物語(アンダスン『哀しいホルン吹きたち』)。心の奥に流れるブルースのような三篇。

ポプラ社

○夜の樹

 公共の場って「自分の人生とは全く関わりのなさそうな人」との交点ですよね。それが良いにしても悪いにしても。個人的にはこんな出会いはちょっと勘弁してほしいです。
 普段なら決して交わることのなかった人と触れ合うことを余儀なくされるあの感じ。閉塞感というか、あの夜汽車は最早異空間的な呪いの空間のように見えました。
 主人公の女の子、学生さんってことは多分そんなに苦労してない感じの家の子なのかな。ああいう人たちと触れ合ったことで、彼女の中に何が生まれるんだろう。その後の思想に何か影響が出たりするんだろうか。トラウマになって終わりなんだろうか。

○曲った背中

 トラウマといえばこっちも大概陰鬱な話で。先の話の女の子はそれでも汽車を降りてしまえば終わりですが、こっちは「夜汽車の異空間」がずーっと狭い暗い部屋の中で続いていくくんだなあという耐え難いしんどさ。
「犠牲になってると思ってた時の方がまだ気持ちが整理されてた」っていうのは何となく分かるような。「何かのために」という思いがあれば、それが犠牲でも贖罪でも、多分まだ生活をやっていこうという気力というか、生きがいというか張り合いというか、そんなものにもなってたと思うんですけど。
 もうそれもぼやけてきて、何のために……みたいなのもなくなって、ただ毎日毎日狂った人と差し向かいになってると、正気と狂気の境目も分からなくなってきそう。

○哀しいホルン吹きたち

 生活が月日の行列にすぎないものになってしまったが、おそらくあらゆる生活がそういったものにすぎないのであろう――ただの月日の行列。

 今まさに大人になろうとしている少年と、結局大人になりきれなかった年寄り。この年寄りが自分の未来をそのまま見ているみたいでつらくてキツくてしんどくて遠い目になってしまったじゃないですか。
 ウィルは「大人になる」ということが結局どういうことなんだかまだ分からず、それでも「そうならざるを得ない状況」に心の準備も出来てないまま放り出されて。しかも故郷に残った母親代わりのような姉が結婚してしまったら、「彼の心の故郷」「彼の拠り所」もなくなってしまうような感覚に囚われてて(多分)。
 でもウィルはなんだかんだ、ちゃんと大人になっていくんだろうな、なれるんだろうな、って伝わってくるからまだ救いはあるのかな。「大人になりきれなかった大人」の存在を見ることで、多少気が楽になった感じでしたよね。
 で、そんな反面教師の方に自分との類似性を見出すことのつらさね。ほんともう……爺さん……ちゃんとしよ……大人になろ……。後から来たのに追い越されてる場合じゃない……しんどい……

『夜』っていうテーマなのでもう少し蠱惑的だったり幻惑的だったり、あるいはひたひたと怖かったり、そんな感じを期待してたんですが、もうもれなく重くてしんどくてつらくて陰気で、読後感はあまりよくなかったです。くたびれた……


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