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ツクモリ屋は今日も忙しい(9‐前編)

【side:荒木あらき拓真たくま

「先輩、お疲れ様です! お帰りですか?」
 デスクの上を片付けて帰り支度をしていると、芹野さんが声を掛けてきた。向かいの席で、書類を作成しているようだ。

「うん、まあね。芹野さんはまだ残るの?」
「はい。ちょっと手直ししなきゃなので。でも、もう少しで終わるので、私もすぐに帰ります!」
「そっか。頑張ってな」

 はきはきと返してニッコリと微笑む彼女を見ていると、こちらも自然と笑顔になる。同じく近くで退席しようとしていた同僚が、僕たちを眺めながら口を挟んだ。

「荒木達って本当に仲良さそうだよなー。もしかして、付き合ってる?」

「えっ」「ええぇ!?」
 僕がぽかんとするのと、芹野さんが驚いて顔を真っ赤にするのは、ほぼ同時だった。彼女の叫び声は案外大きくて、周りでは何人か振り向いた。僕はとっさに同僚を窘める。

「おいおい、どういうノリで訊いてんだよ。もしかして公開処刑的な?」
「……あ。ごめんごめん! オープン過ぎたわ!」
 僕と芹野さんを交互に眺めて、察してくれたらしい彼は慌てて謝った。頭を掻くような、あたふたした動作をする。

「何となく言っただけだぜ。怒んないでくれな!」
 ビジネスリュックを背負いながら、僕たちに断って帰宅していく。見送ってから芹野さんの様子を窺った。芹野さんは、同僚を視線で見送っていたが、顔は赤いままだった。

「芹野さん」「は、はいっ!」
 呼ぶと、彼女はギシギシと動きながら僕に向き直った。まるでブリキとかでできたロボットみたいだ。

 可哀そうに。先輩との仲をいちいち邪推されたんじゃ、たまったもんじゃないだろう。
「今の、気にしないでいいよ。深い意味はないと思うし!」
「あ……はい」
 同僚のフォローも兼ねるつもりで、明るく伝えてみた。芹野さんは釈然としないのか困り眉ではあったが、一応頷く。

「あ、でも他にも何か言ってくるようなら教えてよ。あいつと……モガミさん、くらいなら、なんとかできるからさ」

 後半、ちょっと思いついて悪戯っぽく声を潜めると、彼女は意味を悟って少し表情を和らげる。先日、芹野さんがモガミさんに悪戯された事件は、まだ記憶に新しい。ちなみに最近はそういうことも無いそうで、何よりだ。

「ふふ、そのときは是非お願いします!」
 芹野さんはそう言って、僕のことも見送ってくれた。


(9)「西松、現れる」ナノ! ‐前編‐


 会社の最寄り駅までの道のりは、しばらくビジネス街が続く。駅周辺にはショッピングモールや飲食店が充実しているから、寄り道をすることもあるが……今日はどうしよう?

「……あれ?」
 誰かとすれ違い、その人の戸惑いがふと聞こえる。男の声だ。そのまま遠ざかろうとしたら、声が僕を引き留めようとする。
「もしかして、荒木君?」

「えっ?」
 その人物はカジュアルでカラフルな装いをしてて、同じ会社の人間でないことは視界の端で確認していた(うちの会社はスーツが基本だ)。この辺に知り合いはいたっけ、と考えながら僕は振り向く。

「やっぱりそうだ……お久! 元気してた?」
 視線が合うと、彼はパァッと輝くようなオーラを浴びせてくる。満面の笑み。まばゆい! 目を凝らして僕は耐えた。彼の雰囲気、言動、声の感じ、何より顔つきを分析して、脳内で検索する。そして、面影が重なる人物に思い当たった。

「……あ。西松にしまつ? ひょっとして西松か?」
「ピンポーン! 大正解さ!」

 昔と変わらない、チャラいレベルの軽さで、旧友こと西松は嬉しそうに返すのだった。


   ***


 西松は、高校の元同級生だ。なんとなく気が合い、よく遊んでいた仲間の1人。卒業後は2人とも進学したのだが、西松は遠方の大学を選んで、街を出たはずだ。学生の頃はたまに電話で喋ったが、なかなか会うタイミングがなく、いつの間にか現在に至る。

 せっかくだから一緒に飲もうという話になり、僕と西松は駅前の繁華街までやって来た。

 初めて入る店を希望する西松と、和洋中なら中華料理の気分だった僕の意見をすり合わせた結果、具材をオーダーメイドできるチヂミ専門店に決まった。……あれ、チヂミって韓国料理だっけ?

「やー、今日はラッキー! 荒木君に会うし、面白い店が見つかるし!」
 コンパクトなショルダーバック1つという軽装の西松は、席に着きながら超ルンルンしている。

 ここまでの道中、僕はずっと西松の質問攻めにあっていた。他の仲間とは会っているのか、どんな仕事をしているのか、趣味は昔と変わらないのか、海外旅行はしたことあるか、彼女はいるのか、結婚してるのか。

 ふう。親戚のおばちゃんといい勝負!

「ってか、西松は今何をして……」
「お、メニューもいろんなのがある! ゼロから具をチョイスするか、具材パックでいくか……パックにトッピングパターンもあり、と!!」
 あ、これ全く聞いてくれないパターンだな。
「荒木君はどうする? あ、飲み物だけ先に頼む?」
「うーんそうだな。チャミスル?」

 まぁいいか。西松、昔から自由人だもんな。
 そう考え、僕も本格的にメニューを読み始めた。海鮮系・肉系・ベジタブル・チーズ入り……西松の言う通り、選ぶのは面白い。悩み抜いてオーダーしたころには、すっかり腹も減っていた。



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