ツクモリ屋は今日も忙しい(11‐後編)
遠くでスズメが鳴いている気がした。
そっと瞼を開けると、朝日がほんのりと室内を照らしていた。あ、朝か、とぼんやり察した瞬間、目覚ましのアラームが鳴る。1コールで止めて私は起きた。コップ一杯の水を飲んで、頬をぺちぺち触る。指先から、体の火照りを感じる。シャキッとしなきゃ。
《ニャエ! ぐっどもーにんぐ!》
リーン。朝一の意識集中を行うと、モモが挨拶してくれる。いつもと少し違うのは、その横に、ハンカチマドンナさんが寄り添っていることだ。昨晩にご帰還されてから、絶大な人気を誇っている。
《アラ。挨拶スルナンテ、イイ子ネ!》
《ニャー♪》マドンナさんが微笑み、ふわっとモモに体を近づける。モモは嬉しそうにデレデレしている。
《ズルーイ》《チェ……》そして嫉妬も買っている。
……これってしばらく、いろんな場所にハンカチを置いて、凱旋パレードした方がいいのかな?
朝から私は、妙な悩みを抱えてしまった。
(11)「母と娘と」ナノ! -後編-
物心ついた頃から、モガミさんはいつも傍にいた。
母による英才教育のお陰か、元来モガミさんと馴染みやすい体質なのか。筑守家筋の親戚の中でも、私はよく視える方らしい。
ツクモリ屋内ではもちろん、家でも、道端でも、繁華街でも、とにかく常に視界にモガミさんを捉えることができる。長時間見ていても、疲労感を覚えることもない。
そんな私だから、高校生の時には店の手伝いをしていて、クロくん達にも出会えた。
共感できる相手がいることは、本当に幸せなこと。
成人してから両親より経営の仕方を伝授され、ツクモリ屋を引き継いだ頃には、ますますモガミさんありきの生活になったから、尚更だ。
……だからなのかな?
お母さんの言葉が引っかかるのって。
***
「──さん? 菜恵さん?」
呼びかけてくる声にハッとして振り返る。
ここはツクモリ屋。出勤した私は、陳列棚の補充をしていた。クロくんが近づいて、心配そうに顔を覗き込んでいる。
「……あ、ごめんね。ボーっとしてたみたい!」
やや早口で取り繕い、私は彼に笑いかけた。クロくんは表情を変えず、まじまじと私を見つめ、ぽそりと呟く。
「もしかして……」
クロくんの眼差しはいつも真っ直ぐだ。もしや心中を見透かされてしまったのかと思った矢先、来客があった。
「いらっしゃいませ」
揃って仕事モードに戻る。クロくんはレジ前に戻る。私はというと、お客様の邪魔にならないよう作業に掛かった。いや、厳密には掛かろうとした。急に体を動かしたのが悪かったらしく、立ち眩みしてしまった。
「あら、大丈夫?」
異変を目ざとく見つけた、客の老婦人が歩み寄り、うずくまった私に声を掛ける。私はすぐに「大丈夫ですよ」と口を開いた。
「ご心配をお掛けました。お買い物をお楽しみください」
実際に伝えたのは、クロくんだった。
「……え……」「とりあえずこちらに」
肩を支えられ、私はあっという間にスタッフルームまで移動させられた。老婦人の驚いた表情が脳裏に残る。
「クロくん、私は平気だよ」
事態の急展開に焦って、私は彼に呼びかける。それが聞こえているのか、クロくんは私に手を突き出す。
「……っ!?」
「あ……やっぱりそうだ。少し熱がありますね」
オデコの熱を比べながら、クロくんは頷く。いつも通りの、落ち着いた声音で。
「え、そう? 気のせいじゃない?」
「いえ。念のため、ここで休んでいてください。俺は接客しますから。もっと酷くなるようなら、叫んででも教えてくださいね」
彼は言い終えると、問題解決したと言わんばかりにスタスタと店内に戻っていく。私は無言で見送るしかない。
すんごくナチュラルな流れだったけれど、これはクロくんにフォローされたのかな。確かにネガティブ気味だけれど、そんなに弱っているのかな。不安になりながら時間を流した。
「菜恵さん、大丈夫ですが?」
「うん……」
接客の目途がついたのか、クロくんがスタッフルームに顔を出す。自らの体調の変化は変わらないと感じつつも、安心させたい一心で私は頷いた。
「本当です? 明日休まれたらいかがですか?」
クロくんは私の言葉を疑うように、様子を見守っている。ここまで心配されるのは初めてで、私は落ち着かない気分になった。
「え……でも、そんなわけには」
「外せない用事があるとかですか?」
「それは大丈夫だけれど……」
症状があるとしても微熱だ。
そんなに休む理由だとは私には思えなかった。
「私が休んだら、クロくんはどうするの?」
「俺ですか? ええと、1日やれる仕事をやって、家に帰って、明日は菜恵さんが来るといいなーと思うだけです」
クロくんは困りながらも、淡々と答えた。
「早く来たらいいなーって」
私はなぜか、昨晩の母の言葉を、思い出していた。
「菜恵さんは、この店に必要な人でしょ」
ああ、そっか。
クスクスと笑い出してしまった。
自分がおかしなことを言ってしまったと思い込んだクロくんは、何やら慌てている。でも、おかしなことを考えてしまったのは私だ。
母による、恋人だの同棲といった発言は、なんだか私のモガミさん達に対する姿勢をそっちのけにしたように感じてしまった。
実際のところは、違う意図かもしれないのに。
そんな人間に思われているのかと早合点していた。
でも、クロくんの言葉で、気づけた気がする。
私はちゃんとモガミさん達と生きているし、生きていると思ってもらえているんだ。共感できる相手がいるって、本当に幸せなことだなぁ。
「クロくんもね♪」
やっと一言告げると、照れたのか、彼はむっつり顔でそっぽを向いてしまった。耳は赤い。私の目から見るクロくんは、怒り顔か、真面目な表情が多いので、珍しいリアクションかもしれない。
結局、お客さんが来たようなので、休むのか返事をできないまま場はお開きになった。こっそりクロくんの接客を覗きながら、これからのことについて考えていた。
ウキウキ考えている時点で、明日もいいことはあるような気はしていた。
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