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ツクモリ屋は今日も忙しい(7‐後編)

 どうして、こんな事になってしまったのか……。
「何か間違えてしまったのかな……?」

《イイノヨ……菜恵……ソウイウ運命ダッタノヨ》

「そんなことないよ! きっと方法はまだあるよ!」
 強く首を振って、私は相手を励まそうと試みる。しかしモガミさんは、切なそうな眼差しで、ふらりと呟いた。

《イイノ……人生ハ、しゃぼん玉ナノ。儚イノヨ》

「モガミさんっ……!」
 涙腺がうるっと緩み、モガミさんの本体を両手で包もうとしたとき、背後で軽く咳払いする音が聞こえる。

「あの、何やってます?」
 振り返ると、頭を搔きながらこちらを見据える、クロくんが突っ立っている。なんだか、ひどく真顔だ。

「クロくん! 助けてっ」
 涙目で訴えると、彼は怪訝そうに私たちに近づく。
「どうしました?」
「モガミさんが干されてるの!!」


(7)「出会いと別れのシャボン玉」ナノ! -後編-


 言いながら私は、モガミさんのいる棚を指し示す。その一角には、ウサギ型の消しゴムのモガミさん、しかいない。もともとそこには数種類の文房具が置かれていたのだけれど、他の子たちは皆カップル……もとい、お買い上げされて、いなくなった。

「ええー何これ。俺がいない間に、誰か爆買いしたんですか?」

 ちょっとした更地スペースの中央に、ぽつりと佇むモガミさん。すっかりアンニュイモードなので、どこか凛とした静けさすら纏っている。

《……しゃぼん玉ナノ》
「はいはい、わかったから」
《アー! クロ、流サナイデヨ!》

 クロくんとモガミさんが言い合いをする横で、私は先程までの光景を追想していた。

 盛況とまではいかないものの、お客さんの入りは悪くなかったはずだ。単品買いも珍しくないツクモリ屋にしては、複数点を買う人が複数いて、だから商品の減りはそこそこ早かった。
 この店では爆買いといえる状態ではあるかも。

《フン。クロハ何モ解ッテナイノネ》
「……何がだ?」

 彼の会話に、ふと意識を引き戻される。
 モガミさんは偉そうにふんぞり返りながらクロくんを見上げ、クロくんは怪訝そうに首を傾げながらモガミさんを見下ろしていた。

《ぼくハ、ズットここニイテイイノ。ダッテ、菜恵ガイルモン!》

「……私が?」
 突然、私のことを出されて戸惑う。モガミさんに信頼されるのは嬉しい。でも、こうなってしまったのは私に客寄せの力がないからだ。

「モガミさん? 私にはそんな……」
《ぼく菜恵ノ傍ガイイノ。オ似合イダモン、ぼくラ》
 うん? ……むしろ買われてたまるか系?
「菜恵さんの傍か……気持ちは分からなくもない」
 クロくんまで何を言ってるのかな?

「でも、このままだったら、余計に悲しませるかもだけどな」
《ソレハ嫌ナノー!》

 1人と1モガミさんは、今やすっかり意気投合している。声を掛けづらくて、悩みつつ見守っていると、新しいお客さんが入ってきた。

「「いらっしゃいませー」」

 私とクロくんは、素早く場を離れながら唱和した。退きながら、お互いにチラ見をする。

 キョロキョロと辺りを見ながら店内に入ってきたのは、小学生くらい男の子だ。ツクモリ屋のお客さんとして滅多にいない若いお客様。なにせ、店内の値段設定は、小学生のお小遣い向きではない……。

 男の子は、厳密には小学3年生以降の学年と思われた。学校の帰りなのか、ランドセルを背負っている。お店の雰囲気が珍しいのか、単に迷っていたのか、私たちの存在に気づくと、男の子は困ったように近寄ってきた。

「あの……」
「なんでしょうか?」
 応じたのはクロくんだ。一見いつもの調子だが、少し屈んで、目線を合わせるように返事をしている。さりげない心配りに感心していると、小学生はか細く質問した。
「消しゴム、ありますか?」

 あるけれど……。

 私は内心迷っていた。消しゴムは、実は他にも在庫がある。四角い、普通の白いやつだ。最近搬入したが、検品していたのと、置く場所がないのとで、まだ陳列していなかった。今からそれを、持ってくるべきなのか。

 いや、でもそれでウサギ消しゴムが選ばれなかったら、モガミさんが……。いや、お客さんにも選ぶ権利はある?
 そもそも、本当に買うかな?

「……文房具はここです」
 クロくんも、白い消しゴムのことは知っているはずだった。男の子を案内するものの、普段より言葉は少なく、様子を見ている。小学生と、消しゴムのモガミさんが、対面した。

「……」《みょーんっ》

 モガミさんは、興味深げに男の子を覗き込んでいる。男の子は、まじまじとウサギの消しゴムを見つめて、立ち尽くしている。なんとも居たたまれない瞬間が過ぎた。

 小学生は、勢いよく消しゴムに手を伸ばした。
《みょっ?》
「これ、ください!」

「えっ、いいの?」
 なんとなくダメかと諦めていた私は、思わず呟いていた。聞こえていたらしい小学生とクロくんは、同じタイミングで私を見る。急に恥ずかしくなり、私は苦笑いしながら慌てて説明した。
「あ、ごめんね。ちょっと高いから意外だったの」

「お金はあります。ママがお小遣いくれたし、良い物を買いなさいって」
 男の子は小声ながら、しっかりとした口調で答えてくれた。柔らかい手に包まれたモガミさんは《アラヤダー》と照れながら、まんざらでもない様子で寛いでいる。

「そんなに気に入ってくれたんだね」
「うん! 可愛いの大好き!」


「ありがとうございました!」
 小学生とモガミさんが店を去った後、笑顔で見送っていた私は、ぼんやりしていたクロくんと目が合った。
「どうしたの?」

「あ、いや。良かったですね、見送れて!」
 彼は早口で返すが、数瞬後にぽつりと付け加える。
「……別れるのって、あっけないな」

「そうかもね。いつ、どのモガミさんとお別れするか分からなくて、たまに寂しいときもある。私の場合、店にいつもいるわけじゃないし。せめて、幸せであってほしいと願っているよ!」
 さっきまでいたモガミさんを思いながら、私は常日頃考えていることを打ち明ける。出会いは別れで、別れは出会いだ。

「それって、モガミさんだけですか?」
 クロくんは俯き、独り言のように語り掛ける。
「どういうこと?」
「俺でも……あ、いや人でも、同じく?」

「……えっ。クロくん、私とお別れしたいの?」
「いえいえいえいえ! 滅相もない!!」
 私の逆質問に、クロくんは全力で応えた。口を突いて出た疑問が否定されて、ほっとする。良かった。本当に。

「そっかぁ。私もお別れしたくないよ!」
「…………はい」
「あ、ねぇ、ニレノさんと出会いたくない?」
「いいえ」

 和気あいあいと、私たちは空いたスペースに出す商品を運ぶために移動し始めた。私たちの会話を聞いていたからか、去って行った仲間を思ってなのか、モガミさん達の中から木霊が聴こえた。

《オ元気デ~!》



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