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ツクモリ屋は今日も忙しい(11‐前編)

【side:筑守つくもり菜恵なえ

《オカエリナノ~♪》《オツカレサマー!》
 帰宅すると、いつもより賑やかな出迎えを受けた。
「ありがと! ただいまっ♪」
 私は応えて靴を脱ぎ、リビングに向かう。

 灯りを点け、テーブルに鞄を置いて、冷蔵庫のお茶を一杯飲む。作り置きしていた総菜とご飯を電子レンジに入れ、温めているところに、モガミさん達からの催促を受けた。

《ネーネー、ナエー。会ワセテー》
「え? 何?」
《イルデショ? まどんな》《一目ダケデモー》

 あっそうか。合点がいき、鞄を開け、ハンカチを取り出す。西松君から返してもらったハンカチ。ここにある……いるのは、マドンナのことを知っているモガミさんばかりなので、彼女を待ち侘びていたのだろう。

 ふわっと目覚めたハンカチのモガミさんは、辺りをキョロキョロ見渡し、ふっと微笑んで呟いた。

《……チットモ変ワッテナイノネ。ココハ》

《ワーイ!》《ソウナンデス》《イツモ快適!》
 モガミさんの共鳴がすごい。彼女を西松君に貸しっぱなしだったことを考えると、8年もこの家を留守にしていたことになる。派手な歓迎ぶりも、頷ける気がした。

「ねぇ、どこに置いて欲しい?」
《……食卓ノ、邪魔ジャナイ場所ヘ》
 ハンカチを、晩食を置く場所の、外に置いた。モガミさんが、宴会のように楽しそうにはしゃぎだす。レンジから取り出した食事を口に運びながら、私は喧騒に耳を傾けた。

《スゴク嬉シイノ》《エエ、私モヨ》《聞カセテ》《アナタノ物語》《ソウネ、少シダケヨ》

「……あれ?」
 食事の合間にスマホをいじると、電話通知があることに気づく。それは、珍しい相手からだった。
「……お母さん?」


(11)「母と娘と」ナノ! -前編-


 食事を終え、シャワーを済ませ。
 もう寝ても良いくらいの準備をしてから、わたしは母の携帯に電話を掛けた。長電話の危険が隣り合わせなので、こちらから電話をするときは、いつもそうしている。

『……もしもし?』
 母は、数コールしてから出た。親戚内でもモガミさんへの献身ぶりが際立つ人で、反動で厭世主義者みたいなところがある。オレオレ詐欺を常に警戒していると公言していて、電話に出るときは怪訝そうに返してくる。娘の私にでさえも。

「お母さん? 菜恵です。もがもが?」
『あぁ、菜恵ちゃん! もがもが』
 このように、合言葉を使って通話する。

「電話したでしょ? どうしたの?」
『実はね、近々そっちに帰れるかもしれないの』
「えっ、そうなの!?」
 それが本当だとしたら、数年ぶりの帰還だ。そして、数年ぶりの対面ともなる(電話やメッセージはしていたけれど)。

『こっちで大きな仕事が終わったものだから、まとまった休みが取れそうなの。日にちはまた教えるわ』
「そうなんだね。楽しみ♪」
『ねぇ、そっちは何か変わってる?』

 考えるものの、特に思い浮かばない。ハンカチのマドンナさんも平常通りみたいなことを言っていたし。
「いつも通りだよ」
 母はしごく残念そうに、向こうで笑う。
『えぇー、そうなの? 恋人ができたとか、実は同棲しているとか、そんなのもないの?』

 えっ。

「そんなの無いよ。なんでそう思うの?」
『なんでって、菜恵の年頃じゃ、よくあるんじゃないの? 婚姻届を出してから恋が始まったり、記憶喪失の財閥の御曹司と出逢ったり』

 母はべらべらと語るが、厭世主義者がゆえ、その知識の出所は、ほぼドラマや小説からのものだ。近年は韓流ものも頻繁に出てくるし、私に勧めてくる。

「そんなこと、あるわけないよ」
『そう? でもこの前会った井戸のモガミさんがね』
 母の話はなかなか尽きない。脱線に脱線を重ね、すっかり夜は更けていくのだった。


   ***


「……ふぅ。終わった」
 通話は、2時間を目前にして切れた。喋った。いや、相槌を打ちまくったというのが正しいのかな。なんだか疲れたけれど、眠気を催す類のものではないから困る。

《コンバンハ。オ邪魔スルワネ》《ニャイ!》
 ハンカチマドンナさんを寝室に移動させ、モモの横に置く。モガミさん同士の親睦を横目に寝支度をした。

「ごめんね皆。私は寝るけれど皆は喋ってていいよ」
《ハァイ》《ナエ、オヤスミ!》
 モガミさんの了承を得て、寝床に入った。眠たくはないのだ。でも、寝た方がいい気がした。

 なんで、お母さんと話すと、こんな気持ちになるんだろう?

 漠然とした疑問が脳裏をぐるぐる回る。今の状態では、何をしたって上手くいかないことが分かっている。だから眠るのだ。

『なんでって、菜恵の年頃じゃ、よくあるんじゃないの?』

 恋人は、同棲は。母の言葉が、ぐるぐると回る。そんな馬鹿な、とも思えなくて、打ち消す手段がない。
 落ち着かなきゃ。何か楽しいことを考えようと、私の心が求め、微睡みに飛び込んでいった。



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