ツクモリ屋は今日も忙しい(20-前編)
【side:芹野さん】
今日は仕事が休みだっ♪
スッキリと目覚めて朝から気分がいい私は、サクサクと身支度を進められた。お気に入りの服を着て、いざ出発!
待ち合わせは、繁華街もある大きな駅前の広場だ。少し幾何学的なオブジェがあって、たまにちょっとしたイベントも行われる場所だ。ちなみに今日は特にイベントは無いようだけれど、人通りはそこそこあった。
「あ……もういる……!」
私の相手は既にいた。適当な街灯の傍によって、ちょうどこちらに背を向けてスマホをいじっている。
シンプルなカッターシャツに羽織物、それとジーパン。……休日は、意外とラフなスタイルなんだなぁ。普段はキリッとしているのにドキドキする。
ギャップ萌えを堪能しないともったいない気がして、私はしばし声を掛けられずにいた。すると。
〈ピロンッ♪〉
手に持っていたスマホが通知音を鳴らし、メッセージを表示する。『こっちはもう着いたよ~ 今どこ?』……お相手様からでした。
ここで『あなたの後ろよ』って返したらホラーチックだな、なんて思いつき、ちょっとふざけたくなってしまった。私は真後ろからそろそろと近づいて、だしぬけにポンっと肩を叩いた。
「わっ!」声も出しちゃったりして。
「きゃっ?! ……あーなぁんだ。芹野ちゃんか」
一瞬ビクついてからこちらを振り向き、お相手──谷村さんは、苦笑しながら、仕返しに小突いてくる。普段はクールビューティなだけに、なかなか新鮮な仕草かもしれない。おどかし成功だ♪
(20)「あいるびーばっく」ナノ! -前編-
私と谷村さんは、同じ会社だけれど部署が違う。業務でもなかなか接する機会は無かったけれど、とあるボールペンを巡る不思議(?)な縁で、すっかり仲良くなったのだった。
(※第13話を参照)
これまでに何度か仕事帰りに外食していたけれど、休日に会うのは今回が初めてだ。夕食じゃなくランチっていうのも楽しみ。……メインは買い物なのに、食べることばっかだな私(笑)。
「今日は付き合わせてゴメンね~」
近くのショッピングモールまで一緒に歩きながら、谷村さんが切り出す。
「私、独りで服を選ぶの苦手なのよ。だから後回しにして、まとめ買いする羽目になっちゃうの」
「全然いいですよ! 私も買うつもりですし」
谷村さんは美人でスタイルもいいから、選べる服も絶対多そうだ。そのくせ本人は性格がサバサバしているから、それほど服へのこだわりもないんだと思う。頑張って手伝おう。
「そういえば、どれくらい買うつもりなんですか?」
「ええとね、いろいろ合わせて……15着前後?」
「……本当にまとめ買いですね!(笑)」
気合を入れなくちゃな!!
2時間後。ショッピングモールをあちこち歩いて、私たちはショッピングという名の狩りに勤しんだのだった。
「芹野ちゃん、疲れたよね? ご飯を食べよ」
気づけば昼過ぎ。谷村さんの提案で、モール外に出る。少し歩くと、落ち着いた雰囲気のイタリアンレストランがある。ここに店があるのは知っていたけれど、私は入ったことがなかった。
「私はここがオススメなんだ」
「そうなんですか?」
「モールで選ぶと絶対に混むしね。芹野ちゃんの好みに合う店だと思うの……あ、イタリアンの気分じゃなかったら、まだ心当たりがあるから、他を探すよ?」
にっこり笑って、谷村さんは私の返答を待つ。
……女子力! これが女子力!!
私、今まで友達と当日にだらだら探すばっかりで、こういう心遣いしたことない! 店は、確かに良さげだ。……勉強になります!!
入ったイタリアンレストランは、確かに私の好みに近かった。モールのイタリアン料理屋に比べると、品数は少ないようだ。でも、オーソドックスな品はこだわっているようだ。期間限定ものも美味しそう。
悩んだ挙句、私は店定番のメニューで固めた。これで気に入ったら、次は違う物を選ぼう。そう決めて。
谷村さんは、パスタだけ限定の海鮮ものだった。くるくるとフォークを使いながら、話し掛けてくる。
「ねぇ。芹野ちゃんって、淡いトーンが好きなの? さっき買っていたカーディガンを見て、そう思ったんだけれど」
「あ、いえ。どちらかと言えば濃い色が好きなんです。でも、合わせるのが難しくて」
「あー、そうよね」
そんな他愛のない話をしながら、谷村さんを見つめていた。素敵だなーとか、どうしたらこうなれるんだとか、羨望に身を浸していた矢先、ふと違和感を覚えた。
「……あれ? 谷村さん、耳の、片方ないですよ?」
「え……? あら?」
問い掛けられた谷村さんが、自分の耳元を探り、目を見張った。左耳に付けていた、白いストーンの耳飾りが無い。
「気づかなかった。どこに行ったのかしら?」
谷村さんは慌てて辺りを探し始める。私もそれに倣ったけれど、それらしき物は見つからない。
「──芹野ちゃん、もういいわ」
やがて溜息交じりに谷村さんが呟く。焦っていたわりに、あまりにも軽い調子で言うので、私は面食らう。
「本当にいいんですか?」
「ええ。この店と、モールには、後で問い合わせるわ。そんなに高いものじゃないし、きっとそのうち見つかるわ」
私は納得できなかった。谷村さんの笑顔に無理している感じがあったのだ。食い下がる。
「でも、大事なものではないんですか?」
「違うと言ったら、噓ではないかもしれないけれど……。自分で初めて買ったイヤリングだったから」
え、それ、かなり思い入れのあるイヤリングでは?
谷村さんは、取り繕うように続ける。
「でも、高価ではないのよ。気にしないで」
「……はい」
見つからない以上、私には頷くしかない。
ただ、見つかって欲しいと思う。私たちに見えない場所にイヤリングがあって、このレストランや、ショッピングモールで保管されていて、谷村さんの問合せで見つかるとか。あるいは道中に落ちていて、交番に届けられているとか。
その後もお喋りは再開され、レストランを後にしたのだけれど、私はずっとイヤリングの件が忘れられずにいた。
どこにいるんだろう。イヤリングさん。
***
【side:イヤリング(左耳)のモガミさん】
《置イテイカナイデ~!!》
谷村の耳から外れてしまったイヤリングのモガミさんは、叫んでいた。ただ、力のある限りに。
しかし想いは届かず、持主の谷村と、芹野は気づかずに歩いていく。草葉の陰で、モガミさんは続ける。
《芹野ノばかナノ~!!》
イヤリングは、芹野が出合い頭に谷村をおどかした時点で、実は外れて落ちていた。谷村が髪を下したスタイルであったこと、そして、イヤリングが控えめなデザインだったことが災いし、気づかれなかったのだった。
《ウウ……ズット一緒ダッタノニ、芹野ガ驚カスカラ》
時が経ち、夕暮れ空を見上げながら、モガミさんはメソメソと呟く。辺りは、たまにカップルや家族連れが通り過ぎるのみである。街頭の脇の、落ちているイヤリングには目も向けない輩ばかりだ。
輩をモガミさんは眺め、やがてのほほんと寛ぎだした。モガミさんは、基本的にケセラセラの性分である。落とされると悲しいが、落とし物であることも受け入れられるのだ。
《大丈夫。ナルヨウニナルノ~》
きっと大丈夫。谷村の元に戻れるかもわからないが、明日は明日の風が吹く。明日も自分はきっと自分。イヤリングは、片割れのことを案じながら、瞳を閉じるのだった。
しかし。
〈ミャ~オ〉
《……ン?》
聞き慣れない、危機感を煽る鳴き声で、モガミさんは目覚めた。見上げると、猫がいた。ネコと目が合った気がした。でも、今まで猫や犬と目が合ったことがないので、気のせいかもしれない。
ただ猫は、イヤリングに興味を示していた。
〈ミャァ〉《アレッ?》
猫に咥えられたイヤリング……モガミさんは、いつの間にか広場を移動し始めていた。
《ドコニ、行クノ……?》
あわあわと猫に問うが返答は得られず、モガミさんは翻弄されていた。
もはや夜空の下で、モガミさんは叫んでいた。
《……助ケテナノ~!!》
まるで、月下の狼のように。
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