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ツクモリ屋は今日も忙しい(19-前編)

【side:筑守つくもり菜恵なえ

 今日は忙しい。うん、多分そう。だから、急いで店のモガミさんや品揃えをチェックして、開店前に出かけなきゃ。

 うん、決して、他に理由なんてない! 忙しいんだから仕方ないんだ──

「あ、菜恵さん。おはようございます」
「ひゃっ!」

 背後から声を掛けられ、私は思わず変な声を出してしまった。体もビクッと揺らしてしまう。私を見ていたモガミさん達も、ユラユラした。
《オヨヨ?》《ビックリナノ?》《クロ、オハヨー》

「……菜恵さん? すいません、驚かせました?」
「う、ううんっ。お、おはよう、クロくん!」

 平静を装い、私は振り返った。いつもの声、いつもの笑顔で挨拶した……つもり。なのに、いつもと何かの感覚が違っていた。少し汗を搔いている気がする。もしも本当は変な顔になっていたらどうしよう?

 気のせいだよね……クロくん?


(19)「なっちゃんの心の中」ナノ! -前編-


「出かけなきゃなんだ。後はよろしくねっ」
 理由の分からない焦りに耐え切れなくて、すぐに店を出てきてしまった。

 歩くことに集中していたからか、しばらくすると落ち着きは取り戻せたような気がする。でも焦りは、今度は不安と後悔に形を変えて、私の中から消えてくれない。

 ちゃんと、モガミさんに挨拶できていたっけ。無視していなかったっけ。クロくんと視線を合わせていられたっけ。取り繕えていたっけ。

 振り返ったときの、クロくんの少しキョトンとした顔が脳裏に浮かぶ。でも、私が去る間際は? よく思い出せない。

 もう……なんでこうなるの。


《菜恵~。迷子ナノ?》
 ずっと持っていたショルダーバッグのモガミさんが、不思議そうに訊いてきた。私は辺りを見渡す。ツクモリ屋からはさほど離れていない、知っている場所だ。特に目的地はなく歩いていたけれど、迷子ではない。

「ううん、違うよ。なんで?」
《サッキカラ、ぐるぐる同ジ道ヲ歩イテイルノ~》
「……え、そう?」
 うそ? 全然気づかなかった……。

 ここは、そこそこ閑静な住宅街。よく行く店が点在しているから、全く通らない道ではない。でも、不必要に何回もこの道を回るなんて、すっかり怪しい人みたいになっている……よね?

「ありがとう、教えてくれて」
《ドウイタシマシテナノ~♪》

 私はモガミさんにお礼を言うと、そのまま住宅街を抜ける。その間、どうしたいいか、悩んでいた。

 いつもだったら、次の仕入れはどうしようかと、品定めの旅に行くところなのだ。いつどこで、ツクモリ屋を必要とするモガミさんがコールしているか、わからない。需要センサーを広げて、私は放浪するのだ。

 ……でも、どうしても、そんな気になれなかった。

 それに、懇意にしてもらっている取引先からも「これはどう?」といった打診が特になくて、要するに今は、暇だった。

《ドコ行クノー?》
「ええとね……」

 あまり曖昧にはぐらかして、モガミさんまで不安にさせたくない。さっきまで、忙しそうに動いていたのは私。しっかりしないと……。

「……ええとね……」
 住宅街をあと少しで抜けようかという頃合。道の先にある、行けそうな場所。一つしかなかった。
「みーちゃんの所に行こっかな!」

 大きめの声で言ってしまい、たまたま近くを歩いていたお爺さんの目を丸くさせてしまった。しかも、目が合ってしまう。

「な、なんですかー?」
「すみませんっ。独り言ですっ!」

 耳が遠かったらしい。律儀に聞き返す優しさに申し訳なく思いながら、私はお辞儀をして通り過ぎる。恥ずかしい。やっぱりまだ全然、落ち着いてなんかない。こんなこと、今までなかったのに。やっぱり。


 ──やっぱり、お母さんのせいだ!!


 もどかさが心を満たしていて、忙しくない振りなんてできなかった。私はいつしか早歩きで、みーちゃん家族のいるツクモリ屋に向かっていた。


   ***


「あれ、なっちゃん?」
 みーちゃんちのツクモリ屋に着くと、ちょうど入口を掃き掃除していたみーちゃんに会った。

 みーちゃんとこは、販売所と言うより、業者へ納入するための製造所として機能している。
 小口対応もしているらしく、一般客も出入りしている。私のいるツクモリ屋の半分くらいの販売ブースが設けられていて、そこに私たちはいた。

「みーちゃん……。急に来てごめん」
「え、いいよ全然。どうしたの? お父さんに用事?」

 叔父さんには最近会っていない。会いたいか否かでいうなら会いたいけれど、仕事の邪魔はしたくない。というか、用事も話題も無いし……。思いつかない。

「あっそうか。伯母さんを追いかけてきたんでしょ?」
 追いかけるようにみーちゃんは合点し、にっこりと笑った。聞き捨てならないワードに私の心は反応した。
「……お母さん、ここに来ているの?」

「うん。今は中で、お父さんの仕事を見学しているみたい。呼ぼうか?」
 なんてことだ。今日はこっちにいたんだ、お母さん。確かに、朝から目的地も言わないで出掛けたから、ここにいてもおかしくはないけれど……。

《ミーチャン、だめナノ~!》「え? 何が?」
 ショルダーバッグのモガミさんとみーちゃんが、何やら話している。


 邪魔するつもりなんてなかった。でも、もどかしさが駆け出しているみたいだった。気づけば私は、みーちゃんに抱き着いていた。

「……なっちゃん?」
「お母さんは呼ばないで……私……」
 すがるように訴えていた。もどかしさが訴えていた。聞いて欲しくて。なりふり構えなくて。

「私、クロくんと、結婚するかもしれない!」
「……へ?」

 触れた服越しに伝わる、みーちゃんの緊張と。肩越しにおののくモガミさんの気配と。親子喧嘩で絶不調な私の心中と。
 すべてが混じっていく気がした……。



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