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ツクモリ屋は今日も忙しい(18-前編)

【side:室井むろいくろ

 その日、俺はツクモリ屋で忙しくしていた。
「西松、次はコレとコレを検品してくれ」
「はいはーい、パイセン!」
 たまたま店に来ただけの西松を捕まえ、俺は効率よく指示を出す。

 西松は近頃、すっかり常連の助っ人だ。いつも嫌な顔一つせず、手を貸してくれる。

 だから実は、いっそ店員になるかと提案したこともある。だがそれは嫌なんだと。相変わらず変な奴だ。……そういえば、ユーチューバーになるって話はどうなっているんだ。なってるのか?

「ん? パイセン、呼びました?」「いいや。全く」
 いやいや。今は西松よりも仕事に集中だ!


(18)「ボスのボスは母」ナノ! -前編-


 ツクモリ屋の営業は、わりと不定期に作業タスクが生まれる。

 通常の雑貨店は「客のために」をモットーに、途切れなく購入してもらえるよう、定期的かつ計画的に商品を搬入する。だから、前もって作業の流れを予測しやすく、調整もしやすい。

 それに対しツクモリ屋は「モガミさんのために」搬入するかを決める(菜恵さんによると、モガミさんコールがあるかないか、という基準があるらしい)。そのため、搬入のタイミングがまず読みにくい。何せ、モガミさん次第なのだから。

 まぁ実際、モガミさんコールが全くない時期は、滅多にないが。どういう仕組みなのか、ツクモリ屋から商品が無くなってしまったことは、今のところない。筑守家の秘儀でもあるのか?

 そして現在。モガミさんコールが止まらない。
「面白いな……」
 脳みそが覚醒し、久々に心が沸き上がる。目の前に壁があるほど、それを叩き割ってやれという感覚。

 ロック・ユーだ!
《クロー! 頑張レー!》《ふぁいとー!》
「当たり前だ!」

 客の来店の合間に、商品の補充を、検品からこなす。ここではかなりの労働だ。今日は朝から菜恵さんはいない。そこだけテンションが下がるが、やるべきことは目の前にある。俺は集中していた。


「ねぇ……」
 声が掛かる。客がいないことは確認済みだった。俺は振り返らず、陳列をしながら応えた。
「なんだ西松? さっき言った場所がわからないのか?」

「そうじゃなくて」
「はぁ……。客が来る前に、手短にしてく……」
 何とかして、キリの良い分まで並べたいタイミングだった。イライラしながら、俺は振り返る。

 振り返った先にいたのは、西松ではなかった。
「え? ……あの」
 女性だ。自分の母親と同じ年代っぽい……。

 しかしなんだろう。「おばさん」と言ってはいけない気がする。でも、マダムとかでもない。そうじゃなくて。……あー、会ったことがあるような。

 俺をじっと眺めていた女性は、ぽつりと尋ねる。
「──もしかして、クロくん?」
「……へ?」

 なぜ菜恵さん以外に「クロくん」と呼ばれなければいけな……あれ? そういえば、声音に聞き覚えがある。もうちょい、もうちょっとで分かるような……。

 そのとき、西松が店内スペースに入って来た。
「パイセンー? ちゃんと会えました?」
 客がいないとわかっているのだろう。叫び続ける。
「ナエセンのママ!!」

 ナエセンのママ?
 眼前の女性を見つめながら、俺は徐々に理解した。
 ひょっとして。まさか。嘘だろ。お願いだ、嘘だと言ってくれ。お願いだから嘘だと言ってくれ!!

「やっぱりクロくんなのね。こんにちは♪」
「あ……」

 菜恵さんの、お母様が……急に来店するなんて!!

 にっこりと微笑むお母様に、俺は背筋を凍らせずにはいられなかった。

 どうして菜恵さんのいないときに。連絡が取れなかったのか? いやそれとも……まさか、店の監査として来たのか!?


   ***


「あ、あの、お母様。いや違う。菜恵さんのお母さん。いや違う。オーナーのお母様。えーマダム……」
「タエでいいのよ」

「……タエさん?」
「そう。多い恵みで、多恵たえ。レトロでしょ?」
 お母様は、にっこりと断言をした。その笑い方は、よく見ると菜恵さんと似ている。……エモい。

 勝手に高鳴る自分の心臓が憎い。この方は菜恵さんではないし、そもそも初対面ではない。断じて一目惚れなどではない。……こうしてがっつり話すことは、初めてだけれども。

「なんだか、変わったわね、ここ」
 お母様──多恵さんは、キョロキョロとご覧あそばせになっている。

 対するモガミさん達の反応は、まちまちだった。キョトンと首を傾げたり、オヨヨと多恵さんを見つめていた。きっと俺と同じく、会ったことはなくても、菜恵さんの面影を感じているのだろう。

 この店での最古参のモガミさん(棚)ですらも、慎重に多恵さんを観察している。あいつ、多恵さんとは面識があっただろうか。表情からは伺い知れない。意外とポーカーフェイスだな。

「そうですか? あの、オ……私には、昔と変わらない店ですが……」
 どこまで言葉を崩していいのか。自称に迷う。
「クロくんにはそうかもね。でも、あたしにはそうでもない。もう菜恵の店だし、当たり前だけれどね」

 おお……お母様は「あたし」呼称だったか。

 それはともかく、俺は記憶を辿る。俺が菜恵さんに出会った頃には、既に菜恵さんはツクモリ屋のオーナーだった。多恵さんは、たまに顔を出してアドバイスをする存在。少なくともそう見えた。

 俺は最初はアルバイトの立場で、そのうち店長になった。多恵さんはいつしか顔を見せなくなったし、本当に顔見知り程度の関係だ。それがどうして、このような語り合う機会に恵まれてしまうのか。

 つーか、何を話したらいいのか?

 多恵さんはツクモリ屋の前オーナーで、しかも、好きな人の母親だ。絶対に失敗できないと、俺の本能が囁いている。そして、既に詰んでいる気分に陥りかけている。
 全面降伏には、あまりにも早いんだが。さっきまであんなにロックしていたのに、自分が情けない。


「パイセン、検品終わりましたぁ!」
 空気を読めないのか、読まないのか。いつも通りのヘラヘラした笑顔で、西松が店内スペースに来る。

 多恵さんの瞳がキラキラと閃いた。
「そういえば、初めての子よね」
 ……あ。そういえば、そうでしたね。

「彼は西松です。臨時バイトをお願いしてまして」
「……臨時バイト、ですって?」
 多恵さんの瞳が、またしてもキラーンと閃く。
「ツクモリ屋に、そんなステータスのメンバーがいるなんて、初めて聞いたんだけれど!?」
 ……あ。そういえば、そうでしたね。

 ツクモリ屋に関われる人間は、案外少ないからな。
 店内では、基本的にモガミさんを視れないと、業務が差し支えてしまう。だから西松や荒木のように、店を手伝える人間はそうそういない。

 言い方は悪いが、使い勝手のいい、臨時バイトでの人員なんて、本来はいなくて当然だ。
 多恵さんが驚くのは無理もないこと。

《リンジばいとッテ何?》《教エテナノ~》
 大人しくしているのに飽きたのか、モガミさん達が口を挟んでくる。そんな中、多恵さんはぶつぶつと呟いていた。

「なんてこと……いきなり2人なんて」
「? 何がですか」
 かと思いきや、いきなり俺たちと真剣な眼差しで対峙する。俺は思わず、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 次の瞬間、ツクモリ屋に、凛とした声が響き渡る。
「あなた達、菜恵と見合いする気はない!?」


 えっ?
《見合イッテナンナノ?》《クロ?》
「えぇえええーっ!?」



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