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ツクモリ屋は今日も忙しい(15-中編)

【side:筑守つくもり菜恵なえ

「おや、お店のお手伝いかい?」
 品定めを終えてレジまで歩いて来たおじいさんが、顔をくしゃくしゃに綻ばせながら口を開いた。

 訊かれた2人の子ども──千生かずきくんと千歳ちとせちゃんは、そわそわしながら小さく頷く。2人の背後からフォローするように、みーちゃんが明るく説明した。

「そうなんです、お店に興味があるらしくて」
「そうか、偉いね。頑張って」
 おじいさんはひどく感心したようで、ずっとニコニコしていた。会計を済ませ、店を出て行きながら、双子に手を振る。

「ありがとう、ございました」
 たどたどしい口調ながらも、双子はきちんと挨拶をする。ぺこりとお辞儀をして、頭を上げたときの表情が、ほっと息を吐いたように緩んでいた。基本的に大人しいから判りづらいけれど、緊張しているのかもしれない。

 双子の様子とは対照的に、モガミさん達はいつもの調子で戯れている。
《アリガトウナノー》《かっぷる成立~》

 どっちも微笑ましくて、どっちも可愛い♪
 いつもと少し違う光景に、私はさっきから内心ほっこりしていた。すると、千歳ちゃんがぽつりと呟いた。

「……カップルって、なに?」
 あっ。それ、気になるよね~。


(15)「みーちゃん軍団来店」ナノ! -中編-


「カップルはね、お客さんとモガミさんの結びついたってことだよ」
 千歳ちゃんと目線の高さが近づくように屈みながら、私は答える。自分が同じ年頃のときは、どんな言葉を理解できていたか、あれこれ悩みながら。

「それって縁結び?」
 話を聞いていた千生くんが、横から質問してくる。

「あ、そうそう! 千生くんすごいね、縁結びって、もう知ってるの?」
「うん! 家の近くに、神社があるんだ……」
 褒められて嬉しかったのか、彼は照れたように教えてくれた。隣で千歳ちゃんも「そっかぁ」と納得している。

「なっちゃん、コレ並べておくよー」
 みーちゃんがいつの間にか、検品済みの商品が入った段ボール箱を抱えてくる。手伝って貰うつもりは全くない。慌てて箱を奪還しようと試みる。

「いいよ、そんなことしなくて! それ置いて」
「気にしないでよー。何かしたい気分だしさ……あ、手伝う人ー?」
 物を抱えて視界が悪いはずなのに、みーちゃんは私の制止をヒョイヒョイかわしながら双子に有志を募る。

「あ、ぼく行く」
 至って淡々とした様子で千生くんが名乗り出る。迷いなく陳列棚を進む仕草は、どうにも作業そのものに興味が湧いているようだった。

「え……えーっ」
「せっかくだし、たまには手伝わせて。この子たちの社会見学にもなるし」
 ウィンクしながら従妹は行ってしまった。長い付き合いからの経験則で、止めるのは不可能であろうことを悟る。キツく怒ればいけるかもだけれど、そこまでする状況でもないしなぁ……。

 かくして私は、千歳ちゃんと2人きりになった。

 千歳ちゃんは、なにもせずに様子を見守っていた。みーちゃん達に混ざりたいようにも見えるし、距離を置いているようにも見える。

「一緒に行かないの?」
「うーん……いい」
 声を掛けると、彼女は歯切れの悪い返事を返した。よく見ると、浮かない表情をしていた。何を考えているんだろう?

「もしかして、何か心配?」
 私の質問は千歳ちゃんの表情を変えた。少し驚いて、こちらを振り向いてくる。そして、視線を彷徨わせる。

「あの……ね」「うん」
 もじもじしながら、彼女は言った。

「ゴミ箱に入れちゃったモガミさんは、どうなるの?」


 あっ、なんだっけ。

《ごみナノー?》《入レチャウノー?》
「う、ううん! 入れないよっ!」
 モガミさんが《オヨヨ……》と、どよめく。不安が渦巻く事態に陥っていることに気づいた私は、慌てて宥めようとする。

「あのねー、ぼくたちのクラスの子が意地悪なの」
 音も無く千生くんが近寄り、淡々と告げる。

「教室で暴れて、バンバン物を捨てるの」
《オオ……ばんばん》《悪魔ノ子ナノー……?》
「千生くん? なんの話かなっ?」
 なんか、急に饒舌になってない?

「どうして皆、モガミさんが見えないの? 捨てるのは、可哀そうなのに、捨ててもいいの? 使ったら捨てるなら、使うのは優しくないよね?」

「あー……。ごめん、なっちゃん!」
 みーちゃんが気まずそうに謝る。
「やっぱりこうなっちゃった……」

 やっぱり、という言葉が気に掛かり、尋ねる。
「どういうことかな?」
「実はこの子たち、私らみたいに、いつもモガミさんが視えるみたいなの」
 いつも。……たまにではなくて?

「家でも、学校でも、毎日のように視えるらしい。んで、学校で物を無駄遣いしている子がいるのも、本当みたい。でも伯母さんはさ、頻繁にモガミさんが視えないから、少し困っているみたい」

 子どもたちは、静かに、話し合う大人を見ている。

「……で、私もどうしたらいいか、よくわからなくて。ここでモガミさんとたくさん触れ合ったら、どうにかなるかもって思ったんだけれど……」
 みーちゃんも、外ではあまりモガミさんの視えないタイプだ。そう思いだし、私はようやく、どうして双子の兄妹が来たのかがわかった気がした。

 要は、モガミさんとの付き合い方に悩んでいる。

「わかった……。それなら、ちょっとお話しよっか」
 考えをまとめた私は、子どもたちに笑いかける。
 2人とも、きょとんとしていた。警戒するような、期待しているような、お揃いの顔。

「なっちゃん……」
「大丈夫、私に任せて。あ、店番は、任せるね♪」
 今度はみーちゃんに私がウィンクしてみた。千生君と千歳ちゃんを連れて、店の奥に向かう。

 この子たちが今、直面しているのは、私がかつて乗り越えた問題でもある。伝えられることを、伝えたらいいはずだ。

《ナエー!》《ふぁいとー!》
 自分達がゴミ箱に入れられる心配をしているのか、熱心に応援してくれるモガミさんの声が聞こえた。……頑張ろう。



またしても予定よりも長くなりました……。
途中まではいけると思ったのに(笑)。
次で第15話目を終えようと思います!

(ツクモリ屋は今日も忙しい・15-後編へ)

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