ツクモリ屋は今日も忙しい(19-中編)
【side:筑守菜恵】
「……室井玄と……結婚?」
みーちゃん親子のツクモリ屋の店の前で。抱き着いた私の体を支えるように手を添えながら、みーちゃんが呟く。声音は思っていたより低くて、驚いている……よりかは、絶望しているように耳に届いた。
「え……何アイツ、プロポーズしたの?」
「ううん……そういうわけじゃ、ないけれど」
私たちは、お互いにぽつぽつと質疑応答する。
「じゃあ、告白されたとか?」
「ううん」
「……まさかとは思うけど……なっちゃん、から?」
「ううん、してないよ」
「あっそうなんだ」
急にワントーン明るくなるみーちゃんの声。
「でも、それならどういう状況よ?」
「実は昨日の夜……お母さんが、そう言ってきたの」
「へ、伯母さんが? ちょっと待って、それって」
徐々に察したらしい従妹の手が、わなわなと震えるのがわかった。大丈夫かな? 心配して、私は体を少し引き離して、顔を覗き込んだ。みーちゃんは先程より顔色が悪いように見えた。……本当に大丈夫かな?
「つまり──室井玄との縁談話っ?」
「……そうなの」
頷きながら自然とクロくんの顔を思い浮かべる……今頃、いつも通り接客とかしているんだろうな。そんな想像はすんなりできるのに、クロくんと縁談する、かもしれないことに実感がわいてこなかった。
というか私……どうしたらいいんだろう?
(19)「なっちゃんの心の中」ナノ! -中編-
みーちゃんに会いに行ってから約30分後。私は近くにある喫茶店にいた。みーちゃんが店を抜け出して、話を聞いてくれることになったのだ。
個人経営っぽいけれど、内装やインテリアにこだわりがみられる、穏やかで居心地の良さそうな店だ。テーブル席を選び、適当に注文をする。たまたま店内が空いているタイミングだったからか、程なくしてオーダーしたものは来た。
「お腹が空いてたの? みーちゃん」
「そうでもないけどさ……一大事だし、脳みそにたっぷり糖分を回さないと! なっちゃんも食べていいからね」
私の注文はホットの紅茶だけだった。みーちゃんもドリンクは同じだが、スイーツセットで頼んでいる。一口サイズのフィナンシェが3つ添えられている。
《ナンダカ可愛イノ~。コレハ……「映え」?》
私の鞄のモガミさんが、興味深そうにフィナンシェを見ていた。店員さんに聞こえないように、みーちゃんが小声で返す。
「可愛いけど、映え……じゃないかな? モガミさん、そんな言葉も知ってるなんてすごいね?」
《ウフフ~、西松ニ教エテモラッタノ~》
「西松? 誰それ、業者さん?」
「最近よく店に来てくれるの。タクちゃんの友達♪」
「へ~。確か、室井玄の後輩だっけ? 最近は会っていないかも……」
そう言えば、そうだったかも。みーちゃんは、私のツクモリ屋に頻繁に顔を出すわけじゃないし、タクちゃんもたまに来てくれる感じだ。
もちろん、不定期に現れるニッシーくんとは、面識はなくても当然だ(ちなみに彼の呼び方は、ニッシーくん本人と相談して最近決めた)。
「……って、そこは今、どうでもいいの!」
急に真顔になったみーちゃんが、砂糖をたっぷり入れた紅茶を一口だけ飲む。両手をテーブルの上に置いたかと思うと、ぎゅっと拳にし、真剣な眼差しで私に質問をぶつけてくる。
「なっちゃん。何がどうなったら、室井玄と縁談ってことになるのよ。伯母さんに何を言われたの?」
普段の彼女らしい直球な切り口だ。訊きにくい内容だろうに、真っ直ぐぶつけてくれる。こちらも真摯に答えなきゃと感じさせてくれるから、いつも助かっている。
「……実はね──」
私は言葉に悩みながら説明を始めた。
***
私の両親は、一週間ほど、こちらに帰ってきている。と言っても、私が生まれ育った家はとっくに売り払い、もう無い。現在は近場のホテルに部屋を取っている。私の部屋には2人も泊めるスペースがなくて。
それでも両親は自由に楽しく動いているようだ。お父さんは、風景の写真を撮っては送りつけてくる。そしてお母さんは、あちこちに顔を出していて……。
両親が来る間、親子揃っての夕食はしようとなり、昨晩も食べたのだ。母は上機嫌で、私の行きたい店に連れて行ってくれた。その帰り際、父がトイレで退席しているときに、言ってきたのだ。
「ねぇねぇ、相談があるのよ、菜恵ちゃん」
「ん? 何?」
「1回でいいから、お見合いしてみない?」
単純に驚いた。後から気づいたけれど、まるで「合コンに行かない?」みたいなノリだと思った。軽過ぎた。私は訊き返すしかなかった。
「えっ。なんで? なにが?」
「あたし、どうしても一度、考えて欲しくて」
「なにを?」「あなたの未来を」
私の未来。お見合いをすれば、なぜ考えたことになるのか。わかるようで、わからなくて。
まぁ、さすがに親だから。結婚とか子育てとかして欲しいのか、と思っているとは察しているけれど、それでも私にはわからなくて。
未来を考えたときに、その道が見えないから。
「……ちゃんと、考えているよ?」
ポツリと答えた。お母さんはじっと私を見る。どこが、どういう風に、とか追い打ちは掛けてこない。お父さんは、なかなか戻ってこない。
「実は、具体的に相手がいるの」
「……え?」
告げられた事実に耳を疑う。私の頭の中は真っ白になった。だって、母の探せる範囲の相手なんて。筑守家の筋の者なのか。
私は、私のツクモリ屋を離されようとしている?
「そんな……勝手に……」
悲しみを隠せないまま、私は呟いた。
「そうね。勝手だったわね。ごめんなさいね」
「? ……何を言っているの?」
お母さんは、私の心を全部、見透かしているように笑った。なんだか柔らかい笑顔だった。
「相手にも、遠回しに怒られてしまったわ。菜恵ちゃんの気持ちも考えずに話を進めるなんて、ってね」
「私の相手が……?」
どんな人だろう。見合いなんて、当人の意見なんて構わないイメージがあるのだけれど。いや、それより……相手が先に知っている、ということ?
どんな人だろ? そんな風に慮ってくれる人。
「そうよ。クロくんがね。お礼を言っといてね!」
母は笑い、私は微笑みを固まらせた。
お母さん、クロくんに縁談の話をしたんだ。
私がツクモリ屋にいない間に。
クロくんは私の気持ちを考えてくれたんだ。
クロくんは、私を今、どう思っているの?
クロくんは、どうしたいの?
私は、どうしたらいいの?
「……菜恵ちゃん? 大丈夫?」
「え……何?」
心底、心配そうな母に覗き込まれて、私は返事をした。なんだか、夢心地ではあったかもしれない。
「すまない、遅くなった」
お父さんも戻ってくる。お父さんは、見合いのこと、知っているのかな。わからなくて、それ以上話題に出していいものか迷う。
お母さんも、見合いの話は続けなかった。
「そんなに待ってないわ。行きましょう」
待って。……という言葉を飲み込む。
《菜恵、大丈夫ナノ?》
鞄のモガミさんが、問い掛けた。
うん……としか言えなかった。
その後は、特に何事もなく、終わって。両親との別れ際、なんとなくお母さんから意味ありげな視線はもらったけれど。
私はずっと、モヤモヤしたまま。
モヤモヤしたまま眠って起きて、ツクモリ屋に行かなきゃと感じたとき、クロくんにも会うかもとも考えて、すごく焦った。心のどこかで、その感覚を不思議に思いながら、とにかく急いで準備したの。
結局、クロくんには会ったけれど……。
忙しい振りして店を出て……。
早くどうにかしなきゃいけないよね。
ねぇ、どう思う? みーちゃん。
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