ツクモリ屋は今日も忙しい(7‐前編)
【side:筑守菜恵】
ある晴れた日の昼時、私達は押し問答をしていた。
「ね~クロくんっ♪ いいでしょ?」
「駄目です!」
「お・ね・が・い☆(ウィンク)」
「……だ、駄目ですっ!」
うーん、手強いな。
私の視線から逃げるように顔を逸らしながら、クロくんは申し出を断る。こちらを見てくれない彼の耳は真っ赤だ。……そんなに力いっぱい、拒否しなくても。少しだけ悲しい。
(7)「出会いと別れのシャボン玉」ナノ! -前編-
店内にお客さんはいない。だからクロくんに昼休憩に行ってもらう絶好の機会なんだけれど、店番を交代するついでに提案した「お願い」のせいで、想定外の時間を食っていた。
「どうしても本当にダメ? 確かに店の仕事のついでだから手間は取らせるけれど、ちゃんとお給料は出すし、食事だってご馳走するよ?」
「……………え、食事に行ってくれるんですか?」
力んでいたクロくんの体がふっと緩み、呆けたような瞳がこちらを向いた。食事の話が、琴線を鳴らしたようだ。
うん。本当なら今頃は、昼ご飯だもんね。
言い出すタイミングが悪くて、申し訳ないなぁ。
上手く聞き取れないけれど、クロくんはぶつぶつと呟いている。考え事をそのまま口にしているようだ。
「いや、待て。一緒に食事してくれるとは言っていない。菜恵さんは忙しいんだから、俺の食事代を出すだけかも……」
「えーと、クロくん?」
「あ、いえ……なんでもありません」
クロくんは目じりを下げながら私を見ると、ぼそぼそと言葉を続けた。あからさまに困っている。2人して謝り合う。
「ごめんね、休憩前にこんなこと言い出して」
「いえ、こちらこそ無理で、すいません」
そっかー、どうしてもダメなんだ。無理強いさせるくらいなら諦めるけれど、理由を言ってくれないから不思議なんだよね。他の用事と被ってるわけじゃないし、クロくんが不快になるような内容でもないはず。だって、会ってもらうだけだし。
「それじゃ、しばらくの間すみませんが……」
「ねぇ、どうして嫌なのかだけ教えてくれる?」
今を逃してしまうと訊きづらくなると思い、両手を合わせて「ごめんポーズ」しながら切り出した。クロくんは、らしくもなく俯いて躊躇っていたけれど、やがて私を見据えて静かに言った。
「……自信がないんです」
「えっどうして? 初対面だから?」
「はい、会ったことがないからです」
私は信じられずに目を丸くしてしまう。クロくんって、人見知りだっけ?
「でも、会ってみたら話しやすいと思うよ?」
「そうかもですが……イケメンなんですよね?」
クロくんは核心に突くかのような口ぶりだった。
「へっ? う、うん。そうかもね?」
言葉の真意がわからないまま私はとりあえず頷く。
「確かにニレノさんは、人と比べてもカッコいい方のモガミさんかもね。それがどうかしたの?」
「だって……そんなモガミさんと俺が並んだら」
きっと仲良くなれると思うな。
「……二度と立ち直れなくなるかもしれないっ!」
うん?
「そういうわけなので、すいませんっ」
クロくんはぺこっとお辞儀をすると、慌てたようにスタッフルームへ素早く入って行った。何か返事をする間もなかった。
ニレノさんは、街外れにある自然の多い公園の奥にある、とても古い斧のモガミさんだ。付喪神としての力が強いので、人間にそっくりな姿形をとることができる。
以前、ニレノさんの管轄で草材を収穫したのだけれど、それを使い、新しい業者と連携してキーホルダーを作ることができた。いつも新商品ができたらニレノさんに見せに行くので、それにクロくんを誘ってみたのだった。
なんか、この前やたら気にしていたみたいだし。
立ち直れないって、プライドの話だよね? 彼はあんまり弱気なことを言う人じゃない。だからさっきは驚いた。
レジカウンターの椅子に座りながら、私は想像してみた。クロくんとニレノさんが実際に会って話しているところを。ニレノさんは興味深そうにいろいろ話し掛けて、クロくんは緊張しながら何か答えている。きっと賑やかで、あっという間なんだろう。
「気にし過ぎだと思うんだけどなぁ」
呟いていると、お客さんが入ってきた。
《ヨッテラッシャイ!》《ミテラッシャイ!》
それまで、各々で寛いでいたモガミさん達が、張り切りだした。今日は久々の店番。私も、気を引き締めようっと!
「いらっしゃいませっ♪」
***
私がオーナーをしているツクモリ屋は、私とクロくんしか店員と呼べる者がいない。別に、人員を増やしたくないわけじゃない。ただ、この店で働ける基準が、まずモガミさんを感じられるかどうかなのだ。普通の求人では、なかなか見つからない。
クロくんや、タクちゃんみたいな人って貴重!
私の不在時にクロくんが昼休憩をするときは、モガミさんと相談して一時的に閉店することもあるらしい。許可しているから問題ないけれど、モガミさんがお迎えされるチャンスは減ってしまうので、私がいるときは店番を交代するようにしている。
最近、ニレノさんの件で忙しかったから、ずっと店番できていなかった。だから改めて実感。やっぱりココ、落ち着く♪
《菜恵ー! 今日ハ、ズットイル?》
陳列棚をチェックをしていると、あるモガミさんがピョンピョン首を伸ばしながら話し掛けてくる。ピンクのウサギの形をした消しゴムが主体だ。2ヵ月程前に仕入れたのだけれど、1つだけ売れ残っていた。
「うん、そうだね♪ 今日は出掛ける予定ないよ」
ニレノさんのキーホルダーは、明日納品される予定だ。それまでは特に出掛ける用事はない。
《ヤッタァ! らっきーナノ》
私の言葉に、モガミさんはピョンピョン動きながら喜んでくれる。傍にいる他のモガミさんも、にこにこと戯れている。
《菜恵、ぼく、今日かっぷるニナレルカナ?》
「どうだろうね。なれるといいね♪」
《アッ、オ客サン来タノー!》
その後、クロくんが戻ってくるまでの間、何人かのお客さんが来てくれた。ペースは控えめだったけれど、一度にいくつか買ってくれる人もいたので、たくさんのモガミさんがお店を卒業していく。
ウサギのモガミさんも……。
《キャー、ツイニ……アレ?》《今度コソ……アレ?》
左の練りけしが選ばれ、右の修正テープが選ばれ。
「……あ、惜しいっ(ぼそ)」
かなり苦戦を強いられていたのだった。
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