ツクモリ屋は今日も忙しい(10-中編)
正直、侮っていたのかもしれない。俺は深く恥じていた。人を見かけで判断してはいけない。相手が年下だとしても、超絶マイペースな変な奴でも、高校の後輩だって、ライバルはライバル。
菜恵さんに近づく奴は、基本俺の敵ー!!
「あ、再会の記念に写真でもどうです?」
「お客さんが来るかもだし、ここではダメかな~」
「なるほど! じゃ、場所を変えて……」
「に、西松っ。今度こそ先に、ハンカチを返そう?」
西松はいとも簡単に、菜恵さんにアプローチを仕掛けている。明るくチャラそうな性格だとは思っていたが、考えてみれば典型的な陽キャラじゃねーか。ものすごく厄介なタイプ……。
「あんまり、菜恵さんを困らせるなよ?」
なるべく平常心で、西松の視界から菜恵さんが隠れるように声を掛けた。奴は一瞬黙ったが、すぐに相好を崩す。
「それもそうですね!」
《らぶこめ?》《どろどろ?》《どきどき》
「……ファイト(ぼそ)」
……頼むからヒソヒソするな。モガミさんと荒木。
(10)「先輩 vs. 後輩」ナノ! -中編-
「えーと。本当はゆっくり喋りたいけど、実はそうもできないんだよね」
菜恵さんは申し訳なさそうに苦笑う。言葉を濁しがちの姿に、察した様子の荒木が問い掛ける。
「あ、もしかして出掛ける用事があるんですか?」
「ううん。実はこの後、業者さんの都合で、急に納品される件数が増えたの。ちょっと量が多いから、ある程度すぐに陳列しなくちゃいけなくて」
結構な緊急案件だった。俺は思考を巡らせる。
「そうなんですか。なら陳列品を整理して、空きスペースも確保しなくちゃいけませんね」
「えっ大変そう……。僕も手伝いましょうか?」
荒木が申し出る。
「いいの? それなら助かるよ! ちゃんとバイト代出すからね♪」
「はは、要らないですよ。なっ、……西松……」
さくさく進んでいた話題は、はたと停止した。
皆に視線を向けられた西松は、首を傾げている。
「え、何? もちろん、ぼかぁ手伝うよ?」
「うーん。モガミさんと話ができるんだし、問題ないとは思うけれど……いきなり大丈夫かな~」
菜恵さんは悩ましげに考えている。
俺も考えてみる。奴は恋敵だが、仕事で公私混同は避けないといけない。
「物を運ぶくらいならできるよな? 検品は、様子を見て、できるならって事でいいんじゃないですか」
「……そうだね。それが一番かも」
今はツクモリ屋のために動かないと。俺の進言を菜恵さんが了承したことで、こうして西松のタスクも決まった。
「よーし、ぼかぁ頑張るよ!」
既に腕まくりを始めている西松に菜恵さんが微笑みかけ、作業の説明を始める。商品が搬入される裏口へと、2人は徐々に遠ざかっていく。
ぼうっと見送っていると、いつの間にか真横に荒木が立っていた。何か言いたげに、こちらをチラ見している。
「なんだよ」
「あの……室井先輩って」
荒木はジト目だった。彷徨わせた視線をこちらに当てて、どことないドヤ顔を向けてきた。
「もしかして、日和ってますぅ?」
「もしかして、殴っていいか?」
「冗談ですぅー。ゴメンナサイ」
俺が手を振りかぶろうとすると、荒木は頭を腕で守りながらわざとらしく逃げて行った。
どうせ、敵に塩を送っているとでも勘違いしているんだろう。さっさと行け! 溜息を吐いて、俺は陳列棚の整理に向かった。
***
結局のところ、西松は主に裏方の仕事に回ったようだ。これは後日、荒木から聞いたのだが、検品作業は時間が掛かり過ぎて効率が悪かったそうだ。
……想像するに、あのハイテンションで、モガミさんと喋りまくったんじゃないか。実際、検品スペースから西松の声しか聴こえてこない時間帯があったような。いや知らないが。
俺はというと、陳列作業の合間に接客をしたりと、そこそこ忙しくしていた。今回搬入されたのは、折り畳み傘と電卓、そしてランチョンマット。なんとも不思議な組み合わせだ。それぞれ別の業者から仕入れたそうで、今回納品が早まったのは折り畳み傘だった。まぁ、一番ごついやつだ。
「パイセン! コレどこに持って行きましょかっ?」
息を吸うだけで楽しい! とでも言いたげなオーラを纏ったライバルは、検品の終わったランチョンマットの箱を抱えていた。
「あー、一番奥の棚に並べてくれ。空いている場所が分からなければ……棚に訊いてくれ」
《おーい、こっちだよー!》
「ラジャー☆」
俺に言ったのか、棚になのか。西松は軽快に運ぶ。
何を考えているのか、掴みにくい奴だ。
陳列状況をチェックしながら考える。過去に、菜恵さんと西松が出会った現場に俺はいない。知っているのは、奴が高校生の頃に荒木や菜恵さんと知り合ったことと、会社を辞めて実家に戻り、それをきっかけに菜恵さんに物を返しに来たことくらいだ。
……まさか。
菜恵さんを諦められなくて、故郷に戻ったとか?
「……いや、ないない」
流石にそれはおかしい。そこまで菜恵さんを何年も想うくらいなら、就職先だって地元を選ぶはずだ。
俺みたいに!
「――セン。パイセン?」
呼びかける声で我に返ると、視界にモガミさんのドアップ顔が展開されていた。しかも、キス顔。
《ウウー、アト3cmナノ……》
「っー!!」
思わず後ずさり、モガミさんから離れようとする。しかし、キス顔はなかなか離れない。俺は無意識に、自分が持ち上げた傘のモガミさんにキスされそうだったからだ。
「……モガミさん、ごめんな」
《イイノヨ……愛ナンテ……シュン》
なぜか残念そうなモガミさんを静かに元の場所に置き、俺はふっと、冷静な顔をしてみせた。
あぶねー!! う、奪われるところだった!!
「あはは、何してんですか、パイセン!」
実に屈託のない笑い方をしながら西松は俺に近づいた。その手には折りたたまれた段ボールがある。
「……いや。お、終わったのか、西松」
「はい。あー、陳列に回す分は、今ので終わりって言われました。ぼかぁどうすればいいですか?」
どうやら店内のピークは過ぎたようだ。ストック分の検品作業はまだ続くだろうが、こちらは通常営業を続けるしかない。
「……それなら、検品終了した分を、運ぶ手伝いを」
「いいんですか、それで」「は?」
「それだとぼかぁ、パイセンよりナエセンの傍にいる計算になる予感!」
ナエセン……菜恵さんのことか? 西松は笑顔のままだ。しかし若干、声のトーンは低くなった気がする。
「……」
「だって分かりやすいんだもーん、パイセン♪」
ヒラヒラ手を振りながら、西松は段ボールを片付けに行く。直後に来客があり、応対しながら、俺はぼんやり思った。
あいつ……本気というか余裕だな?
さては手練れか。百戦錬磨か。愛の狩人か。そうだよな、陽キャラだし、ありえなくはなくない。
客になけなしの愛想を使い果たし、すっかり笑えなくなっている俺の元へ、西松が帰ってくる。本当に絶えず、よく笑う男だ。
「やっほーパイセン、疲れてませんか?」
「……お前は元気そうだな」
「イエス! ぼかぁ楽しみを見つけました!」
唇を吊り上げる西松。その笑みに「ニヤリ」というカジュアルさはない。それどころか、不敵さが湛えられているのだった……。
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