ツクモリ屋は今日も忙しい(16-中編)
【side:とある人の自宅のモガミさんズ】
ハサミは緊張していた。精神体の真ん中が、ドキドキと鳴っているようだ。本体の金具も、カチカチと鳴っている。とはいえ、カチカチしているのは、パッケージ丸ごと持ち上げられているからだ。持主のおじいさんに。
《ドキドキ……優シクシテナノ……》
ぎゅっと目を瞑り、覚悟を決めていたモガミさんだが、パッケージの開かれる瞬間はなかなか訪れない。痺れを切らして薄目を開けるのと、おじいさんがハサミを棚に置いたのは同時のことだった。
《アレレ?》
「よし、食べるか」
おじいさんは呟き、すっと離れて行く。ハサミのいる棚は、どうやら台所に近い位置にあるようだった。おじいさんが冷蔵庫から野菜を出したり、味噌汁の入った鍋を温めている様子が、ハサミにも見えた。
おじいさんは、これから食事をするらしい。
(16)「拝啓モガミさん?」ナノ! -中編-
(ナンダ、スグニ仕事スルト思ッタノ……)
カクッと首を傾げた新入りのモガミさんは、視線をおじいさんから部屋全体に移す。
コンロ近くの窓は、カーテンの隙間から夜が来たことを教えてくれた。物の散らかっていない部屋は、おじいさんが掃除が得意であることを態度で示している。
そして、部屋に揃えられた家具や家電の、モガミさん達は。
《アラー、新めんばーナノ?》
《コンバンハ♪》《若イノネ~》
早くもハサミの登場に気づき、興味津々に声を掛けてくるのだった。
文具も、台所用品も、テーブルも椅子も。それらに宿るモガミさん達は、全体的に穏やかな物腰だが、和気藹々と過ごしているようだ。
(ナンダカ大人ノつくもり屋ナノ……)
ハサミのモガミさんは、先程とは違う意味でドキドキしていた。おじいさんの家は、今まで自分のいた、ツクモリ屋のような居心地の良さを感じていた。しかし、ツクモリ屋とは雰囲気が違った。
未使用の商品ばかりの集団と、使い込まれた品物たちとでは、人生……いやモガミ生としての経験値に差がある。もしかしたら「格が違う」ということなのかもしれない。
《皆、ヨロシクナノ~!》
すっかり安心したハサミは、ふよふよと浮きながら声を張り上げた。モガミ式の挨拶回りだ。ハサミの意識体は、あちこちに泳いでいく。その間、持主のおじいさんは、食事を着々とテーブルに準備していた。
《オーイ、コッチ~》
親交を深めていた新入りが振り返ると、テーブルの上、端の方に置かれた開いた眼鏡ケースがあった。そこから2体のモガミさんが顔を出している。
片方は先刻、鞄の中でも会話した眼鏡のモガミさんだ。相変わらずの、のほほんとした表情をしている。もう片方は、眼鏡ケースのモガミさんだ。少し寝ぼけた顔でハサミを眺めていた。……いや。
《チョット遠イノ……》
と、言いながら、眼鏡の後ろに回り込み、目を凝らしてハサミの姿を確認している。まるで望遠鏡を覗くように。
果たして、眼鏡のモガミさんは、眼鏡になるのか。
《改メテ、ヨロシクナノー!》
ハサミはにこにこと2体に近づく。
その折、味噌汁のお椀を持ったおじいさんがテーブルに歩み寄り、食卓に座った。いただきます、と息を吸うように手を合わせ、おじいさんは静かに食事を始める。3体のモガミさんは、にこにこと、おじいさんを見ていた。
《ア、忘レテタノ》
しばらくして、眼鏡のモガミさんがぽつりと零した。ハサミのモガミさんが不思議そうに訊き返す。
《ドウシタノ?》
《アノネ、おじいちゃんニ挨拶スルトイイノ!》
《おじいちゃん……》
ハサミが戸惑いながら食事中の持主を見遣ると、眼鏡はかぶりを振る。
《ソッチジャナクテ、はさみノおじいちゃんナノ~》
《! ……ドコニイルノ?》
眼鏡はぽかんとして(ピントがぶれている訳ではないだろう)、そして深刻そうに陰のある表情になった。
《ソレハ……》そっと告げる。
《アナタノ隣、ナノ!》
《!!》
ハサミのモガミさんは、本体のある棚を、バッと勢い良く振り返る。そして慌てて戻った。
《おじいちゃん……ぱいせんノはさみガ隣ニ!?》
ハサミの脳裏には、パイセンの象徴・ツクモリ屋のクロ店長のイメージがすっかり出来上がっていた。クロは、怒るとすごく怖い。矢のように飛んで戻る。
キキーッ、と急ブレーキを掛けながらハサミは本体まで戻ってきた。その隣には、確かに先輩のハサミが鎮座していた。
棚には他にも、ペン立てや中身のペン、メモ帳が収められていた。ハサミに比べたら奥の位置なのだが、挨拶が遅れていたハサミは、さらに焦った。
《ハジメマシテナノ~》
目についたモガミさんから順番に挨拶をする。皆、慣れていると言わんばかりにクスクス微笑みながら返事をしてくれた。唯一、先輩のハサミは、しなかった。厳密には、精神体を表してもいなかった。
《……おじいさん~》
不安に襲われながらも、古株のハサミに声を掛ける新入りのモガミさん。内心は逃げたい気持ちがないわけでもない。
(怒ッテイタラ、ドウシヨウナノ……)
おじいさんのハサミは、まだ応答をしない。
《……アノー》
まだ、返事はない。
《ア……アノー!!》
勇気を振り絞って、声を振り絞る若いハサミ。
《ウルサーイ!!》《ぴゃっ?》
古株のハサミから、にょっきりとモガミさんが顔を出した。その表情は、ひどく険しい。
《ヒッ……》
ハサミは、心のどこかで思い出していた。勝手に作り上げていた、幻のおじいさん。皆に慕われ、惜しまれているおじいさん。何となく優しい。その幻と現実は……何かが違う。
(怒ッテイル……怒ッテイルノ!)
新入りはガクガク・ブルブルと、パイセンから逃げられずに佇まう。
《ヨク……見エナイノー》
《見エナクテOK☆》
その頃、眼鏡ケースが目を凝らし、眼鏡がのほほんと返していることを、ハサミたちは知らない。
──憐れなモガミさんの運命は、いかに!?
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