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ツクモリ屋は今日も忙しい(16-後編)

【side:とある人の自宅のモガミさんズ】

《ア……アノー》
 ハサミは恐る恐る声を掛ける。
 皆から一目置かれている、パイセンのおじいさんに。
《ゴ挨拶ガ遅レマシタノ……》

《ナンダァ……アー、新入リカ》
 新入りハサミの姿をまともに認めると、古株モガミさんは大きく欠伸をした。今までは眠っていたため、姿が見えなかったようだ。
《マー、ヨロシク》

(……オ眠サンダッタノネ。テッキリ、挨拶シテイナクテ、生意気ナ奴ト思ワレタト絶望シタノ)
 ハサミはほっと胸を撫で下ろした。何しろ、今までに直接叱られた経験がない。ツクモリ屋の店長に叱られている後輩は、見たことがあるが。

《おじいちゃん、オハヨー》
《アア、オハヨウ》
 周囲のモガミさんが声を掛け、先輩のハサミモガミさんは手短に応える。

(ヤッパリ、普段ハ優シイノネ~)
 再び感じ始めた和やかな空気に、新入りハサミが馴染んできた頃、持主のおじいさんの食事が終ろうとしていた。箸を置き、空の食器を洗おうと、おじいさんがシンクへ運ぼうとしている。

《……ソロソロダナ……》
《エ? ドウシタノ?》
 古株ハサミの呟きに、新入りハサミは首を傾げる。古株ハサミは、新入りをぎろりと睨み、おじいさんへ視線を戻す。

(何……? 何ナノ?)
 ハサミのモガミさんが戸惑っていると、パイセンは、おじいさんを見つめたまま、ぼそりと呟いた。
《──ダロウナ》《エ、何??》

《オ前、チャント切レルンダロウナァ……?》

 ハサミおじいさんの問いかけ。
 ハサミにとっての「切れるか?」なので、恐らく『ちゃんと仕事はできるんだろうな?』という確認なのだろう。

 ただし、単純に訊き方は怖いのだった。

(キ……斬ルダナンテ……!)
 新人はすっかりビビっている。


(16)「拝啓モガミさん?」ナノ! -後編-


 夕食を終え、片付けもしたおじいさんは、ラジカセでCDを流しながら新聞を広げた。ラジカセより、控えめの音量で響くのは歌謡曲だ。おじいさんの好みで、CDばかりが入った棚から、1枚が選ばれてセットされた。

 おじいさんは黙々と夕刊を読む。端から端まで。右から左まで、全て。

(読書ガ好キナノネ……)
 この度、縁の結ばれた持主の様子を、ハサミは微笑ましく見守る。ただ、微笑ましい気持ちに偽りはないが、妙な高揚も否めない。なぜならば、ハサミの横で、パイセンもおじいさんを眺めているのだ。非常に厳しい眼で。

(パイセン、何ヲ斬ルノ……?)
 5秒に1度くらいの割合で、パイセンの横顔をチラ見していた。非常に注意散漫である。しかし、パイセンのハサミは一度も持主から視線を逸らさなかった。まるで後輩のことにお構いなしだ。


 互いの思いが行き合わないまま、時間が過ぎる。そして、新聞を読み終えたおじいさんが、動いた。

(アレ? コッチニ来ルノ~)
 ハサミはさらにドキドキしていた。おじいさんは真っ直ぐとハサミたちのいる棚に向かっている。手が伸びてくる。

 そして、おじいさんは、古株ハサミを掴み取った。

《……ぱいせん!!》
《新入リ、ヨク見テロ》
 おじいさんに抱かれた古いハサミは、大きな声で呼びかけに返してきた。そのまま、おじいさんと行動を共にする。

おじいさんは、開きっぱなしの新聞の前に戻った。パイセンのハサミを新聞に入れ、ジョキジョキと切り出す。滑らかに自然な動作だった。

(……ン? 切リ取ッテルノ?)
 必死に見守るハサミは、やがて気づく。その儀式が、おじいさんの好きな記事をスクラップするためのものだということに。

《おじいさんハ、ズットコレヲ?》
《ソウダ……1日2回、シッカリト切ル……コレガ、オ前サンノ仕事ニナルノサ……》
 パイセンのハサミは、おじいさんの手元で力強く頷き、語る。


 新聞を切り取ったおじいさんは、古いハサミをつと眺め、小さな声で独り言ちる。
「……やっぱり、もう切れ味は悪いんだな」
 古株のハサミは俯き、持主の手を眺めた。
《力不足デ済マナイ。デモ、頑張ッタノヨ》

 おじいさんは、パイセンを、棚に戻さなかった。

 テーブルの上に置く。そして、寝支度を始めた。ハサミのいるリビング兼台所へは、ほとんど姿を現さなくなった。

《ぱいせん……オ話シタイノ》
《ナンダイ》

 ハサミは、古株のハサミと喋りたくてたまらなかった。
 今まで、合ったら仲良くなる仲間ばかりだった。サヨナラが無かった訳ではないが、それらは基本的に、見送るものだ。新しい主と共に、幸せになって欲しいと、願っていればよかった。

 でも、この出来事がそうはいかないことを、ツクモリ屋出身のハサミは認識していた。

《おじいさんノコトヲ、全部、教エテクダサイ》
《……口下手ナノヨ。皆ニ教エテモラエバイイ》
 古株のハサミは頑なに拒んだ。新入りのハサミに、視線も合わせようともしない。しかし、新入りは食い下がる。
《ぱいせんジャナキャ、嫌ナノ!》

 誰も言わなかった。眼鏡も、新聞も、食器も、テーブルも、口を閉ざしていた。穏やかに新旧のハサミのやり取りを見守っていた。

《仕方ナイナ。少シダケヨ》
 観念したように、古株のハサミがぽつり、ぽつりと語りだした。自分とおじいさんとの出会い。新聞の記事を切るときの心構え。たまに違う物を切るときの苦労。おじいさんと、その家族との、思い出。


 ──結局、おじいさんが入浴を終え、寝床も整え、就寝した後も、パイセンの語りは終わらなかった。

 その夜のモガミさんナイトフィーバーは、始終ハサミとおじいさんのエピソード語りで、穏やかに、時になぜか爆笑に包まれ、更けたのだった。


   ***


 そんな夜から、1月後。

《ぱいせん、聞コエル?》
 おじいさんの眠る気配を感じながら、ハサミは密かに呟いた。パイセンは、応えない。もう、この場にはいないのだ。

(寂シイノ)
 パイセンの昔語りがあってから何日か後に、ハサミのパイセンは「金物回収」とやらに出された。短い付き合いだったが、職人気質のハサミがいたことを、忘れられないでいる。

 パイセンがいなくなってからというものの、ハサミは代わりに役目を必死にこなしてきた。新聞の記事をくり抜き、切り取り、たまに違う物を斬る。

 くりぬき、きりとるから。
(栗きんとんナノ)
 ハサミの中では、おじいさんの役に立つ「クリキントン」という立ち位置は確立しつつあった。他のモガミさんにも浸透しつつある。おじいさんが甘味苦手で栗きんとんを食べないのも、もしかしたら要因かもしれない。

《皆デくりきんとんナノ~》《くりきんとん~!》

 和やかに、穏やかに、おじいさんの家は活気づく。
 ハサミは、懐かく鋭い眼差しを思い出し、たゆたう。そして、こっそり誓うのだった。
《パイセンノ分マデ、頑張ルノ~!!》


 その脳裏には、先代のハサミと。
 ついでにツクモリ屋の店長が、浮かんでいるのだった。

 きっと今頃、店長本人は、盛大なくしゃみでもしていることだろう。



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