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ツクモリ屋は今日も忙しい(12‐前編)

【side:ニレノさん】


 われはニレノという。100年ほど使われ続けられた斧だ。
 現在は、木こりの子孫が所有していた小屋で余生を過ごしている。周りは人間達が憩いを楽しむ「自然公園」と呼ばれているらしい。山裾のここに、そんなものができるとは、この街は随分と発展を遂げたものだ。

《はあ~》

 それはいいのだが……いささか退屈ではある。
 最近はツクモリの人間が遊びに来ていたが、収穫が終わったためにしばらくは来ない。平凡な日常が最たる幸せだというが、あまりに変化が少ないのも、物足りなくて困る。

《ふぁ……》
 溜息のみならず欠伸まで出て、涙が出そうだ。


(12)「ニレノさんの或る1日」ナノ! -前編-


《今日はまた良い天気だのう》
《……ああ》

 差し込む木漏れ日に目を細めながら話し掛けると、小屋の付喪神は肯定した。姿形は特にないが、短い返答が確かに届く。

 我が、小屋に静置されるようになり、幾つの季節を迎えてきたのだろう。小屋は風雨や雪から我を守り、小窓から一日の流れを教えてくれるが、我と語らうことはあまりない。その様は、私を使い、小屋を一人で建てた初代の主に似ている。あれもなかなか寡黙な男だった。相手に構わぬ勢いで喋り続けた2代目とは大違いだ。

《それだけか。いつもながら、つまらぬのぅ。ならば、共に日向ぼっこでもするかの?》
《……ああ》

 これまた簡潔な同意を得て、我は意識体を小屋の外に出した。人のように、歩く動作をして、扉を通り抜ける。とはいえ物理的な通過ではないので、扉を開閉させはしないが。

 水たまりを飛び越えるように、小屋の屋根へ登る。
 適当な場所に座り込み、仰ぐと、木々の合間から青空が見えた。心に描いた通りの柔らかな青で、ざわめく森もその恩恵を喜んでいるようだ。

《気持ちのいい風だのう、小屋よ》
《……ああ。そうだな》

 努力したのか、一言だけセリフを増やした小屋とのんびりしていると、頭上から声が降ってくる。正確には、隣から。

《風に当たりに来たのかい。錆びるぞ、斧よ》

 大きな世話を垂れているのは、小屋の隣にそびえ立つ、大きな松だ。我はマツノキと呼んでいる。
 いつぞやか、初代と、立派に跡を継いだ2代目が、樹齢200年は下らないと話していた。人間からすれば巨木に分類されるらしい。それから何年分が追加されているのかは、よく存じていないというか、別に数えていない。

 懐かしいのぅ。かつて主たちと共に、こやつを切り倒してやろうと躍起になっていた日々を……。

《──妙な殺気を出すな。錆びるの言が、そんなに腹立たしかったか》
《まさか……。あまり心配性だと、そちらこそ枯れるぞ、マツノキ》

《ふん。杞憂だったか》
 軽い応酬をし合う。いつものことだ。小屋も、やり取りを見守っているようだが、特に動じることはない。口も、柱も(※モガミジョーク)。

 こうして何かと永い付き合いを「腐れ縁」というのだと、トモヤから聞かされたことがある。
 まだ腐ってたまるかと思う。目指せ、追加100年!

《それはそうと、斧よ。近頃、園の入口の方が騒がしいことになっているようだ》
《入口? どういうことかの》
《若造等から伝言が届いてな。夜間になると、ガラの悪い人間共がたむろし居座るようになった。点火道具を持ち歩くらしく、非常に困ると》

《……ほう?》

 小屋もマツノキも、黙っていた。
 仕方ないので、言葉を続けるより他はない。

《それは誠に困るの。万が一、ボヤでも起こされたら迷惑だ。どうにか退却してくれないかの~》
《まったくだ。かつての斧のような、骨太の正義漢がいればいいのだが》

《……我のような、か。おだててくれる。しかし、如何せん我は、遠出の難しい身でのぅ》

 我より永い時を生き、それこそ山ほどの仲間を携える樹木殿とは違い、我には遠方の事情を知る術がない。なぜならば、意識体を遠くに飛ばすと、本体(斧)が、無防備になってしまうからだ。

 逆に言えば、本体を安全に守れるならば、多少は遠くに行ける。100年余りを生きた我ならば。

《どうにか安心して、様子を見られれば良いのだがのう》
《……ああ。そうだな》
《今宵は奇しくも満月だ。もしかすれば、奇跡が起こるのやもな》

《そうか! お主達が言うならば、起こるな》
 堪えきれず、望月のように笑う。小屋とマツノキは、それぞれの形で微笑んだ。ああ、我らは腐らない縁だ。

 そうして、のんびりと、退屈ではない夜を待った。



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