見出し画像

ツクモリ屋は今日も忙しい(9‐後編)

 長らく喋っていたが、チヂミもなくなり、いい時間にもなってきたので、お開きにすることにした。

「あー楽しかった! チヂミは美味かったし、不思議な国にも行けたし!」
「なぁ西松、それどっちも同じ意味だよ」
 飲食店を出て、駅の改札口まで2人で歩く。西松は実家が徒歩圏内にあるらしく、電車に乗るのは僕だけだ。

「あっ、ぼかぁ閃いた! 今度あの店で、不思議なチヂミを食べる動画を撮ってみよっかな」
「えー、本当にユーチューバーするの?」
「やりたいことをやるのが人生~♪」
 変なメロディーを付けて西松は歌う。ユーチューバー西松、か。普通なら心配して止めるんだが、なんか……あっさり成功しそうな気もする。

「……まぁ、やるなら応援するけど。でも、そういう味を想像しにくい動画って延びるもんなのかな。食リポとか」
「んーそっか。そいえば荒木君」
 彼はごそごそバックを探り、ハンカチを取り出す。白いレースハンカチ。

「これ、どう?」
「どうって何……? 女物のハンカチじゃないの?」
 戸惑いながら示されたものを凝視する。……あれ、なんか見覚えが?


(9)「西松、現れる」ナノ! ‐後編‐


 西松はゆっくりと説明を始める。
「荒木君さー、高校生のとき遊んでて、すっごいフォトジェニックなお姉さんに会ったの、覚えてる?」

「え? いつ……」
 言いながら、どこか引っ掛かりを覚えた。フォトジェニック……お姉さん。何か繋がりそうで、すっごく、もやもやする。

「……(モヤモヤ)」
「ぼかぁ転んでしまって、このハンカチを貸してもらってさ」
「……(モヤ)」
「お姉さんがすぐどっか行ったから、返せなくて。あっでもそういや、荒木君のおかげで再会はしたはず」

「……え、僕が?(スーッと頭の中の霧が晴れる)」

「えーっ!?」
 思い出したー!!

 アオハルだった頃の記憶が蘇る。
 そういえば確かにあった。休日、2人で道を歩いていて、写真を撮っていた西松が躓いて転んだことがあった。そのとき「よかったらどうぞ♪」とハンカチをすっと差し出され、僕らは出会ったのだ。

 初々しい、なっちゃんに!!

 芋づる式で、室井先輩に!!(※後日)

 あと、あの時の西松も「フォトジェニック」言ってた! 叫ぶのに気を取られてて、転んでた! なにこれ。思い返せば返すほどしょーもないのに、鮮明になるにつれ甘酸っぱい心地になるんですけど。アオハルだから?

「おーい、荒木君?」
 声を掛けられ、僕は我に返る。ヘラヘラと笑いながら僕の体を揺すり、西松は間近で顔を覗き込んでいた。自由過ぎる。

「ワンチャン、無事に思い出せた系?」
「あ、うん……。って西松、あのとき、ハンカチ返せてなかったの? なんでだよ……」

 謎の美女・なっちゃんに、お礼もろくに言えなかった僕ら。当時、連絡先も知らなくて諦めていたのだが、なぜか僕は、ツクモリ屋に辿り着いたのだった。それこそまるで、不思議の国に来たアリスのように。

 あのとき、ツクモリ屋の縁に導かれたのか、実はなっちゃんの策略だったのか。未だに僕の中では謎だ。

 とにかく、僕はなっちゃんに頼んで、西松と会ってもらったのだ。だからてっきりハンカチも返していると思っていた。

「いやー、なんでだっけ? あのとき……いっぱい写真は撮ったな!」
「あのなぁ……」
「で、ずっと持ってたんだけど、いつからかお姉さんの生霊っぽいのがハンカチに憑いててな」

 おいおい。
 急に話の雲行きが怪しくなったぞ?
 最近、似たような話、あったぞ?

「まさか……それ……」
「生霊がずっと《帰ッテオイデー》って言うのさ!」

「マジかー!!」

 両こめかみに強烈な頭痛を食らう。頭を抱えて僕は項垂れた。
「なに? もしかして、心霊系は苦手?」
「いや……そうじゃなくて」
 言葉を濁して僕は後ずさる。視界が少し広がり、周囲の通行人の視線を集めていたことに気づく。す、すいませんでした?

「いや、荒木君がビックリしても仕方ないよ。ぼかぁ、自分に霊能力があるだなんて、知らなくてさ~」
 的外れ解釈で、西松は語る。いやいや。僕からしたら、幽霊を見たと言いつつそんな楽観的でいる奴、いるなんて知らなかったんだが。

「西松。ハンカチ貸して」
「えっ……いいの?」

 僕が幽霊にビビっていると信じ込んでいる西松は、躊躇いがちにハンカチを手渡した。リーン。……ああ、やっぱり。

 芹野さん。ここにもいるよ。
 幽霊とモガミさんを間違えてる人が。

《タクヤー。オヒサナノ!》

 ハンカチから浮き出たモガミさんが、ウィンクしながら僕に声を掛ける。このモガミさんとは、昔も会話をした。前も、僕の名前を間違えた。

「タクマだよ。言ったろ?」

 訂正し、西松に振り向くと、彼はぽかんと僕を見ていた。本日、最も驚いていたかもしれない。
「荒木君……。幽霊と喋れたの?」
 いや、幽霊じゃないから。

「すごいや! ねーねー心霊スポットに一緒に行こ! 2人で動画作ったら絶対に再生回数上がるから!」
「ここでユーチューバーの話に戻すんかいっ!」
「え、うん。心霊スポット配信はどうかなーっと思って、相談したのさ」
 ……あっぶねー。僕は危うく、無知な友人と心霊スポットにランデブーするとこだったのか! 怖いのダメ、ゼッタイ!

「西松。……今度、一緒に来てほしい場所があるんだけど、いい? それまで一人で心霊スポットは無しで」
「え、とっておきのスポットがあるの? いいよー、待ってる! コンビ名も良いやつ考えとくから」
「いらないから!」そんなお笑い芸人みたいな!


   ***


 西松と別れた後の車内(電車)は、静かだった。
 仕事をした8時間よりも、西松と過ごした3時間弱の方が疲労感を訴えている、そんな1日だ。

 ……あー、後で室井先輩に連絡しないと。

 頭ではわかっているが、なかなか行動に動かせない。スマホに手が伸びない。酔いが残っているのか、微睡んでいる。ただ、運良く座れた状態で、しばらくぼーっとしていたかった。

 ああ、今こそ、不思議の国かもな。

 この街に訪れた西松という新風を、僕はただ感じている。友達なのに。昔から知っているのに。良い奴なのに……何が新しいんだろう?
 だいたい、僕の周りってモガミさんが見える人、なんか多くないか?


「……てこ……いれ……」

 寝言を自覚しながら瞼を閉じる。
 寝言は恥ずかしいので、降りるまで、寝ていることにしようと密かに誓うのだった。



(ツクモリ屋は今日も忙しい・10‐前編へ)

『ツクモリ屋は今日も忙しい』シリーズ一覧へ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?