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ツクモリ屋は今日も忙しい(6‐前編)

【side:室井むろいくろ

 とある日の昼下がり。
 本日の俺は、最高に機嫌が悪かった。

 雨に降られたり、ふらりと寄った飲食店でオーダーを間違えられたり(食ったけどな)、なぜか変質者の疑いで職務質問を受けたり、コーヒーを零して服を汚してしまったり(めちゃくちゃ服のモガミさんに謝った)。

 とにかく、ここ1週間の期間で不運な出来事が重なったのだ。しかも、誰かに愚痴るにはビミョーなものばかり。職務質問の件なんて、荒木あたりに話せば「あぁ……先輩って眼つきが鋭いですもんね~」と半笑いされる光景が目に浮かぶようだ。あぁ……殴りたい。

 そして極めつけに、菜恵なえさんとあまり顔を合わせていない。

 顔を合わす日があればマシな方だ。出勤時や閉店後に、ほぼすれ違いのように菜恵さんと会い、挨拶だけする。菜恵さんは、どうやら忙しいようだった。いつもなら、もっと世間話をするのに、それがない。

 忙しいのなら手伝いたい。でも、申し出てもやんわり断られてしまった。そのことが一番、辛いのかもしれない。だって、他のことがどうでも、あの人が笑顔なら、笑顔を見れたら、どうだって良くなるのに。

「はぁ~……」
 店番をしながら、俺は溜息を吐く。店内のモガミさんズが、ちらちらと気にしている気配は感じていた。嫌な雰囲気にさせてはいけないと頭ではわかっている。ただ、切り替え方が分からない。

 どうしたらいいんだ……。
 俺、なんか罰当たりなことをしたっけか?

 またしても溜息が出そうになった瞬間、カタンと入口のドアが開いた。客が来たと思った俺は、とっさに気を引き締める。

「いらっしゃいま……あ?」
「あ?」

 訪れた女は、客ではなかった。
 しかし菜恵さんでもない。むしろ正反対の奴だ。


(6)「頑張れ、クロ店長!」ナノ! -前編-


「なんだ、お前か」
「お前って呼ばないでくれる? あたしには筑守つくもり美礼みれいっていう名前があるんだから!」

 筑守美礼は、俺を睨みながら近寄ってくる。こいつは菜恵さんの従妹なのだが、菜恵さんと違って気が強いし、菜恵さんと違って言葉使いが荒いし、俺とは相性が悪い。向こうもそれは同じらしく、いわゆる自他公認の犬猿の仲だった。

《ミレイー!》《ミーチャン!》《ヤッホー》
「やっほー。皆元気だった~?」
 モガミさん達には人気があるらしく、声を掛けられている。奴はコロッと態度を変えて、にこにこと手を振っていた。アイドルかっ!

 なんで気分最悪の時に、こいつに会うんだよ……。
 筑守美礼は、店内や店奥をキョロキョロ覗きながら、俺に質問してくる。

「……っていうか、なっちゃんは? いないの?」
「菜恵さんは出掛けてるぞ」
「そう……。困ったわね」

 その言葉は真意からきているらしく、筑守美礼は眉根を下げながら呟く。改めて奴を観察すると、脇に大きなショルダーバッグを抱えていることに気づいた。少し重そうだ。

「なんだ、仕事の話か? 俺で良ければ聞くぞ」
「えーでも、なっちゃんから話、何も聞いてないんでしょ? どうせ」

 どうせ、だと? わざわざ付け加えやがったな?
 確かにこいつの店のことは特に聞いてないが、イラっとする。

「そう言うが、連絡せずに来たんだろ? どうせ」
「……コレを持って行く話はしてたの。日時は決めてなかったけれど」
 言い返してやると、奴は怯んだのか、視線をすいと逸らした。……ふふん。ささやかな勝利に、こっそり留飲を下げる。

「とりあえず、菜恵さんに連絡するか。菜恵さんがここに来れるなら待てばいいし、すぐに無理なら預かることもできる」
「そうね……あ。連絡するから、奥に行ってるわ」

 客が入ってきたため、筑守美礼は話をしながら移動する。視線だけで見送って、俺は前を向いた。
「いらっしゃいませ!」

 頭のどこかで、菜恵さんと連絡取るの羨ましいなあと思……いや、思っていない。断じて思っていない!


   ***


 客が買い物を終え、しばしの時間ができた頃に、筑守美礼も店奥から戻ってきた。鞄は抱えたままだ。

「連絡できたか?」
「電話してみたけれど、繋がらなかったわ。留守電メッセージは入れた。すぐに気づくかどうか……」

 奴は複雑そうな表情で、スマホを握りしめている。
 菜恵さん、電話に出れなかったのか。本当に忙しいんだな。昼食はちゃんと取れたのだろうか。

「ま、仕方ないなそれで、どうするんだ?」
「そうね……しばらく待っててもいい? 連絡が返ってくるかもだし、行き違いになるのは嫌だから」
「それもそうか。なら、どこか空いている所に鞄を置いとけば? 重たそうだし」

「えー? 言っちゃ悪いけれどさ、空いてるのスタッフルームくらいしか無いじゃない。なんか汚いしー」
 悪かったな。掃除がなかなかできませんで!
「これ、お得意様のだから、なるべく丁寧にしなくちゃなんだよね。ニレノさん、今いち何に怒るかわからないし」

「ニレノさん?」
 聞き慣れない名前に、なんとなく引っ掛かりを覚える。お得意様って、取引先のことだろうか。

「あー。ニレノさんってイケメンのモ……」
「イケメン!? 男か!?」

 条件反射的に叫んだ俺に、筑守美礼は目を丸くして後ずさる。野次馬をしていたモガミさん達も、視界の端で《オヨヨ?!》と、どよめいている。

「……ははーん。もしかして嫉妬?」

 にやりと不敵な笑みを浮かべた奴の様子に、俺は自分の失態を悟った。

 まずい。こいつは俺が菜恵さんに想いを寄せているのを知っているんだった。そんでもって失恋すればいいと思っている。なぜならば、俺では菜恵さんに釣り合えないと考えているからだ。

 こいつも菜恵さん大好き人間だからな。
 俺には負けるけどな。

「聞きたい? ニレノさんのこと」

 何を言い出す気だ、筑守美礼。やめてくれ。
 止めたいが、負けた体になるのも嫌で、言えない。

 なんて日だ!!



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