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財団法人日航財団常任理事中村忠男氏に聞く(その3-2)...世界が舞台 そして今日本文化を世界に発信する

「財団法人日航財団常任理事中村忠男氏に聞く」(その3-1)の続き(その3-2)です。2008年掲載時そのままお届けします。



こどもたちの俳句に英語訳をつける

鈴 木: それで『ことばにのせて』に戻りますが、対象は?

中 村: 幼稚園児から大学生まで、これは毎年18万句ほど応募がありま す。

鈴 木: すごいですね。子供たちは俳句が好きなんですね。

中 村: そうですね。もちろん先生のご指導もあるでしょうが、嫌いな 子はつくれないですよね。

鈴 木: いくつかこう見てみると、すごい。特にきりっとした感じがし たのは幼稚園児の俳句。すばらしい。たとえば、「にんじんは オレンジいろの ロケットだ The carrot / is an orangecolored / rocket. (2000年、幼稚園・保育園児)」すごいで すね。

中 村: なかなかどの子も18万句の中から選ばれていて、しかも金子兜 太さんという有名な俳人が最終的に選んでいますから

鈴 木: 「にゅうどうぐも そらにおおきな ちからこぶ A towering thundercloud / a big biceps / in the sky. (2004年、幼稚 園・保育園児)」この素直な表現、すごい。ほんとうにすばら しい。雲を見て宇宙をつかんでいるような。

中 村: 幼稚園児で、こんな句をつくっているわけですから。

鈴 木: むしろ子供たちだから詠める、というのがあると思いますが。 巻頭でこの本のイラストを描かれた五味太郎さんが言ってる、 「表現のちから」っていうのかな、「言葉の中に心に感じたも のをあらわそう」って書いてありますよね。

中 村: 写真や絵と違って言葉はわからない。これを読んでわかる人も わからない人もいるし、全部の意味がわかるわけではないし、 違う意味に取る人もいる。それがすごく面白いし、それでいい んですね。たとえば「とんぼとり わたしがおにに みえるか。英語訳はこうしました 「Catching dragonflies / do they think / we are playing tag?」最初は本当の鬼として訳したんですが、最終的にはトン ボが私と鬼ごっこしているというつもりで訳したんですね。こ のほうがかわいいかな、詩的かなと思って。でも作った子はも しかしたら本当の鬼のつもりで詠んだのかもしれない。

鈴 木: 英訳するときはそういう視点が大切 ですね。この歌は自分がトンボの視 点になっている。日本人的な情感か もしれない。そもそも他の国ではト ンボ取らないかもしれないしね。詠 い手と読み手、作る人と聞く人との 状況によって違ってくる。俳句はコ ミュニケーションですよね。翻訳す るときには意味を固定しなければい けないけれど、他の人が翻訳すると 違ってくる、それも含めて俳句のよ さというか。

中 村: 俳句ってそういうものなんです。作り手が半分、詠み手が半 分、それが両方合わさって、ひとつ。作り手と詠み手が共通の バックグラウンドを持ってないとわからない。そういうもので すね。僕がいいと思うのは、「病院へ もどるじいちゃん いね見 てる Grandfather watching the rice plants / on his way back to / the hospital he has been admitted to. (2002 年、小学5年生)」。一時退院してまた病院に戻るじいちゃんが 稲を見ている、と。そのおじいちゃんの気持ちというのは書い ていないけど、大人はよくわかりますよね。もう田んぼに出ら れることはないかな、田んぼを誰かちゃんと面倒見てくれるか な、それからもっと深く自分の家族や生涯のことを考えている かもしれない。体が弱っているおじいちゃんの気持は何も書い てないけど、「稲を見てる」って言葉だけで伝わってくるんで すね。

 俳句のもつ可能性

鈴 木: さて、中村さんはこれまでずっと色んなお仕事をされて、その ベースの一つとして、日本文化と英語との関わりがあると思う のですが、これからどういうことをやっていきたいと思ってい ますか。

中 村: そうですね。俳句を作ることは子供にとってとてもいい勉強に なると思うんです。観察力が養えるし、思考を練って頭を使う し、言葉の訓練にもなるし、心の鍛錬にもなる。とてもいい教 育の一環になります。だから多少でも興味があれば、俳句を素 養として子供に教えるのはいいことだと思っています。

鈴 木: そうですね。

中 村: 自分の気持ちや見たこと を、言葉におくことによっ て、自分の中にあるものが 外に出てきますから、それ ってすごくいいですよね。 今キレたりする子供たちが 多いですけれど、そういう のを防止する、その方向に 向かわせない、そういう効 果もあるんじゃないかな、 と希望をもっています。

鈴 木: 要するに、よく言われる「キレる」っていうのは、色んなメッ セージをもっているのに、表現方法を決めつけられて押さえつ けられて、メッセージのはけ口がなくなった時に起きる現象で すよね。俳句は自分の焦った気持ちや怒りの気持ち、愛する気 持ち、嬉しい気持ちを素直に外に出す一つの表現方法ですよ ね。

中 村: おっしゃる通りです。

鈴 木: そういう表現をもうちょっと子供たちの世界の中に入れると、 いわゆる「キレる」という奮発力は俳句の歌になって出てくる んじゃないかな。

中 村: そうそう、結局、キレるっていうのは”Explosion”(外側への爆 発)じゃなくて”Implosion”(内側の爆発)なわけですよね、内 側で爆発しちゃっている。そういうものを言葉で外に出すこと で、ずいぶん精神状況が変わると思うんです。そういう意味で は一つの情操教育、心を豊かにする教育に役立つんじゃないか なと思います。作文だと子供は嫌がりますから、俳句は楽でし ょう?できないことないでしょう?

鈴 木: たしかに。子供たちはimplicit(内面的)なメッセージを表現で きず、それが溜まって抑えきれなくなると一気に暴発し、乱暴 なexplicit(外面的)な表現として吐き出す。俳句にはそうなる ことを防ぐ力がありそうですね。

中 村: それで英語訳をつけたもう一つの理由は、俳句がモチーフのわ かりやすいシチュエーションになるということです。英語を勉 強するときや教える時には、ラジオでもTVでもストーリーやシ チュエーションを作って、そこで対応する表現を教えていきま す。よく映画を見て覚えるとか、シチュエーションで覚えると か言いますが、そういう意味でも、俳句というのはとてもわか りやすいシチュエーションです。その場面では英語では何て言 うのかな、というように頭にすーと入ってくるのではないかな と思ったんです。短く3行の英文にするということも訓練になり ますしね。

鈴 木: なるほど、英語教育は学校だけではなく、コミュニティー全体 が考えノウハウを出し合うべきですものね。企業人としての中 村さんのもつ英語学習のノウハウはまた一味違いますね。

中 村: さらに言うと、こういう句を海外に発信すると同時に、日本の 子供たちが、自分の句が英語になっているのを見てもらえれ ば、英語に親近感をもってくれるだろうと思うんです。それと 日本って発信が苦手じゃないですか。でも子供たちの句を英語 で発信してるんだ、そういうこともやってるんだ、と海外や国 際的な視点を持ってもらうのに役立つんじゃないかなとも思う んです。

鈴 木: 日本文化の外への発信ですね。どうもありがとうございまし た。 中村氏に一句詠んでいただきました。 ふるさとの新酒注がれて帰国便 The new sake / served on my flight home / is from my hometown


インタビュー後の中村氏と筆者 (2008年9月)

鈴木の一口コメント

海外に滞在すると母国の文化とことばを意識するようになります。初 めは細々と意識しますが、滞在するうちに枝葉は落ち本質の幹だけが 残ります。中村さんも長い海外生活の中で、俳句という日本の文化と ことばの原点を再発見し探索しつづけたのでしょう。3年ほど前にサ ンフランシスコの公立小学校を訪れたことがありましたが、日本の国 語に当たる英語の授業で俳句を作っていました。『ことばにのせて』 はそのような授業の参考資料になると思います。


2014年後記:中村忠雄氏のインタビューを振り返って

中村忠雄氏と出会ったのは、確か、1975年の9月ごろだったのでしょうか。当時ジョージータウン大学には企業や政府省庁から派遣された方々が多くいらっしゃいました。中村氏は日本航空から派遣され、将来は国際航空協定や航路開発などを視野にSchool of Foreign Serviceの修士課程で国際関係論の勉強を始めるところでした。優秀なアメリカ人学生と肩を並べて競うのには相当の英語力が要され、中村氏は血のにじむような努力をしているのを図書館などで見かけましたが、現地アメリカ人や留学生の友人と交流する姿もありました。アメリカ文化に相当の関心を持ち、俳句、碁、将棋に長け、日本文化を大切にするバランスが取れた人という印象を持ちました。帰国後の中村氏の活躍にもビジネスマンとして文化人としての両面がバランスよく貫かれていると感じました。世界各国の子供たちに俳句を通し多言語空間を創生し俳人の心の普遍性を育てるなど、俳句のオリンピアードですね。今なら、紛争地域の子供たちが自らの言語で思うところを詠んでuploadできるようにしていたでしょう。

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