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痛みを経て増えていくもの

公園でね
未就学児の兄弟とパパさんがいたの
 
 
弟くんが急な土手を
何とか上ろうとしてたのね
 
 
それを見たパパさんが
 
「何やってんの!
 もっと緩やかなとこから登るんだよ
 ほら、そっち!」
 
と、声をかけてたの
 
 
そう言われても弟くんは
なんのその
 
「もういっかーい!」って
チャレンジしててさ
 
 
そうかと思えば
走ってきたお兄ちゃんが
派手に転んだの
 
 
そしたらパパさん
 
「何やってんだよー
 洗い物増やすなよー」
 
って言ったのね
 
 
聞いてて切なくなった
 
 
最初はさ
そんな言い方しなくても・・・
と思ったんだけど
 
時間差で来た切なさの中身は
パパさんへの共鳴だと思う
 
 
パパさん、その態度はないでしょ!
せっかくの子どもの意欲と可能性を潰すよ!
 
なんて、とても言えないよ
 
 
「こんなこと言ってはいけない」
「よくないことを言っている」
 
と、分かっていながらも
そう言わずにはいられない時がある
 
 
外からは見えないけど
いろんなものに追い込まれている
可能性もある
 
 
表面に出る言葉だけでは
推し量れないことが
あるかもしれないのだ
 
 
そんな想像力を働かせられるのは
私にもそんな日々があったからだ
 
 
分かっているけどできない自分
懲らしめたいと思ってしまう自分
できるだけ嫌な言い方を選ぶ自分
狂いそうで叫びそうになる自分
子どもに付き合ってやってる自分
やりたくもないのにしてあげてる自分
 
 
子どもの無邪気さに自分の黒さが際立って
怒り/罪悪感/無価値感/虚無感
いろんなものがごちゃまぜになったっけ
 
 
暗黒で一刻も早く抜け出したかった時期だけど
あの経験があるから
想像できることが広がっているならば
やはり、無駄なことなどないのかもしれない
 
 
上記の経験がない私ならば
「なんてひどいパパなんだろう」
「子どもがかわいそう」
と、正義感満載で平気で言っていたと思う
 
 
そしてこう思うのだろう
「私はできている」とね
 
 
あぁ、なんてイタイ奴だろう
 
 
苦しく辛い時期は
本当にしんどいけれど
そこをちゃんと通過して
見つめることができたなら
 
イタイ奴の度合は
減っていくのかもしれないなぁ
 
 
心は痛いけれど
イタイ奴ではなくなっていく
 
 
あああああああああ
まだまだ痛くてイタイ私だけど
そんな私とともにいる
 
 
それでは本日も
”自分が一番の味方”な一日を♪
 
 
『 見える角度と深度は
  痛みを経ると変わっていく 』
 
 
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