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「休む」に抵抗や疲弊が伴うときは

よく考えてみたら
学校に通い始めた頃から
「休む」のには明確な理由が
必要だったんだよねぇ
 
 
体調が悪い、とか
慶弔関係とか、ね
 
 
その名残か分からないけれど
休むのには理由が必要だし
 
休んだからには
ふさわしい過ごし方を
しなければならない
みたいな、思い込みがある
 
 
体調悪いなら、寝てなくちゃ
だし
 
わざわざ休みを取ったのなら
休日にしかできないことを
しなくちゃってどこか思ってしまう
 
 
そんな想いが
休日なのに疲れてしまう
という現象を起こすのかもしれない
 
 
あぁ、これも
「したい」じゃなくて
「しなくちゃ」だね
 
 
そして
休むことへの罪悪感って
ないかしら?
 
 
自分から休みを申請するのは
気が重いけれど
 
会社で定められた休みとか
国で定められた休日なら
休めるんだけど・・・
ということも、ないかしら?
 
 
働き続けなければ
価値がないなんてこともないし
 
役に立たなくちゃ
価値がないなんてこともないのだけどね
 
 
私は子育てをして初めて
このルールを自覚したんだよね
 
 
母屋にベビーを預けたら
その間はなにか成果が出ることを
しなくちゃって思ってたんだもの
誰も見てないのにね
 
 
私の身体を休めることも
とっても大事なことなのに
それを軽んじていたし
そこに価値を置いてなかったんだなぁ
 
 
なんだか話がとっちらかって
しまったけれど
 
あなたの身体を休めることや
あなたが気を緩めてリラックスすることは
とても大事なこと
 
 
それを自分に許してあげないと
家族がダラダラしているのが
腹が立って仕方なくなるからね
 
 
もし、今、ダラダラしている人に
腹が立って仕方ないとしたら
それはあなたが休めのサインかも
 
 
それでは本日も
”自分が一番の味方”な一日を♪
 
 
『 休むのに抵抗があるときは
  ”休む”をもっと具体的な言葉に
  置き換える          』
 
 
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