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石井勇〈MINOU BOOKS〉が、戸倉徹・江里〈とくら家のたべるもの〉に会いに行く【後編】

地域での生業と文化が不可分に混じり合う、戸倉さんたちの下郷での暮らし。後編となるこの記事では、ご夫婦と石井さんそれぞれのお仕事の話題から、その本質を探るような対話へと深まっていきます。

戸倉徹さんと江里さん。言葉のひとつひとつを大切にお話しされるご夫婦です

”成果物”だけが価値なのか?

徹さん もともと自給自足の生活を送りたいとは思っていましたが、農家になるつもりはなかったんです。ただ、下郷を一番深いところまで味わいたいと思ったら、やっぱりここの生活のベースにあるものは、田んぼだったんです。

地域の資源を使いながら、コミュニティの基盤を成している田んぼの仕事を、地域の人と同じくらいかそれ以上にしっかりやらないと、自分はいつまで経っても他所者だなと思いました。

田んぼの仕事は大変ではありますが、僕も石井さんが言うような「考え続けたい」という状態になっていて。はたから見ると農業は同じことのルーティンに映りがちですが、そこには常に創造性を求められるものがあって、全然飽きないんですよね。そしてやっぱり気持ちが良い。お米そのものにすごいリアリティがあります。

取材前にごちそうになった とくら家のお米(とっても美味しい)

もっとも、農業で出来た作物を成果物として経済に乗せていくことには、いくつかの理由から違和感を感じてもいます。まず僕は、対外的には「お米を売って報酬を得ている人」になってしまうんですが、自分では、田んぼの仕事を「地域の仕事として」やっている感覚なんです。

加えて、その価格についても思うところがあります。作物の価格には、本来なら土地ごとの色んな要因が関わっているはずです。育てている場所や年ごとの天候によって、出来て当たり前のものがまったく出来ないということもよくあります。うちも数年前に、100年に一度あるかないかという(稲の大敵である)ウンカの大発生で、取れ高が9割減にまで落ち込んだことがありました。

石井さん 9割減、ですか……!

徹さん そんな現状について考えるなかで出会ったのが、欧米の「CSA ※」という考え方です。「コミュニティ・サポーテッド・アグリカルチャー」といって、お米や野菜といった成果物に対価が支払われるのではなく、農家の営みそのものに対価が生まれ、地域の農業を支援していくような取り組みです。農作物が順調に採れれば消費者の手元に届きますが、災害などで収穫がない時には届かないこともある。そのリスクを生産者と消費者のあいだで持ち合うような仕組みです。

※CSA…Community Supported Agricultureの略。地域支援型農業。消費者は農家から一定期間分の野菜を「不作のリスク」ごと前払いする契約を通じて購入する。地域農家を支援する、消費者参加型の産直システム。1980年代にアメリカで始まったとされており、現在では欧米を中心に世界的な拡がりを見せている。

参考: 農研機構「CSA導入の手引き」より

僕はこの考え方にシンパシーを感じました。というのも、農業の役割とは、お米や野菜といった成果物を作ることだけではないからです。農業のまわりには、生産以外の様々な役割が付随しています。例えば、毎年田んぼを耕し水を入れることで、治水や防災の機能を果たすし、里山の景色を守る意味もある。土地の先祖が開拓してきた場所を維持する働きもあって、都会に住む人たちにもその恩恵が届いている。(※話者より追補:田仕事など、農が持つ様々な役割を言語化したものに宇根豊 著「天地有情の農学」がある)

つまり農業は公共性の高い、地域というバトンを中継ぎしているような仕事なんです。そして、もし僕らがその仕事を「生産性」だけを理由に諦めてしまえば、簡単に失われてしまうものでもあります。そのような仕事を、消費者との繋がりのなかでなんとか「続けられるもの」に出来ないかと考えているんです。

石井さん それは、僕がやってみたい取り組みとも近いですね。Amazonなんかがある中で、本屋が地域にある価値や、個人が営む意味は何だろう?とずっと考えています。農業と同じように、本屋もまた本が買えるだけの場所ではないからこそ、継続的に支援してもらいながら繋がりを持てる「友の会」みたいな仕組みができないかと考えていました。

街に本屋があると、文化との接触が増し、安心して訪れる場所ができます。例えばその「友の会」を通して自分の興味関心に近い人達と出会ったり、本屋から届くお便りが何かを考えるきっかけに繋がるかもしれない。そういった「本屋がそこにある」ということ自体に対して、何かしらの価値を感じてもらい、対価が生まれるような仕組みを、消費者とのあいだに創っていけないものかと考えています。

課題を分かち合うことが種になる

江里さん 私たちもその実践として、いくつかの取り組みに挑戦してみています。例えば〈とくら家のたべるもの〉では、1年分のお米をまるっと年間契約してもらえるお客さんを募り、毎月お米を届けるサブスクリプションサービスのようなものを行っています。

〈とくら家のたべるもの〉では、収穫の時期から年末までのあいだ年間契約を受付ている

もっとも、これはまだ「物が届かなくても支援する」CSAの発想までは踏み込めていないモデルなんですが、数年前には そこをお客様の側から越えてこられるような出来事がありました。

それは、先ほどお話にも出たウンカが大発生した年のことです。その年、お客様にお届けできるだけのお米をつくれなかったのですが、いくつかのご家族が「お米は届かなくても良いので、これまでと同じ額を払います」と言ってくださったんです。

そのように申し出ていただいたときに、誰より戸惑ってしまったのは私たちでした。まだ(CSA的な)支援を受けるだけの心の準備が出来ていなかったんです。結局このときは少しのお米をお客様にお送りしつつ、申し出ていただいたお金はドネーション(寄付)として受け取らせていただきました。

徹さん あれだけ農業の公共性を考えていたにも関わらず、いざその場面に直面すると、やっぱりお米ができなかったことをまだ「恥ずかしい」と思ってしまったんですよね。

石井さん でも確かに、僕もドネーションとしてお金を受け取ることになったら、すぐには引き受けきれないかもしれません。その赤字分は副業でカバーしたりして、自分が出来なかったことをなるべく見せずにおくようにしてしまいそうです。

徹さん それでも最終的にドネーションを受け取る覚悟が決められたのは、僕が田んぼの仕事を辞めるという選択肢を、不思議なほど思いつかなかったことも関係しているかもしれません。

実際、その年はまったく農作物をあげられなかったにも関わらず、また次をすぐ植えて育てなきゃ、という意識が既に体に染み込んでいました。その時点で、自分の仕事はもはや「1年ごとのプロジェクト」ではなくなっていたんです。

石井さん なるほど。だからこそ一時的な補填でごまかすんじゃなく、「出来ないことだってある」という事実まで丸ごと受け止めて、これから先も続けていける道を探る方を選ばれたんですね。

徹さん それに、そうしないと今後お客さんと一緒に発展的な関係を結ぶことが出来ないと思ったんです。ただ成果物をあげて、金銭的な評価を差し出すだけの関係は、どこか正当ではないと感じたことが一番大きかった。

一般的にも田んぼの仕事はJAに買い取ってもらう農作物を作るだけの仕事ではないし、そこから生まれている副次的な価値も含めて 街の人たちとシェア出来ているようなイメージは、どうすれば持ち合えるのかと考えていました。

江里さん 以前、畜産業を巡るワークショップを企画した時にも、同じようなことがありました。実際は飼料高騰など大変なことがたくさんお有りなはずなのに、そうした影の苦労について、はじめは一切話そうとされないんです。苦労を見せないでいることを美徳とされているようだったし、農家の方にはそういう方が多いと思います。

だけど、それを口に出してもらわないと私たち消費者は、農家の方が困っていることさえも知れないし、いつまでたっても生産者と消費者の関係が変わらない要因もそこにあるのではないでしょうかと、お話しいただくようにお願いしたんです。すると、参加していた消費者側の方たちが「こうしてみたらどうか」「こんな手助けなら私もできるかも」と色んな案を出し始めたんですね。

それらはどれも解決に直結する案ではないかもしれないけど、みんなが”自分事”として考え出したんです。そしてその人たちも農家の課題を持ち帰り、また考えて、誰かと話して……、ということが起きていく。このとき、たとえその場で解決までは出来なくとも、まず種を蒔くことならやれるんだと思いました。

私たちは映像や写真の仕事で収入を得ることも出来る兼業農家です。だからこそ、稼ぐ手段が一切断たれたわけでもないのにドネーションを募るなんて恥ずかしいことかもしれない、とも思いました。ただ、こういうアイデアは「私たちだからこそ出来ること」かもしれないと思ったんです。それならやってみる価値はあると腹を決めて、踏み出してみました。

徹さん その根本にあるのは、大変な時代がもうすぐそこまで来ているという危機感なんですよね。つくる人が少なくなり、競争にさらされて物をつくる時代が終わりつつあるなか、消費者の方たちにはこちらへ越境してきてほしいと思ったんです。消費者に、生産者と繋がりのあるサポーターやメンバーになってもらう。そのステップにして欲しかったんです。

石井さん まったく同じ気持ちですね。すごく共感します。

徹さん それは石井さんも僕も「小さな公共」というか、それぞれの土地と地続きのコミュニティや経済、そしてこれから先もこの仕事を続けていくことの公共性や役割について、ずっと考え続けているからじゃないですかね。お互いに重なる部分はすごく多いんだと思います。

”越境”が生まれやすい土壌づくり

石井さん そういう意味では、戸倉さんたちがやっている「田んぼびらき」も衝撃的でした。僕も参加させてもらいましたが、戸倉さんたちが普段やっている農作業を、参加者もただ一緒にやってみるというもので、いわゆるワークショップとも違いますよね。

徹さん そうですね。ワークショップは参加者をお招きして体験してもらう、いわばイベントみたいなものですが、「田んぼびらき」はうちのスケジュールのなかで「この日はみんなと作業がシェアできるな」という時に、実際に手伝ってもらう取り組みです。お昼を一緒に食べたりしながら作業をしてもらうのですが、その内容は日によって様々です。雨に降られちゃう日があったり、ひたすら除草だけの過酷な日があったりもします(笑)。

石井さん でも不思議とその時のことは、「どうしてあんなに心地良かったんだろう?」と記憶に残るような体験になっています。

徹さん もともと僕が「田んぼびらき」を始めたのは、自分の農業がすごくしんどくなっていた時期に、妻から勧められたのがきっかけでした。当時は自分もプロとしてのこだわりから、作業を手伝われるのには抵抗も感じていましたし、よその人に助けを求めるのが恥ずかしいような気持ちもありました。

だけど、いざ開いてみると、なにをためらっていたんだろうと思います。様々な知見や方法もシェアできるし、現場をともにしながら話すことで、同じ方向を向ける仲間が増えていく実感もある。そして何より、僕自身が孤独じゃなくなりました。

江里さん 私たちがやっていることは、きついから作業を手助けして欲しいという「援農」とは発想が異なります。そうではなくて、消費者と生産者のあいだの境界線を少しでも緩くできたらと思っています。

うちの田んぼに来る人は、消費者然とはしておらず「時々作る人」みたいな感じです。参加してくれた人から農家になった人もいます。生産者と消費者を分ける境界線が超えやすいものになれば、お互いが一緒になって、これまでとは違う、新しい風景をつくっていけるんじゃないかと思っているんです。

考え続け、変わり続ける

石井さん ここまでお話を伺いながら、本屋と農業と、それぞれ違う仕事であるはずなのに、いろんな共通点を感じました。それにしても、新しい仕組みを考えては実践して、また現実に起こったことに対してまた次の手を考えて実践して……。戸倉さんたちのその繰り返しは、本当にすごいなと思いました。

徹さん でも僕は、石井さんの店にも同じことを感じていますよ。きっと5年、10年と続けていたら、またお店もお客さんも変わっていくんじゃないですか。

以前、営農している大先輩に話を聞いたんですが、50年間も農業を続けていると、お客さんが変わっていくのがわかると言うんです。食べるものも、ライフスタイルもどんどん変わっていくんだと。

そうした変化のなかで、自分が仕事を続けていくためにどうするかといえば、それはもうずっと考えて、探り続けて、そして自分自身も変わり続けていくことなんじゃないかと、その先輩を見て感じたんですよね。

石井さん 確かに。僕のお店の向かいにも「四月の魚」という、その場所で長く続いている古道具屋さんがあります。そこの方へお話を聞いてみると、僕には「まぁ、ウチは続けていくだけだから」なんて仰るんですが、実際にお店を見ていると、やっぱりすごく細かく変わり続けているんですよね。お客さんやエリアの雰囲気の変化をかなり注意深く観察しては、チューニングを続けていることがわかる。変わらずにいるために、変わり続けているというか。

徹さん いまや、どこかの成功モデルが別のケースにまで通用するような時代は終わって、応用できるのはせいぜいマインドくらいじゃないかと思うんです。もしそうなのだとしたら、あとはもう自分でやってみるしかない。そこには野垂れ死ぬリスクもあるけど、自由もある。それはそれで爽やかなもんです(笑)。

石井さん 野垂れ死んでしまうと、これまで耕してきたものまでぜんぶ土に返ってしまうので(笑)、これから僕も戸倉さんたちみたいに、自分の営みをひらいたり、繋げていく新しいやり方を考えていきたいなと思いました。

徹さん いま、我々がこうしてやれているのは、上の世代がやってきてくれたものがあるからで、間違いなくそれはアドバンテージなんです。そのステップを借りて今の我々がいるわけだから、自分たちもここで精一杯もがいて、何かをかたちにしていけたらと思っています。そしたら、それをまたステップにしてくれる次の人たちが、きっと出てくるんだと思うんですよね。


【編集後記】 
文:三好剛平
「文化 culture」の語源が「耕す cultivate」である通り、あらゆる文化の営みと農業のあいだには、通じるものがたくさんあります。
どちらもその土地やコミュニティに根ざした仕事であること。”成果”とされる商品(作物)以上に、それらが絶えず成る土壌を育むことにこそ本質があること。その価値を生産性だけで測ると、たちまち続けてはいられないものになってしまうこと。しかしその営みを絶やさず続けた先にしか、将来の実りは得られないこと。
石井さんも戸倉さんご夫婦も、どうすれば自分たちの営みをこの先も絶やさずにいられるか、真剣に考え続けていました。そしてその活路は、届け手と受け手が互いに越境し・関わり合える新しい関係の結び直しにありそうです。
私たちはいま、望むと望まざるとにかかわらず、先人たちから連綿と続けられてきたバトンリレーの先頭にいます。その手に握られてしまったバトンを落とすことなく次の走者へ渡すために、自分たちは何を成すべきか?
そのヒントをこの記事のなかに見つけてもらえたならと願っています。


text:浅野佳子、三好剛平
photo:橘ちひろ


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