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福岡市総合図書館フィルムアーカイヴ 【前編】

福岡に、今日も世界のどこかで失われかけている〈映画〉を守り続ける人々がいます。

私たちの街で、文化の熱を未来へ繋ぐ人や活動を取材する【文化の熱源をたずねて】。第1回目に訪問したのは、映画のフィルムを未来に向けて収集・保存する福岡市総合図書館フィルムアーカイヴです。

大量のフィルムが収蔵されているフィルムアーカイヴ

フィルムアーカイヴとは、数百年後の未来にも、人類が今と変わらず映画を鑑賞したり、研究したりし続けられるよう、フィルムや映画・映像に関連する資料群を収集・保存する組織です。

日本にはフィルムアーカイヴとして活動している組織や団体が数件ありますが、福岡市総合図書館フィルムアーカイヴは、世界の映画保存機関が集う国際組織「国際フィルムアーカイヴ連盟(FIAF)」に所属し、その規約に則った保存条件のもと映像資料を管理・維持し続けている、日本に2つしかない重要な拠点施設です。


福岡市総合図書館

福岡にフィルムアーカイヴがある理由

まずはじめに。なぜこれほど重要な施設が福岡の街に構えられたのでしょうか? その背景には、30年以上ものあいだこの街で積み重ねてこられた多くの人々と想いの歴史がありました。

福岡では1989年に「アジア太平洋博覧会(よかトピア)」が開催されました。ここで培われたアジアとの交流をさらに深めるべく、福岡市は翌1990年よりアジアの文化・芸術・学術を楽しめる祭典=「アジアマンス」を開始します。その主要事業の一つとして1991年に始まったのが、アジア映画に焦点を当てた本格的な国際映画祭「アジアフォーカス・福岡国際映画祭(1991〜2020)」でした。

「アジアフォーカス・福岡国際映画祭(1991)」のようす(写真提供:福岡市)

映画祭には日本を代表する映画評論家の佐藤忠男氏をディレクターに迎え、それまで日本では鑑賞できる機会もなく、また世界の映画シーンでもまだ十分に評価されていなかったアジア各国の映画を毎年数十本ずつ上映。映画祭はすぐに全国、そして世界の映画界から注目を集めるものとなりました。

この映画祭の初年度である1991年に『映画が語るアジア文化』と題したシンポジウムが開催されます。ここに登壇したインドのサイー・パラーンジペー監督は「福岡にアジアのフィルムライブラリーの設置を期待する」と発言し、その後の市長表敬訪問においてもその想いを伝えます。このことがきっかけとなり、当時準備中だった福岡市総合図書館の基本計画に「映像メディアセンター」機能が盛り込まれ、施設に映画フィルム専用の収蔵庫が建設されることになったのです。 

1996年開館当時の福岡市総合図書館(写真提供:福岡市総合図書館)

そして1996年、映画フィルム等の映像資料の収集・保存・調査・研究・公開を行う施設として、福岡市総合図書館内にフィルムアーカイヴが開館します。この場所は、ひとりの想いがまた別の誰かの想いを呼び込み、それらが重なり合った末に完成した文化施設だったのです。

同館の収蔵作品はアジア映画や日本映画、福岡の郷土映像資料などを中心としており、なかでもアジア映画は映画祭の上映作品から収蔵を続けてきたこともあり質・量ともに充実。現在では3,000タイトル以上のフィルムを収蔵し、世界でこのアーカイヴにしかフィルムが残存していない作品もあります。

取材数日前にもまた新たなフィルム群が大量に寄贈されていました
収蔵品はフィルムに限らず、各国上映当時のポスターや関連資料など多岐にわたります

現在も国内外様々な映画人たちからの信頼は厚く、地道な情報交換や交流を通じて各国の貴重なフィルム群の収集・保存を続けるなど、日本の一地方都市の施設でありながら、世界の映画シーンと繋がる文化の〈土壌〉として機能しています。

フィルムアーカイヴの活動とは

そんな福岡市総合図書館フィルムアーカイヴでは、普段どのような活動が行われているのでしょうか? 同館でフィルム・アーキビストとして活動する松本圭ニさんにお話を伺います。

フィルム・アーキビスト 松本圭ニさん

Q1. 普段はどのような活動をなさられていますか?

松本さん 国際フィルムアーカイブ連盟(FIAF)がまとめたアーキビストの業務マニュアルに沿って仕事をしています。

アーキビストにとって一番重要な仕事は、収蔵資料の状態をきちんと把握すること。フィルムは上映するたびにコンディションが変わりますし、上映していない間にも変形や腐敗が進行してしまうこともあるので、定期的な状態チェックが欠かせません。

チェックするときにはただ確認するだけでなく、その時々にどういう状態なのか数値化と言語化の両方をしておくことが大切になります。いわばお医者さんのカルテのようなものですね。そのレポートが誰かだけの感覚や記憶のなかにしか残っていないのでは話になりませんから、それらを一つずつデータベース化して、チームのメンバーみんなが共有できるようにしています。

フィルムや音のフォーマット、編集跡の場所、翻訳者、原版や収蔵プリントの状態、過去の上映回数や貸出回数など、すべてを記録します。そして、そのコンディションを言葉で表現していく。大切なことは、1本のフィルムから何を読み取れるか。なるべくたくさんの情報を読み取って、言葉と数値で表現したものを記録として残し、データベース化していく。これがフィルムアーキビストの一番の仕事です。

そして、そのチェックの段階でフィルムの補修やクリーニングも行います。僕は補修跡が上映時の作品画面に影響しないよう、特別な機材や専用のテープを使ってなるべくきれいに仕上がる補修のやり方を続けてきましたが、ある映写技師さんからは「どの作品にもこんな手のかかるやり方で補修しているなんて(良い意味で)狂ってるね!」と驚かれたこともあります。

フィルムを一コマずつチェックして、クリーニングや補修を施していく繊細な作業です

熱源 この膨大な数のフィルム群を一本ずつチェックしていくのは、途方も無い作業ですね。

松本さん フィルムの状態チェックは、映像ホール・シネラで上映するときと、フィルムを貸出すときに行なっています。また、長いあいだ保存したまま上映されていない作品も心配ですから、これまでの上映履歴を確認して、タイミングを見てそれらを引っ張り出してチェックしています。だから上映履歴のデータはとても重要なんです。アーカイヴにとって、データベースこそが私たちの頭脳であり、知性なのだと言えます。

図書館1階の映像ホール・シネラでは収蔵作品を中心とした上映プログラムが企画されています

熱源 フィルム以外の、デジタルによる映画の保存についてはどのような作業を行なっていますか?

松本さん まず、ビデオ作品の救済があります。FIAFが数年前に世界各国のアーカイヴにむけて「マグネティック・テープ・アラート Magnetic Tape Alert」という告示を出しており、これは磁気テープで記録された映画・映像は2025年までにデジタルファイル化しないと全滅しちゃうよ、という警告です。

2021年に国立映画アーカイブで開催された「Magnetic Tape Alert 緊急フォーラム」のチラシ

福岡フィルムアーカイヴでは、VHSやデジタルHDカムなどテープメディアに記録された映画・映像を動画ファイルに変換するデジタルアーカイヴシステムを導入しました。このシステムではテープメディアだけでなく、現在主流のDCPというデジタル映画フォーマットの映像も保存することができます。

取り込んだ映像データは、富士フィルムが開発したLTOというメディアに保存していきます。LTOは今のところ「30年間は保存できる」と言われていますが、この30年間という期間は、アーカイヴとしては決して長期保存とは言えない長さではあります。

しかし、例えばビデオテープメディアひとつ取っても、だいたい10年周期くらいでβカム、デジタルβカム、HDカムとどんどん世代が変わっていきましたから、「30年持つ」というのはビデオに比べればはるかに長期なんですね。FIAFが世界各国のデジタルアーカイヴを調査した際にも、その9割方が記録メディアとしてLTOを利用していました。

アーカイヴでは、味気ないLTOの透明ケースに映画のビジュアルを施して大切に管理されています

しかしここで悩ましいのは、LTOもバージョンが上がっていくことです。うちがLTOを導入したときのバージョンは6だったんですが、現在最新のバージョンは9です。これをいきなり6→9へアップデートするとデータに支障が出るため、福岡フィルムアーカイヴではまず6→8へのマイグレーション(移行)を行なっています。

このようなバージョンアップのたびにLTOドライブを一式買い直す予算と、移行に伴う膨大な作業量が求められます。かたやフィルムはといえば、120年以上前に誕生してから現在に至るまで、同じフォーマットのものが変わらず、問題なく再生できます。

フィルムが「自立した大人」だとしたら、デジタルは「いつまでたっても自立できない子ども」のようですね。デジタルって、本当に手がかかるんです。それに、デジタルの保存はもう映画の保存というよりは情報管理の世界で、両者はまったく別物のようにも感じますね。
 
熱源 福岡フィルムアーカイヴでは、自前で収蔵フィルムのデジタル化も行なっているのですか?

松本さん うちにはスキャナー設備が無いので、いまのところは必要となった時だけ、現像所にスキャン費用を払ってデジタル化してもらっています。いま、世界的に言えば大抵のアーカイヴにはスキャナーが導入されていて、自前でスキャニングから傷消しまで行っているところもあります。

スキャナはおよそ500万円、そして画像編集したりするソフト一式でもう500万円、あわせて1,000万円程度の設備投資が必要で、福岡市にも導入を求めているのですが。正直なところ、スキャナが無いせいで、僕たちの仕事もかなり限られたものになっている現状はあります。

温度・湿度が一定に保たれた冷蔵庫のような収蔵室に数千タイトルのフィルムが保存されています


Q2. どのような作品が収蔵されていますか?

松本さん 公表しているものでいえば、アジア映画を中心とした映画・映像を3,000タイトル以上、ということになりますが、実際は6,000タイトルを超えていると思います。たとえばTV局から寄託された記録映画のフィルムだけでも、正確にはカウントできていませんが、多分2,000タイトルくらいはあるんじゃないかな。
 
アジア映画は、もともとアジアフォーカス・福岡国際映画祭で上映された作品群を収蔵するという当初の方針から始まっています。これは言い換えると、映画祭の初代ディレクターを務めた、日本を代表する映画評論家・佐藤忠男さんが世界各地そしてアジアから集めてきた映画、つまり「佐藤忠男コレクション」と言えるもので、すごく価値のあるものです。

また、開館当初は独自の収集予算もついていましたので、国ごとに詳しい外部の専門家を頼って、各国の映画史を俯瞰できる重要な作品群を選んでいただきながら、コレクションを育ててもいました。この財産は大きいですね。

収蔵室の壁面には、世界各国からやってきた映画人たちによる直筆サインも

今では収集予算、調査予算ともカットされてしまっていますが、収集活動は寄託や寄贈というやり方で、そして調査研究も自力で、それぞれ現在も継続しています。

たとえば収集です。いま、どの映画会社も個人の映画作家も、デジタルで完成させた映画を自前のハードディスクに保管されていますが、そのハードディスクは30年後も問題なく読み込むことが出来るのか?という点は糸口になると思います。
「もしその作品を数十年後も安全に上映・鑑賞できるようにするなら、うちのアーカイヴシステムへ寄贈,もしくは寄託しておく方が安全ですよ」と呼びかけられたら、購入するのは難しくとも、お預かりすることは可能ではないかと思っています。じっさい、今ベトナムやバングラデシュの作家たちからは、そういう理由から作品群を続々と寄贈いただく事例も増えています。
 
熱源 たしかに近年、世界の美術館でも同じように、寄贈や寄託を通じてコレクションを育てている館もあります。これからの公共文化施設には、作品や資料を歴史のなかに価値づけていく役割に加え、「収蔵庫」としての役割を果たしていくことも新たな存在意義となっていくのかもしれません。

松本さん そうは言っても、寄託は「預かり」でしかないから、怖くもありますけどね。
たとえばタイや香港のアーカイヴのように、購入ではなく寄贈や寄託によって収蔵作品を増やしているところもあります。しかし以前、タイのアーカイヴにうちのタイ映画のリストを見せたら、タイの大御所監督であるチュート・ソンスィーの作品なんて自分たちも持っていない、と言うんですよ。それは、寄贈や寄託で入ってくるのはほとんどが記録映画で、いくら映画史的に重要な作品だろうと、劇場公開された劇映画が入ってくることは滅多にないからだ、と言うんですね。
そのように、本国にさえ残っていない映画のフィルムが福岡に収蔵されていることの背景にはやっぱり収集予算との関わりがあるわけで、今後も予算が復活できるよう働きかけていきたいと思います。

福岡フィルムアーカイヴのホームページ から収蔵作品のリストがPDFで閲覧できます

熱源 その他の収蔵作品については、いかがですか?

松本さん これもまだきちんと公表は出来ていませんが、ドイツ映画やロシア映画もかなりまとまった作品群を収蔵しています。いずれもある時期、まとめて廃棄されそうになっていたフィルムを福岡が受け入れ先として名乗り出て、引き受けたものです。その中には世界的に貴重な作品もたくさんあって、たとえば昨年、岩波ホールの閉館に際してドイツ映画の巨匠 ヴェルナー・ヘルツォークの特集上映がありましたが、あのうち2本の16mmフィルムはここから貸し出したものです。

実は先日もまた、別のところからフィルムを大量に受け入れました。いま試写室にはフィルムが山積みになっていますが、これもうちが受け入れないとどこかに散逸してしまうものでした。アーカイヴって、映画にとって最後の砦みたいな場所なんです。
 
熱源 でも受け入れるからには、そこから数百本分の状態チェックや資料化といった業務が どすんと増えるわけですよね。

松本さん そう。もっと言えば、ただ持っているだけでは意味がないので、そこからデジタル化をして公開する、というところまで持っていかなきゃいけないと僕は思っているんですけど。

フィルムの寄贈を受け入れてしまうと仕事が増える、と思うような人はアーキビストの仕事は向いてないと思います。何百本もの映画フィルムが届いたときに「どんな映画が入っているんだろう?」「どんなお宝が混じっているかな?」ってワクワクできない人は向いていないし、アーカイヴで働くのは不幸だと思いますよね。

フィルムのお話をされるときの松本さんは本当に嬉しそう

熱源 地元のTV局から寄贈された記録映像についてはいかがでしょうか?  FIAFに加盟される際には、これらの郷土映像を所蔵することが高く評価されたとお聞きしています。

松本さん
 いま公表している資料でいえば、郷土映像は269本という数字になっていますが、これも本当はもっと膨大にあります。

TV局の映像というのは、スポンサーとの兼ね合いなどもあって、使用するには各所への確認が必要になります。うちだけの判断では勝手に使えないんですね。
図書館のミニシアターではこれら郷土映像の上映をかれこれ20年近く続けていますが、ある映像をミニシアターで上映したいときには、まずフィルムから簡易的にDVDへテレシネをして、TV局の方に一本一本見てもらい、問題ないか確認してからやっと上映しているわけです。毎回大変ではありますが、これは大事な取り組みです。

また郷土映像については、映像資料としての調べもの(レファレンス)の問い合わせも多いですね。「昔の市電の映像が残っていませんか?」とか「70年代あたりの天神あたりで、若者のファッションがわかる映像はありますか?」という具合です。

熱源 そうした問い合わせが来るたびに対応されるのも、松本さんたちのお仕事なんですか?

松本さん そうです。映像を探して、ここで簡易にフィルムを見せてあげて。最近も、福岡市美術館で田部光子さんの展覧会がありましたが、当時のTV局が撮影した田部さんの映像をご案内したりもしましたね。

1階AVコーナー奥のミニシアターでは郷土映像などが無料上映されています(写真提供:福岡市総合図書館)


Q3. なぜフィルムを保存しなくてはならないのでしょうか?

松本さん これは昔、映像業界は大失敗をしているんです。1990年代初頭に、TV局を中心にデジタルβカムというビデオフォーマットがすごい勢いで普及していったことがありました。それまで持っていたフィルムをすべてデジタルβカムにしてしまえば、それがデジタル原版になるからフィルムは捨てちゃおう、と日本中のTV局や一部の映画会社がフィルムを廃棄したという歴史があります。

ところが、映像メディアはどんどん進化していきますから、デジタルβカムもあっという間に陳腐化してしまいました。すぐにその次の新しいメディアとしてHDカムが出てきましたが、デジタルβカムからHDカムへのアップコンバート(=低解像度で収録された映像を高解像度に変換すること)は出来ませんでした。フィルムにはピクセルという概念がないので、やっぱりフィルムを原版にしないと最新の映像は作れないんですね。
 
これは現在も同じです。2Kスキャンしたからもうフィルムは要らないねと捨ててしまったら、2Kの映像から4Kの映像はもう作れないでしょう。今後も8Kやそれ以上の解像度の映像が主流になっていくとしても、かならずその度ごとにオリジナルのフィルムを収蔵庫から出してこないといけないんです。

デジタルはあくまで「そのとき一番良質な映像」に過ぎないのであって、デジタルが原版になることは難しいと思います。映像業界はそういった失敗を一度盛大にやってしまっているので、その反省に基づいて、世界中のフィルムアーカイヴでは「どんな時代が来ても、フィルムは絶対に捨てない」ということが原則になっているわけです。

先ほどお話で触れた福岡の郷土映像のフィルム群も、ちょうどこのアーカイヴが開始する時期に、RKB、TNC、KBCなど各放送局が一斉にデジタル原版に移行して、廃棄しようとしていたものを「棄てないで!」と回収してまわったものでした。残念ながらこの施設が開館するより前に廃棄してしまったNHK福岡放送局のフィルムだけは、間に合いませんでしたが。

熱源 これらの郷土映像が収蔵されているのは、松本さんによる間一髪の動きがあったからなんですね!

松本さん でも、それは僕が別の県からやってきた他所者だったからということもあると思うんです。自分たちの価値というのは、中の人間だけではなかなか評価しきれないものですよ。

また、それは図書館自身にも言えることかもしれません。当時アーキビストとして、廃棄されそうになっていたドイツ映画やロシア映画を引き取るときにも「松本は処分されようとしていたゴミを拾ってきたんじゃないか」と、なかなかその価値や意義を理解してもらえないこともありました。
だからこそ、これらがゴミではなくて宝なんだと理解してもらうためにも、今後は僕らの所蔵する作品のデータベースを一般にも利用可能なかたちで公開していけたらと願っています。

作業室の入口には、FIAFによる「映画フィルムを棄てないで」ポスターが掲げられています

熱源 フィルムを救済し、保存していくことの重要性が理解できました。

松本さん そうは言っても、実際にそれを上映したり、活用したりするためにはデジタル化も不可欠です。先日ドイツのミュンヘンから、デジタル復元の権威と言われているアーキビストがやってきてくれました。彼はフィルムを捨てずに残していくことを前提としたうえで、「いま、すべてのフィルムは、フィルム映写機より先にスキャナにかけなくてはならない」と言っていました。確かにそうでもしないと映画の保存や活用に間に合っていかないという危機感は、僕も共感するところです。

熱源 こういう話をする時にはつい、フィルムとデジタルを対立項として捉えてしまいがちですが、大切なのは双方のメリットをただしく理解して、うまく活用していくことなんですね。

松本さん 例えば、レファレンスのときに「ちょっと見れますか?」と求められる場面がよくありますが、フィルムはこの「ちょっと見る」が大変なんですね。収蔵庫から出してくるだけでも何日もかかりますし…※。
ですから、アーカイヴとしてはデジタル化も進めていきながら、「フィルムを捨てずに保存していく」ことの両方が大切なんだと思います。

(※通常、低温低湿な環境で保存されているフィルムは、急に常温環境へ持ち出すとカビや変形の原因となるため、数日かけて温度・湿度の異なる部屋に段階的に移していきながら、外気と慣らしていくプロセスが取られる)

Q4. 日々の業務で感じる難しさや、今後への課題はありますか?

松本さん まずは何と言っても収蔵庫のスペースです。今も刻々と埋まっていっている状況で、そう遠くないうちにいっぱいになります。もしそうなったときには第2収蔵庫も作れるのか、もし作れないときには新規収蔵は諦めるしかないのか。決して大きくはない収蔵庫ですから、これからどうしていくのか考えなくてはいけません。
 
あと、デジタルでいえばLTOのマイグレーションです。LTOメディアが1本あたり約3万円と高額なこともあって、一度に大量購入が出来ず計画的なマイグレーションが進められません。40本買うだけでも120万円…、頭が痛いところですね。


Q5. フィルムアーカイヴの使命とは何だと思いますか?

松本さん 最終的には、フィルムがフィルムアーカイヴにしか残っていない、という時代が来ると思います。ここがフィルム保存の最後の砦になるでしょうし、それはそのまま過去120年以上続いてきたフィルムを取り巻く文化を守ることでもあると思います。だからこそ、フィルムアーカイヴとしてデジタル化に対応しつつも、フィルムの文化を「失われた歴史」にさせないことが、僕らの使命ですね。
 
また、この場所が今後いろんな研究の場になればと思っています。アジア映画の研究、郷土映画の研究、あるいは例えば光学技術の研究でも。そして自分たち自身でも研究を深めていくべきだとも思っています。
 
あと取り組んでいるのは、教育ですね。これからの子供たちにどうやったら映画を見てもらえるか、そしてフィルムを扱える人間をどのように育成していくかなど、日々試行錯誤です。

やらなきゃならないことは、山ほどあります。


ということで、前編記事はここまで。

後編記事では、フィルムと映画文化を未来へ繋ぐために、福岡市総合図書館フィルムアーカイヴが行った具体的な2つの活動事例をご紹介していきます。

どうぞ、お楽しみに。

text:三好剛平(三声舎)
photo:橘ちひろ、三好剛平

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