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福岡市総合図書館フィルムアーカイヴ 【後編】

私たちの街で、文化の熱を未来へ繋ぐ人や活動を取材する【文化の熱源をたずねて】。第1回目は、映画のフィルムを未来に向けて収集・保存する福岡市総合図書館フィルムアーカイヴを特集しています。

前編記事では、福岡市フィルムアーカイヴの歴史から、同館でフィルム・アーキビストとして業務にあたっている松本圭ニさんにお仕事の内容をお聞きしました。

後編となるこちらの記事では、福岡市総合図書館フィルムアーカイヴが、フィルム文化を未来へ繋いでいくために行った2つの活動事例をご紹介します。


フィルムと映画文化を未来へ繋ぐために

【1. 映写機の延命】 町工場と協力し、失われた部品の開発に成功

まずは「映写機の延命」です。

2000年代以降、映画はフィルム上映からデジタル上映へと移行し、世界各国の劇場からフィルム映写設備が急速に撤去されていきました。

それに伴い、各映写機メーカーも続々と製造中止やサービス終了を発表。未来へ向けてフィルム上映を続けていかねばならない各国のフィルムアーカイヴにとって、これは非常に大きな課題でした。

福岡市総合図書館の映写機

福岡市総合図書館フィルムアーカイヴでは、1996年の開館時に導入された映写機を年2回の保守点検を続けながら利用してきました。しかし2012年に機材メーカーが倒産したことを受け、2015年からは現存映写機の再整備として「映写機のカスタマイズ化」に着手します。

電子基盤を可能な限り廃し、映写に必要な最小限の機構へと単純化するこのカスタマイズ化によって、今後のパーツ交換に関わるリスクの軽減に成功していきますが、ここで「4連ギア」と呼ばれる部品の耐久性に問題が見つかります。

大小4つのギア(歯車)

この時点で既にギアのメーカーは倒産していたため、まずは海外で3Dプリンターによって生成された代替パーツを取り寄せることから検証が開始しました。このパーツで上映テストを行ってみると、映像については問題がありませんでしたが、音声に関しては大きな”ふらつき”を検出。数ヶ月間の試運転で様子を見るも改善が得られなかったため、チームはここで方針を転換し「特注部品の製作」に挑戦することを決意します。

ギア部品メーカーのOBを招聘し、パーツの仕様書を新たに書き起こすところから再スタート。実際に試作パーツも製作してみますが、純正ギアの持つ微妙な細工の再現に手こずり、模索が続きます…。

悩みに明け暮れる日々を過ごすなか、粘り強く関係者への相談を続けていった先に、チームはある町工場へと辿り着きます。この町工場は、ギア製作のノウハウを持つだけでなく、フィルム映写機への関心も高く、小ロット生産にも柔軟に対応してくれるといいます。

さっそく工場へ依頼して出来上がったパーツを試してみたところ、1度目は取り付けに微妙な難点が残る結果に。ここからなんと100分の1ミリ単位(!)の調整と、ベテラン映写技師たちの手感覚による粘り強い動作確認を重ねに重ねた2022年、ついに4連ギアは完成。2019年の部品製作開始から、実に四年越しの挑戦の成果でした。

この取り組みは、公立のフィルムアーカイヴが民間の技術者たちと連携し、映写業界全体に及ぶ大きな課題を解決した事例として、今後世界からも注目を集め得る、たいへん意義深い達成となっています。

【2. 映写技術の継承】 フィルム映写についてのシンポジウム&ワークショップ

また、「映写技術の継承」についてもこの秋、福岡市総合図書館で国境を跨いだプロジェクトが開催されました。

「日韓映写技師ミーティング in 福岡」(2023.10/27-29) フライヤー

2023年10月27日から29日まで開催された「日韓映写技師ミーティング in 福岡」では、日本と韓国それぞれの国で活動するフィルム映写技師の方々と、韓国で現在もフィルム上映を続けている映画館のプログラムディレクターらが集結。彼らが登壇するシンポジウムに加え、一般の参加者もフィルム映写を体験できるワークショップ等が開催されました。

10/28シンポジウム「映写技師という仕事」のようす

まずシンポジウムでは、日韓両国におけるフィルム映写や技術継承についての現状と課題が交わされました。韓国では、映写技術に関する厳しい国家資格試験が行われていることなど、日本との違いも見えてくる一方で、日本と韓国いずれもフィルム上映が出来る環境や現場自体が減っていることや、その技術を専門的に学べるアカデミーが存在しないことなど、さまざまな議題が挙げられていました。
 
当日会場に集まった両国の映写技師もみな、先輩技師たちに教わった技術と、日々映写室で重ねてきた孤独な経験を糧に、映写技術を継承していると語ります。だからこそ、今回のイベントのように国を超えて技術者同士が出会い、互いの情報を共有していくことには、大きな意義と価値があったようです。

3日間にわたったイベントの最後には、韓国の映写技師がこうして皆が集い、互いに学び合える機会を得られたことへの喜びを涙ながらに語る場面もありました。

10/29「フィルム映写ワークショップ」では、日韓両国の人々がフィルムに触れました

また、会期中には一般の参加者がフィルム映写を体験できるワークショップも開催されました。

こちらも終了後には参加した日本の大学生が「これから映画に関わる仕事をしたいと思っていたが、このワークショップに参加するまでフィルム映写技師という選択肢を思いつきもしなかった。今日体験してみて、これからもっとフィルム映写のことを学んでみたいと思った」と語る場面も。「フィルム映写技術の継承」を目指したこの取り組みの種が、たしかにひとつ芽吹く瞬間を目撃したような思いでした。


最後に。フィルム・アーキビストである松本さんに、ご自身のお仕事の面白さをお尋ねした際のやり取りをご紹介して、本記事を終えたいと思います。

アーキビストというお仕事の面白さとは、どのようなものだと思いますか?

松本さん 正直、やっていることは地味ですし、国内でもまだ十分に評価されていない仕事かもしれません。それはアーキビストとして働く僕自身の力不足でもあります。今後はアーキビストの地位を、欧米並とは言わずとも、もっと向上させないといけないと感じています。

ただ、そういった責任感のようなものとは別に、フィルムを扱う人間には多かれ少なかれフィルムに対する一種の偏愛、フェティシズムみたいなものがあります。そしてそれこそがデジタルとの決定的な違いでもある。
例えば少し前に仮想通貨が注目された時期に「仮想通貨はその機能は果たせても、お金に対するフェティシズムまでは満たせないのではないか」という話がありました。フィルムとデジタルの関係は、それと近いのかもしれません。僕はフィルムさえ触っていれば精神が安定する、みたいなところがあります。

僕ももうあと数年でこの仕事を引退しますが、次の世代には僕らのように子どもの頃からフィルムに触ってきた人間はもういません。そうなったときに、自分たちと同じようにフィルムへの偏愛を共有できるだろうかとよく考えます。

ある有名なアーキビストですら「フィルムの良さって何なんですか?」と問われたときには「それに答えられたら苦労はないよ」と応えるしかなかった。だけど一度フィルムに触れてしまった人間には、言葉ではとても説明しきれない、そういうフィルムへの偏愛や愛着みたいなものが宿るんじゃないかと思うんです。

フィルム文化を未来へ繋ぎ〈映画〉を守るために、言葉にしきれないほどの情熱を賭けて今日も業務を続ける人たちが、ここにいます。

福岡市総合図書館フィルムアーカイヴは、確かにこの街の〈文化の熱源〉なのでした。

text:三好剛平(三声舎)
photo:橘ちひろ、三好剛平

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