見出し画像

歩いて、出会って、考える 『ラ・アルカリアへの旅』/『パーマネント・バケーション』

歩くのが好きだ。子どもの頃は飼い犬と何時間も散歩したし、大人になってからも常に歩く習慣がある。新しい街に到着したら、近所を散歩することをイメージして住む場所を選ぶ。

カミロ・ホセ・セラの小説『ラ・アルカリアへの旅』は、徒歩旅行の記録。
マドリードから東に60kmのグアダラハラを起点に、語り手は村から村へと歩いて旅をする。その辺りの地域をラ・アルカリアと呼ぶ。
内容は作者の体験をもとにしており、エピソードも実際の出来事らしい。けれど、文章は心地よい比喩や潔い省略に満ちていて、フィクションとノンフィクションの間の快適な感触になっている。ひなびた村で出会う人たちには、どこか夢の中の亡霊のような趣がある。
赤土の丘、ポプラの並木、川で洗濯する女たち、ロバに荷車を引かせてゆく老人、固い山羊肉にゆで卵。旅人は歩きながら、見たものを的確に描写していく。
私自身、登場する村のうちのいくつかを訪れたことがある。季節もこの小説と同じく夏だったこともあり、その光景が目に浮かぶ。一緒に歩いているような気持ちになる。

小説にも登場するブリウエガの町の城壁。昨年の写真。

ただし、旅人は1946年のスペインにいて、たとえば今ではきれいに修復されている史跡も、当時は内戦で破壊された無惨な姿を晒していた。
昨年、グアダラハラのインファンタド公爵邸を見学した際、壁面のレリーフに明らかに新しい部分と古い部分が混在していたことを思い出した。セラが旅した時には、修復された部分はまだなかっただろう。

インファンタド公爵邸の中庭のレリーフ。
写真ではわかりづらいけれど、白っぽいところは新しい石材。

歩くといえば、ジム・ジャームッシュの『パーマネント・バケーション』は、歩く映画だ。主人公アリーは、ニューヨークの街を歩き回る。夜も昼も。カメラは歩くスピードに合わせて移動する。そして、街角で様々な人と出会う中で、アリーは海の向こうへ旅立つ決心をする。

歩いていると内面に変化が起きると思う。日常的には、それは気分転換程度のものになることが多いけれど、時にはアリーのような場合もあるだろう。家の中で歩きまわることはできないので、必然的に外に出るわけで、するとなにかに出くわす。カミロ・ホセ・セラも、行く先々で村人や羊飼いたちと交流する。もちろん、出会う対象は人に限らない。生き物、景色、風や太陽……。そして、それらに対する自分自身の反応にも出会う。

歩くこと自体というより、私は歩きながらなにかに出会うことが好きなのかもしれない。歩いて、出会って、考える。
『ラ・アルカリアへの旅』と『パーマネント・バケーション』は、その楽しさを味わえる作品だと思う。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?