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連載小説 逃避行

文=青西04  (N高7期生・ネットコース)

あらすじ
海へと車を走らせる、ある男。男の車にはなぜかいつも、同じく海を目指すヒッチハイカーたちがそれぞれ何かから逃げるために乗り込んでくる。ヒッチハイカーたちは、海で何を見つけるのか、はたまた見つけないのか。そしてなぜ、いつも男は海へと向かうのか。

第二話 煩悩から逃げたい女

牛の青年の次に乗せたのは、ミニスカートの女性だった。

あの青年は元気にしてるかな。

さびれたSAの喫煙所で思う。しかし風がしみるな。

喫煙者の肩身のせまさを感じながら、深く息を吸う。

やっぱりキャメルはうまい。

そのとき、甲高いヒールの音とともにミニスカートの女性が近づいてくるのが見えた。

ここまであからさまにむき出しの脚は、もはや寒々しいな。

ヒールの音はスタンド灰皿の前で止まる。

おっと、これは来るのか...?

「あの、すみません。」

…来た。

「海の近くまで行きたいんですけど。車、のせてもらえませんか?」

そのうちボキッて折れるんじゃないかな。

アクセルペダルを強く踏み込むピンヒールの足元をみて思う。

ヒールで運転するってどんな感じなんだろう。

「あのさ、乗せてもらっといてこんなこと言うのも悪いけど、さっきから人の脚見過ぎ。」

「...すみません。脚細いなと思って。」

「女子中学生みたいなこと言うね。」

「...女子中学生?」

「脚が綺麗じゃなくて細いっていうのが褒め言葉なのは、女子中学生の概念だよ。
おっさんってそういうとこ変に乙女なんだよな。
…良い機会だから、乙女に教えてあげる。
そういうの、まったくフォローにならないから。
大体ね、中年の女の脚が細いからって喜ぶやつがどこにいんのよ。
いたら教えてもらいたいくらいだよ。」

「...見えないですね。」

「何。」

「いや、お若いですね。」

「中央分離帯突っ込むぞこの野郎。
若いって言われて頭ごなしに喜ぶ人間に見えるのか、このアタシが。
若さなんて単に若さでしかなくて、それが価値になるかどうかなんて人それぞれ自分で決めるもんだろこの野郎。」

妙に哲学的なことを言った後、女性は舌打ちをしてさらにペダルを踏みこむ。

「やっぱ国産はダメ。馬力がない。」

ヴィッツはさらに加速して高速道路を走る。

「法定速度だけは守ってください...。」

「人の運転に文句つけんだったら、自分で運転しなよ。
大体ね、なんでアタシが運転してんのよ。これあんたの車でしょ。
乗せてもらってるから文句言えないけど。
ていうかあんたは元々どこ行くつもりだったのよ、おっさん一人で。」

「同じです。海です。」

「海? 何しに行くの?」

「それはあなただって...。海の近くに何の用ですか。」

「...アタシは煩悩を捨てに行くの。受け入れてくれるお寺が、海辺にあんのよ。」

「...煩悩? …寺?」

「そう。俗世から離れるの。浜を眺めながら修行して、そのまま一生を終えんのアタシは。」

「修行? それはまたどうしてそんなに突然...。ご家族とかはなんて言ってるんですか?」

「あのさぁ、さっきからわざと地雷踏んでる?
子供はおろか、旦那だっていないよ。
親もいないみたいなもんだし。しがらみだけはあるけど。」

舌打ちみたいなウィンカー音が響く。

「高望みばっかりする安っぽい人間で何が悪いのよ。
収入がなくてパッともしない男と一緒にいるくらいだったら一人で生きてく方がいいし。
大体ね、中年がミニスカ履いてるだけで好奇の目にさらされる世の中なんておかしいのよ。アタシはただ、自分の思うようにしてるだけなんだよ。
ほんとに、どうやったら自分のままで社会と調和して上手に生きれんのか教えてもらいたい。こんな安っぽい社会と調和するなんて冗談じゃないけど。
……でも、こういう自分の主張しか大切にできない人間が一番安っぽいってことなんて言われるまでもなく身にしみてわかってんのよ。
だからアタシは世を捨てて、煩悩だらけの自分も捨てる。
もうね、ありのままでもこんな自分を抱えて生きてくの疲れたの。限界。」

車は、高速道路を海へと向かってただ走る。

古くから栄えている門前町で、車は高速を降りた。

道に立ち並ぶ飲食店のダクトから排出された商業のにおいが、車内に流れ込む。

煩悩にあふれたにおいだな。

「なんか想像してたよりデカそうなお寺で修行するんすね。」

「素人の修行を歓迎するんだから、ある程度デカいとこでしょ。」

窓を開けて一服しながら女性はそう言った。

出家したらタバコもやめるんだろうか。

「...どんなきっかけで修行しようと思ったんですか。何かあったの?」

「ごめん、今集中したいから後でもいい?」

いつのまにか車は、寺から少し離れた専用駐車場に到着していた。

女性は肉食獣のエンブレムを掲げる高級車の隣への駐車を試みている。

すげー、怖いもの知らず。

助手席にいても緊張するな。

しかし女性のハンドルさばきに迷いはなかった。

ほどなくして、国産車は無事に駐車を終えた。

「で、なんだっけ。修行しようと思ったきっかけ?
 あのね、世の中知らなくていいことっていうのがあんのよ。大体ね...」

女性の二の句をさえぎるように、隣のジャガーのドアが開く音が聞こえた。

僧侶の格好をした持ち主が車から降りてくる。

いや、格好っていうかほんとにお坊さんなんだろうけど。

しかしお寺には不似合いなほどすらりとした、色気のある男だった。

例えるなら誰だろう。ジュリーかな、坊主頭だけど。

しゃべりながらハンドブレーキをかけようとしていた女性も、ジュリーに気づく。

心なしかその目線は、彼の左手薬指に向けられている気がした。

「...結婚、してない可能性が高いと思いますよ。」

「...うん。」

二人とも僧侶(たぶん独身)の色気にあてられたかのように固まっている。

いや、俺は別になんともないけど。

「...今思ったんだけど、煩悩を捨てようとするんじゃなくて...向き合いながら生きてこうとする方がひょっとしたらもっと厳しい、良い修行になるんじゃないすか。」

「...うん。アタシもそう思った、今。」

僧侶は袈裟けさをひるがえし、寺へ向かっていく。

「...行かなくていいんすか。」

「...行ってくる。 キーつけっぱだからよろしく! 
で、あとなんかいろいろありがとうね! 助かった!」

女性はそういって慌ただしく車を降りて、僧侶を追っていった。

砂利が敷き詰められた駐車場を、ハイヒールにミニスカートで行軍する女性。

サイドミラーに映るその後ろ姿には、もはや一種の気高さがただよう。

かっけえな。

「...そのまま生きてくしかないと思いますよ。」

潮とお香のにおいを車内に運んできた風の音に、そんなつぶやきをかき消された。

                                   第二話 完


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