連載小説 口は幸せのもと
文=にら (N高7期・ネットコース)
「……メンチはどこだ?」
お盆には味噌汁とご飯、そして漬物とドレッシング。メインとなる大皿にはキャベツ、カイワレ大根と、得体の知れないきつね色の円柱。
メンチカツは通常、少し厚みのある小判型に整形されているはず。
しかし、それが見当たらないということは、この円柱がメンチカツなのだろう。
軽くカルチャーショックを受けていた私の元に
「こちらマヨネーズとなりますので、ご自由にお使いください。」
と、女性店員が気を利かせてマヨネーズを持ってきてくれた。ただしサイズは業務用だった。
凄まじい貫禄を見せる業務用マヨネーズ。
私は動揺しつつも箸を持ち、食事を始めることにした。
まずは味噌汁から。
私は誰にどうしろと言われたわけでは無いものの、食事の初めは温かい汁物から、と決めている。
「熱っ。」
舌や上顎は火傷してしまうが、温かな汁が食道から胃へと流れていく感覚が心地よい。
さて、次はこのメンチ……。
ソースやマヨネーズといった調味料が、あらかじめかかっていない料理には「まずはそのままで食べてみてほしい」という店側の思いがあるのではないか、とつい考えてしまう。
多分それは勝手な想像なのだろうけど。
さすがにこのメンチを丸かじりすることは難しかったため、私は丁寧に箸で切って食べることにした。
サクッ。
切り口からは白い湯気が立ち上り、荒めに切られた玉ねぎのひとかけが、店内の照明に照らされてかすかに光っていた。
いただきます。
赤身と脂身のバランスが取れたひき肉。粗みじん切りにされた玉ねぎの旨味。
衣からジュワッと出てくる揚げ油と相まって、メンチという一つの作品が出来上がっているようだった。
……これはうまい!
ただご飯のおかずとして食べるには、やはりソースは必須かもしれない。
私は目の前の小さな中濃ソースを手に取り、サクサクのメンチにそっとかけた。
マヨネーズも店員さんがわざわざ持ってきてくれたため、少しだけだが使ってみることにした。
サクッ。
ソースが加わったことによって、メンチ本来の旨味が更に引き立ち、マヨネーズは味全体をまろやかにしてくれている。
ただ素材本来の旨味を味わいたい私にとっては、マヨネーズはつけない方が美味しく感じた……。
メンチに夢中になるばかりに、野菜に手をつけていなかったということに気がついた私。
付け合わせの野菜は、キャベツの千切りとカイワレ大根。久しぶりに食べるような気がする。
まずはどちらもそのまま食べてみた。
シャキッ。
旨みが強い! ただカイワレ大根はちょっぴり辛かった。
調味料が用意されているものは、かけて食べろということだもんな。
私はあえて手に取らなかった胡麻ドレッシングをかけ、再度野菜たちを口に運んだ。
胡麻ドレッシングからは、少し辛味のあるカイワレ大根には甘味のあるドレッシングが合うだろう、という店の配慮が感じられた。
食事に夢中になること数十分。
目の前には空になった皿とお椀しか残っていなかった。
もう終わりか……。
食事が楽しかったがゆえに、食べ終わってしまった後の切なさは計り知れない。
「お会計は850円となります。」
ファストフードを食べるよりは高くついたが、満足度で考えればこれも悪くないだろう。
いや、むしろとても良かった。
「美味しかったです、ご馳走様でした。」
店を出ると、ビル内は食事をしにきた社会人で混雑していた。
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