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連載小説 逃避行

文=青西04  (N高7期生・ネットコース)

あらすじ
海へと車を走らせる、ある男。男の車にはなぜかいつも、同じく海を目指すヒッチハイカーたちがそれぞれ何かから逃げるために乗り込んでくる。ヒッチハイカーたちは、海で何を見つけるのか、はたまた見つけないのか。そしてなぜ、いつも男は海へと向かうのか。

第一話 牛から逃げたい青年

それにしてもここは魚の骨みたいな天井してるなあ、こんな骨の多い魚は食いづらいか、

そう思って蕎麦をすする。一杯430円(税込)、漬物の小鉢付き。食べやすい。

湯気が自動ドアの作動音より少し遅れてゆれる。流れこんだ冷たい空気は一人の素朴な青年を連れてきた。

あ、これは来るな。

「あの、すみません。」

ほら来た。

「あの、僕、海まで出たくて、もしよかったら乗せていってもらいたいんですけど、どこに行きますか?」

「.....免許持ってる? 」

「はい、あの一応、持ってます。」

素朴というより気が弱いと言った方が適切かな。

「運転してくれるなら車貸してもいいよ。...ちょっと待ってて。これ、すぐ食べ終わるから。」

「ぼ、僕が運転ですか...? え、いいんでしょうか...?」

青年の動揺は無視してひたすら蕎麦を食う。

「あ、はい、ありがとうございます。ど、どこに行けばいいですか....? 」

蕎麦は食べやすいが、喋りながら食べるのには向かんな。

「海、とりあえず日本海を目指そう。」

米沢牛食べ損ねたな。男子トイレの前にあるのぼり旗を横目に見ながら思う。

もったいない。せっかくの米沢が。

「あの、どの車ですか? 」

「えーっとね、スバル。白いレヴォーグ。これ。」

ドアに手をかけた青年の手首の数珠じゅずが鳴った。

道の駅の混雑した駐車場を青年の丁寧な運転であとにする。

「インターチェンジすぐ近くだから。お金は気にしなくていいからそこから乗って。」

青年がハンドルを返すたびに数珠の小気味良い音が鳴る。

「あの、乗せてもらっておいてこんなこと言うのもどうかなと思うんですけど、でもどうして、こんなにあっさり乗せてもらえたんですか?  」

「この車も、もともと海の方に向かう予定だったからちょうどいいなと思って。」

「....予定? 海に...?」

納得していない様子の青年。若いっていいな。

「君こそじゃない? なんで海? 海ならどこでもいいの? 」

「どこでもいいってわけじゃないんですけど....。まあいろいろあって、遠いところに行きたいっていうか....。」

「なるほどね。いろいろあんのね若い人も。.....ひょっとしたらだけどなんかその数珠と
関係あんの? 」

車体が大きく横に揺れた。危ねえな。あんまり脅かさないようにしとこう。

「この数珠は、なんというか自己満足というか....。僕がしたくてしてるだけで.....。
で、でも全然関係ないかと言ったらそうでもないんですけど.....。」

「ふーん。いや、誰か死んじゃったのかなと思っただけ。」

「死んじゃったならまだいいんですよ! 」

突然の大声に窓ガラスが震える。

「僕は....僕は死んじゃった方がまだいいんですよ。家族とか恋人とかが死んじゃうのでもそっちの方がまだマシなんですよ。」

こんどは早口にまくし立てる青年。そして絞り出すように最後の一言を放った。

「僕は.....殺しちゃったんです.....。」

今度は助手席に動揺がはしる番だった。

「.....殺した? 」
「....はい。僕は大罪人なんです。本当はこんなところでうかうかしてちゃいけないほどの極悪人なんです。」

マズい感じかな、これは。

「....まあそんなに、ねえ? 思い詰めることは.....なんていうか、ないと思うよ.....? 」

「そんなことが許されていいわけないんです。僕が許されたら....そんなおかしいことが成り立っていいわけがないんです。だって何頭も死んでいくのを黙って見てたんですから。いや違う、何頭も自分の手で、殺したんです僕は。」

「.....頭? ...頭って何? 」

「... 僕は、牛を、何頭も殺しました。気絶させて首を切るんです。宙吊りにしておいて。仕事として、お金のために。自分の生活のために。人間に美味しく牛肉を食べてもらうために。そこに需要があるから。」

「だからこの数珠は僕の罪滅ぼしであり、戒めなんです。
運ばれてくる牛は、みんなこの数珠みたいな透きとおった黒い目をしてるんです。
その目でこっちに訴えかけてくるんです。それも死にたくないっていうんじゃない。
お前はこれで本当に満足なのかって。
多くの犠牲を出さないと生きていけない、そのことすら自覚せず生きていてそれでよしとしているお前はこれで本当に満足なのかって。
そうやって半分諦めた目で聞いてくるんです。
でも一旦周りを見てみたらみんなは牛肉を、すき焼きとか、牛丼とか言って、なにもなかったかのように美味しそうに食べてる。
僕が毎晩悪夢にうなされてることなんて知らないみたいに。
だからもう僕は嫌になっちゃったんです。何もかも。
僕は、このままだとおかしくなってしまう。
だから牛肉を食べる人がいないところに行きたくて、それで海なんです。
みんなお肉より魚を食べるだろうから。
インドに行こうかなとも考えたんですけど...ヒンドゥー教だから。
でも、現実的にいけるのは海辺だと思って。」

「僕は、ほんのちょっとでいいから....今だけでもかまわないから、逃げたい。牛からも、人からも、自分からも。」

車は、高速道路を海へと向かってただ走る。

日本海が一望できるのどかな港町で、青年は車を降りた。

運転席から降りてしばらくドアを開けたまま、青年は海を眺めていた。

車内に流れこむ潮風は軽やかな波音を連れてくる。

日本海ってもっと陰気なイメージだったけどなあ。

「逃げたいって言ってたけど....逃げることは悪いことだって思ってるかもしれないけど。
でも逃げたいって気持ちからだけは、逃げないようにしたらいいんじゃないかなと思うよ。だから、一生懸命逃げな。あの時逃げて正解だったって思えるように。」

ちょっと喋りすぎたかな。最後の一言はカッコつけすぎた。

「....ありがとうございます。いや、ありがとうございました。話、聞いてもらって。
......そうだ、この数珠、もしよかったらもらってくれませんか? 」

「....こんな通りすがりみたいな人がもらっていいやつなの? もう戒めはいいの? 」

「うん。多分、もう僕には必要ないと思います。」

そして、深く礼をしたあと晴れやかな後ろ姿を残していった。

その延長線上には、でかでかと「やっぱり牛肉は旨い! 」の文字と、牛の部位を丁寧に図解したイラストが描かれた看板。

見ればそこは全国チェーンの焼肉店で、ご飯どきでもないこの中途半端な時間にもかかわらず、繁盛しているのが駐車場の混雑具合からもみてとれた。

人がひしめく店内からは、今にも牛肉の香ばしい香りがしてくるかのようである。

そうだよね。そりゃ、海辺に住んでたって牛肉は旨いよね。

「ははっ、あはは、彼やっぱインドに行くしかないのかなあ....。」

数珠は、持ち主が変わっても、変わらず黒く透きとおっていた。

                                
                                  第一話 完


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