メトロ、オールバック、フルフェイス、ヘッドホン(2/16)

「時間、半までだっけ」

 スマホを使って、周囲に散らばっている新歓係(しんかんがかり)の二年生同期と連絡を取り合っていた彼は、弾かれたように顔を上げて、

「そうですね。それくらいからまた再開しようかなって。大丈夫そうですか? 時間は」後半はまぶしそうな顔をしながら訊ねてくる。

「たーぶん、大丈夫だと思う。もし万が一ちょっと遅れちゃったらほんとゴメンね。たぶん大丈夫だと思うんだけど」直嶋は話しながら自分のカバンからノートとペンを取り出す。

「いや、オーケーですオーケーです。ほんと、来ていただいただけでもありがたいんで」

「いやいや、まじ申し訳ない。みんな大変なのに、こんなわけわからん状態にしちゃって」

「いえいえ、全然です」

「じゃ、ごめんね、よろしく」

「はい!」


 直嶋は大林(おおばやし)の席に戻って、「よし、じゃあ大急ぎでやろう」と言った。

「大丈夫だった?」

「まあなんとか」

「後輩ばっかなんでしょ? ここ」

「そう、午前中はもう一人四年生の同期のやつがいたんだけどね」

「あー、そうなんだ」

「そいつは、ちょうど俺がテニスしなくなる前、最後にダブルス組んでたやつでね。なぜか今年休学してたから、すげえ久しぶりに会ったわ」

「休学?」

「うん、バイト頑張るためにって」

「なんだそれ」

「じょん(じよん)って名前で」

「ハーフ?」

「違う」だから、ラインだといつも名前はカタカナじゃなくてひらがななんだよ、と直嶋は言った。

「なんでだよ」

「懐かしい」と声が出たので、直嶋は、自分はじょん(じよん)のことを懐かしいと思っていたのか。と思った。

「でもそっか、ほかに先輩いないんだもんな、そりゃあ後輩としても何も言えないわ」と大林(おおばやし)は言って笑った。

「俺が新歓(しんかん)係だったら殺すぞって思うけどね」

「いや~、ほんと申し訳ない」

「いや、別にそういうつもりで言ったんじゃなくてね」と直嶋は笑った。

「直嶋は就活しないのに、何度もテストやってもらって、もう本当に」

「大丈夫だって」

「てか俺こうやって隣にはいないほうがいいよね?」

「そうね、やっぱ、集中力的に」

「じゃあ、こっちの席でおべんきょうしてるんで」

「おーけーっす」


 中学と大学浪人時代の友人である大林(おおばやし)に頼まれて、彼の代わりに就活のウェブテストを解くのはこれで三度目か四度目だ。今回のウェブテストも、これまで受けたものと同様で、国語系統のものと数学系統のもので構成されていた。パソコン画面の下の方に、残りの問題数と制限時間が表示される。どの問題も、解くのに使える時間は切り詰められているのがわかった。それと同時に、どんなに速く解いていっても十分以上は休憩時間をオーバーしてしまうのがわかった。


 ウェブテストの最後の方に取り掛かっていると、周囲がざわつき始めたのがわかった。後輩たちが支度して店から出ていくのが、視界の端の方に見える。けれども顔を上げる訳にもいかない。


 さらにもう五分ほど経って、今度はさっきの二年生の女の子が自分の前に立っていることに気づいた。観念したように顔を上げて彼女を見ると、
「あ! ごめんなさい、お忙しいですよね?」

「いやいや! もう大丈夫、あともうちょいで。……てかあれか、次、俺とペアなのか。ごめんねー、待たしちゃって」直嶋たちのサークルの新歓(しんかん)では、男女でペアを組んで一年生に声をかける。

「いえいえ! 全然、お気遣いいただかなくて……」

「もしあれだったら、先にみんなと一緒に行ってて構わないよ。全然、終わってから後追うから」

「全然大丈夫ですよ、こっちの方で適当に時間潰してるんで」スマホを持ちながら、両手を鳥のように閉じたり開いたりしながら、彼女はそう言った。直嶋はもう一度パソコンに目を戻して、いま解いている問題の選択肢を適当に選んで、次の問題に進んだ。

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