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LLM・生成AIという巨大トレンドにどう挑むか (LayerX創業以来の経験を踏まえて)

LayerX 事業部執行役員 AI・LLM事業部長の中村 (@nrryuya_jp) です。
先日LayerXは、累計約102億円のシリーズAクローズと合わせ、LLM(大規模言語モデル)を使った事業・プロダクト開発を行うAI・LLM事業部の設立をリリースいたしました。

私はLayerXに創業から参画しており、一貫して、テクノロジーのR&Dとその事業化に取り組んできました。ブロックチェーン、プライバシーテック、そしてLLMと、個人的には3回目と捉えています。これまでも現在も、私自身が理論的な研究とアルゴリズムの実装をしながら、ビジネスとしての成功に責任を持ってきました。

ただバズワードに乗っかってコロコロ参入しているわけではないぞという強い覚悟を持って取り組んでいるものの、テクノロジーの時流を掴んで事業化するというのはとても難しく、これまで沢山の失敗と反省をしてきました。直近のプライバシーテック事業は、おかげさまで黒字化したり、コンサルやPoCで終わらずお客様にプロダクトを継続提供できているなど、一定の成功がありましたが、スタートアップとしては、はるか上の飛躍を目指したいと考えています。

今回は、テクノロジードリブンな事業立ち上げに挑戦し続けている身として、LLM・生成AIのような技術の巨大なトレンドに対して、どんな心がけで挑むべきかについて書いてみます。


LLM・生成AIのエコシステムの拡大

具体的な取り組みスタンスの話に移る前に、その前提として、改めてLLMのトレンドをどう見ているかについて書きたいと思います。

私は、特定の技術のビジネス応用において、「その技術の特性が、その技術を取り巻く、プラットフォーム、アプリケーション提供企業、研究者・開発者からなるエコシステムにどう関係するのか」というテーマについて関心があります。特に、技術のユースケースの広さ(汎用性)がもたらす、エコシステム拡大のフィードバックループの威力はとても大きいと考えています。

LLMの汎用性

LLMの汎用性については巷でもよく言われるところです。先日のCTO松本の記事でも触れられていますが、

  • LLMは一つの学習済みモデルで多様なタスクを解くことができる

  • その際、多少のチューニングが必要でも、従来の手法(タスク毎にモデルを設計し、学習データを準備する等)と比べて、遥かに開発コストが安い

  • 結果、これまでAIで解決できる可能性があっても、費用対効果が合わず放置されていた「裾野のユースケース」での活用が進む

という傾向があると考えています。

実際、弊社にご相談いただくLLM活用のニーズの一定割合は、「機械学習エンジニアがいればLLM使わなくても解決できた」種類のものですが、「機械学習エンジニアがいれば」という条件は(内製でも外注でも)そう簡単に満たされないということです。

汎用性によるエコシステムの拡大

大雑把に言えば、ユースケースが広いほど、市場が大きくなり、投資が集まりやすくなります。それは単に資金調達という話だけではなく、世界中の人が自分の時間を投資してくれることも大きいです。

毎日、OpenAIを含む既存のLLMの性質や課題に関する研究論文が沢山発表されますが、世界の大変優秀な研究者が、わざわざ特定の民間企業の製品について、自分の貴重な時間を使ってボランティアで研究してくれていると言えます(研究費もらっている場合を除き)。普通の会社の普通の製品であればありえないことです。ユースケースの発掘についても同様で、OpenAI等を使ったアプリケーションの探索を、世界中が目を血眼にして勝手にやってくれています。

汎用性により、資金と研究リソースが集まり、さらに技術が進化し、またユースケースが広がる、、、というループが回ります。LLMのように汎用性が極めて高く、一定の閾値を超えると、このループが急回転し、エコシステムが「沸騰」するのではないかと考えています。

私は以前、暗号資産のイーサリアム (Ethereum) のコミュニティで、核となるプロトコルの研究やOSS開発に携わっており、LLMと似たようなエコシステムの拡大を目の当たりにしました。(イーサリアムは時価総額の成長はとてつもないものの、LLMほど一般的な使い道はまだありませんが、研究資金流入により、暗号学のいくつかの技術分野に急速な発展をもたらしたと考えています。)

事業における技術の「目利き」は、目の前の技術的な問題に対して、候補となる技術を並べて、単に性能を比較するだけでは不十分で、上記のようなエコシステムと、その中で自社がサプライチェーンの中でどういうポジションになるのかを意識することが重要であると考えています。

LLM・生成AIという巨大トレンドにどう挑むか

以上の通り、LLM・生成AIはエコシステムの拡大速度が異常なテクノロジーであると捉えています。技術面もビジネス面もとにかく外部環境の変化が激しいため、単なるテックドリブンな事業立ち上げとは違った気持ちで挑むべきと考えています。具体的に3つほど、心がけやスタンスのようなものを書いてみたいと思います。

1. 探索の軸・足場を持つこと

LLM・生成AIほどポテンシャルを感じさせる技術の場合、事業の選択肢がとても多くなります。これは基本的には良いことですが、事業の方向性の迷いや、リソースの分散・集中力の低下をもたらすこともあります。国内外で色々な会社が参入している以上、中途半端に色々やっていても、競争に負けて何も残らずに終わってしまう可能性があります。

それを防ぐため、事業探索において、何らかの軸を持つことが重要だと感じます。ここで軸とは、解決するお客様の課題でも、特定の技術的な発見でも、一緒に活動するパートナー企業でも何でも良いと思います。軸を持つことで、一つ一つの仮説や施策が日々の試行錯誤の中で変わっていっても、そこから得られたアセットが、一つのテーマの周りで有機的に紐づいていきます。ここでアセットとは、お客様の課題に関する深い洞察であったり、開発したソフトウェアだったり、研究で得られた知見やノウハウなどです。

過去の反省から、新しいテクノロジーを扱う場合は、そのユースケース・ユーザーの課題については、なるべく明確で、以前から存在したものが良いと考えています。新しいテクノロジーを使う場合、本当にその技術がワークするかという技術検証が重要ですが、ユースケースが新しいと、技術のあるべき振る舞いを定義することに時間がかかり、結果、全体的に事業の仮説検証が遅れるためです。軸を持つということは、いくつかの可能性を捨てることでもありますが、勇気を持って捨てるべきと考えています。

LayerXのLLM事業でも、お客様の明確な課題に基づいたプロダクトを開発しています。具体的には、エンタープライズの文章処理業務に着目しており、先日三井物産デジタル・アセットマネジメント様との事例もリリースしております。

余談: コーポレートミッションの重要性

上記のような事業探索の軸を含め、LLM事業の土台には、創業以来のブロックチェーンやプライバシーテックの事業の取り組みがあります。これまでの事業を通したお客様・パートナー様との関係や、その業務の理解、課題のヒアリングの蓄積が、LLMという新しい技術と結びついて具体化しています。

事業内容が変化しても、上記の「軸」が会社単位で存在しているのだと考えています。そもそも、CEO福島のnoteに記載の通り、バクラクやMDMという他の2事業も、ブロックチェーン事業の気づきが基になって生まれています。このLayerX全体の「軸」は、ミッションである「すべての経済活動をデジタル化する」に言語化されていると考えています。このミッションの詳細な説明は割愛しますが、コーポレートミッションの役割を日々感じております。

2. 持続可能な情報収集の仕組みづくり

LLM・生成AIほど変化の激しい分野において、日々の情報収集の重要性は言うまでもないですが、ポイントは、このような変化の激しさが、向こう一年、二年と続く可能性が高いことです。よって、情報収集は「今週末ちょっと頑張って調べよう」程度の一時的なものではダメで、一年以上無理せず継続できるスタイルであることが大事です。

チームでのやり方の例として、LayerXでは、毎週「ニュースななめ読み勉強会」を実施しています。その週のニュース(事例や新しい製品や技術論文など)を一覧にまとめ、各メンバーがそれぞれ気になったニュースを取り上げて議論すると言うものです。この手の勉強会は一般的と思いますが、LayerXは創業初期から何年も続いていることが特徴だと思います。運営担当の畑島さん (@th_sat) の圧倒的な継続力です。加えて、忙しくてもスキップしすぎないなど、参加メンバーのちょっとした主体性が継続の肝だと思います。(なお、上記の勉強会で取り上げたニュースをLayerX Newsletterとしてメルマガで配信しています。下記から登録可能です。)

なお、日々表面的にニュースを追うこととは別で、LLMの土台となる機械学習や自然言語処理などの技術や、自社でターゲットにしている業界や業務について、少し体系的に学んで土台作りをすることも必要だと思います。(そのようなケースの「キャッチアップ能力」を伸ばすため心がけについて、最近言語化してみました。)

3. 「どうせ誰かが作って無駄になる」を恐れすぎない

「OpenAIのAPIをちょっと便利にするラッパーのようなものを作っても、OpenAIが開発してすぐ無駄になってしまう」みたいな話はよくあります。先日のOpenAI DevDayでも色々発表されて、例えばRAG(長文の文章からの検索部分)など、従来は別途実装が必要であった部分が機能として提供されました。RAG含めて現状はまだまだシンプルなものばかりですが、今後どんどんアップグレードしていくことでしょう。また、OpenAIに限らず、ビッグテックが大量のリソースを投下しており、LLMを使ったプロダクトには、常にコモディティ化のリスクが存在します。数ヶ月後に無駄になるものばかり作って、競争力のある製品を何も生み出せないのは問題であるため、このような市場の動向を予想して事業を計画するのは重要だと思います。

しかし、コモディティ化のリスクを恐れすぎるのも問題です。そもそも、ビッグテックに比べてリソースが圧倒的に乏しい自分たちが数ヶ月で作れるものなど、たかが知れています。作った成果物そのものが欲しいのではなく、それを使って行った実験や、ユーザーに提供して得られた発見が、その次の展開につながる、価値あるアセットになるのです。そのような発見・知見を取り合うスピード勝負であり、何も作らないということはそのような機会を丸ごと捨てることになります。

コモディティ化を恐れて、過度にニッチな方向に走るものも問題であると考えています。本来、作ったものがコモディティ化するということは、それだけ、ど真ん中・本丸を捉えられているということであり、取り組んで得られるものも大きいはずです。

私はブロックチェーン界隈から離れて数年経ちますが、当時同じような立場で日々カジュアルに一緒に議論していた数人くらいのチームが、今ではいくつもユニコーン企業になっています。彼らに共通するのは、外野から見れば無駄なものを作りまくっているものの、その時々の最先端に無謀にも食らいついていった結果、その分野が拡大したことで結果的に「本丸」の周りでいくつもチャンスが生まれ、それを掴んで大物に成っていることです。

最後に

以上をまとめると、LLM・生成AIのような変化の激しい市場に挑む際は、自分たちなりの軸を持って、日々継続的に徹底して情報収集しながら、無駄を覚悟でどんどん作っていこうということになります。言うのは簡単ですが、実際にはとても難しいです。一方、非常に楽しく、充実した毎日でもあります!

AI・LLM事業部では、一緒に働く仲間や、開発中のプロダクトを使っていただける方を募集しておりますので、興味を持っていただけた方は是非ご連絡ください。
中村のカジュアル面談は下記で募集しています!X (旧Twitter) のDMもお気軽に (@nrryuya_jp)。

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