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野やぎの小説まとめ

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小説・ショートショートをまとめたマガジンです。
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記事一覧

ショートショート「グローバルイノベーション怪異」

「とにかくトライ、それに尽きるのよ」 長い髪の奥で鋭い眼光が光った。見えないけど。たぶん光ってる。 「しかしなぁ……」 「変化を恐れていては、どんどん衰退するだけですよ」 業界を越えた意見交換会は紛糾していた。既に終了予定時間を1時間は過ぎているが、誰も文句は言わない。みな、とにかく時間だけはある。 猫背の女性は髪を垂らしながら人差し指を天に向ける。おおよそそのイメージとは乖離した達者な口ぶりでこれまでの戦略と展望を語った。SNS、テクノロジーの活用、新しい価値の想像

ショートショート「誰かの仕事は」

年末になると、よしおさん(仮名)のことを思い出す。白髪混じりの油っぽいぺったんこの髪。スーツケースを引きながら、ボーダーの丈夫なビニールバッグを肩に提げ、もう片手にはビニール袋。ニカッと片目をつぶって笑う。そんな姿。 そう、いわゆるホームレスだ。 + 当時、ぼくは人材雇用や企業からのアウトソーシングを受注する会社に勤めていた。業務の巻き取り。効率化して、手順を整え、人を入れる。困りごとや手間がかかるところには、だいたいこういう仕事がある。 しかし、圧倒的に買い手市場で

ショートショート「長生きのエッセイ」

「元気がでないときに読むと、いいんだよね」 まっしろ壁の病室の、蛍光灯のベットから、君はいつか言ったのだ。ぼくはなんでか知りたくて、急いで帰りにその一冊、小遣い叩いて買ったのに、でも、俺は元気だけが取り柄だから、ついぞ読まずに、今日まで来たのだ。 君が好きだったその本を、あれから今日までボロボロに、今夜はじめて読んだのだ。読むにやまれぬそのままに、めくりめくって最後まで。「元気がでないときに読んでも、よくなかったよ」濡れた奥付裏表紙、そのまま棺に入れたのだ。

ショートショート「恋うらない」

へんな店に来た。 「いらっしゃいませ。お客様、なにかお探しですか?」 「いえ、別に……」 「コチラなんかいかがでしょう?コチラは"恋のようなもの"です」 「恋のようなもの?」 「ええ」 「ふーん」 「お気に召しませんか。それではコチラはいかがでしょう?コチラは"恋だったもの"です」 「恋だったもの」 「はい」 「……違いがわからないんですけど」 「そうですねぇ。お客様によってはそう思われる方もいらっしゃいます」 「……ふーん」 「お気に召しませんか」 「ねぇ、恋はないの?」

掌編「夜を返す」

いくら飲んでも酔えない。でもアルコールは回る。そんな人生の2時間をドブに捨てた帰り道。 セキュリティと家賃を天秤に掛けた結果、都心から電車で1時間、駅から歩いて20分。無駄に重だるい体を引きずりながらオートロックをくぐり抜ける。エレベーターが点検中。朝出たまんま、変わらずに止まっている。なんでだよ。はぁ。さらに気分も重くなり、5階まで階段を上がる。右足。左足。右足。左足。暑い。耐えきれなくなってワイヤレスイヤホンを外してビニール袋に投げ込む。どっかの誰かの歌声がひどく小さく

ショートショート「秋花火」

「はなびがね、シューってしたら、ひかりがきらきらゆらゆらしてたの。すっごくきれい!それでね、ママのことなんでもおはなししてくれたでしょ?だから、パパとママにあいにきたんだよ。」 + この島では、秋に花火をする。 天気のいい日。海岸沿い。涼しい夜。ゆったり揺らめく波間を眺めながら、シューっと光を送る。 「昔はねぇ。光を目印に、もう会えない人が帰ってくるなんて、言ってたんだけどねぇ。ほらほら、会いたい人を想って点けるんだよ。」 火花が細かい帯になって流れ出ていく。おおば

ミステリーショート「持続可能性輪廻」

ドッ。ゴリッ。 骨に響く鈍い音。 瞬間、鼻の奥に満ちる匂い。赤。黒。鉄。血。 ヒュー……ヒュー……。 下半身に溜まる鈍い感覚。意識して足掻く手足が、反射反応だけになる。呼吸が弱く、細く、糸になる。そして、プツン。……フッと訪れた透明。白。楽。何も見えない。聞こえない。感じない。 俺は、死んだ。 + 「やあやあやあ、どうもどうも」 宙に浮かんだと思ったら落ちて、気がつくと通い慣れた帰宅路にいた。電柱が夕闇を淡い円に切り取っている。なんでオレはこんなところに?いつ来

ショートショート「おばけ大根」

「あーら、また大っきくなってぇ」 3日ぶりでも数週間ぶりでも、同じように声をかけてくれたおじいちゃんがいない。 お気に入りの散歩コース。住宅街を少し抜けると、景色が開けて畑が広がる。このくらいの時間に通りかかると、いつも畑仕事をしてるおじいちゃんがいて、軍手で汗を拭いながら腰を伸ばし、二言三言お話をしていたのに。 「なんさいかな?」 「にさい!」 「おりこうさんだねぇ」 「いいお天気ですねぇ」 「なにを育ててるんですか?」 でも、もうしばらく見かけていない。 「おばけ

ショートショート「ヨシダは死にました」ほか

ヨシダは死にました。「ヨシダはいねぇのか、ヨシダを出せコラ!」 「ヨシダは、死にました」 「…………!」 人が、言葉を失った瞬間にはじめて出会った。 + どこにでも、物申したいひとはいる。 不満を解消したいわけじゃない。怒ってるわけじゃない。何かを得たいわけじゃない。ずっと、言い続けたい。そんなひと。 コールセンターに長く勤めていると、嫌でもひとの嫌な面を見る。たとえどんなに素晴らしい商品でも、会社でも、サービスでも、必ず一定数言い続けたいひとに遭遇する。だって、

Short story: "We who create creation"

Heartbeat is fast. Breathing is irregular. I am aware of it. The wall is equipped with material to absorb sound, yet the sound of my heartbeat is loud. Why? Can others hear it? Is it annoying? Even though it's not, I feel anxious. I check m

小説「波の間にルーズボール」 #創作大賞2023

あらすじ夢なんてなくても、仕事はする。 しなくてはならない。 でもなんのため?誰のために?なにを? コンサル激務に負けて、地元に帰った菜切。クジラが来るようになった島。移住プログラムを担当する同級生。カフェをつくった恩師。違う人生を辿ってたまたまここに来た女性、みゆりさん。 成り行きで移住プログラムの手伝いをすることになった菜切。どこで生きるか。なぜそこにいるのか。なにをするのか。わかりやすい、はっきりしたタイミングはなくても、ちょっとずつ人生は決まっていく。そんな「誰か」と

Short story: "Extracting Sand from Clams"

"Oh, that's how you do it." I'm visiting my parents' home during the end of the year and New Year's. I had work to do, but I haven't been able to visit them for a few years, so it's been a while. "Go for it!" "Oh no, the guard's down!" "Th

ショートショート「桃の剥き方」 #いつかのごちそうさま

週末の午後。いい天気だ。陽気に誘われ、最近料理にハマっている娘にせがまれ、駅の反対にある商店街まで買い物にきた。コロナ禍でキャッシュレス決済が一気に普及してからというもの、ついつい便利に流れてしまうけれど、ここはまだまだ現金会計。肉は肉屋。魚は魚屋。野菜は八百屋。 「はい、らっしゃい!今日はバラ、安いよ。おまけしとくよ!」 なんでも揃うスーパーは楽だけど、手触りのある買い物はたのしい。財布のお札と硬貨を真剣に数えながら、買い物リストとにらめっこしてお店を回る。 豚肉。じゃ

ショートショート「新卒天使リファラル採用」

「なるほど。」 路地の野良猫を眺めて交差点で信号待ちしてたら、タイミング悪く飛び込んできた居眠り運転の車にぶつかって、これまた運悪く打ちどころも悪く、死んでしまった……と。 「そうなんですよ~。ざんね〜ん。あと数秒、ブレーキが早ければね〜。」 「なるほど。なるほど。」 救急車もパトカーも慌ただしく赤灯がくるくる巡り、真っ暗な夜を切り裂いている。野次馬たちのスマホの光がキラキラ散っている。交差点の信号機に腰掛けて、足をぶらぶらしながら下の喧騒を眺める。その中心には、ぼく。