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ショートショート「新卒天使リファラル採用」

「なるほど。」

路地の野良猫を眺めて交差点で信号待ちしてたら、タイミング悪く飛び込んできた居眠り運転の車にぶつかって、これまた運悪く打ちどころも悪く、死んでしまった……と。

「そうなんですよ~。ざんね〜ん。あと数秒、ブレーキが早ければね〜。」
「なるほど。なるほど。」

救急車もパトカーも慌ただしく赤灯がくるくる巡り、真っ暗な夜を切り裂いている。野次馬たちのスマホの光がキラキラ散っている。交差点の信号機に腰掛けて、足をぶらぶらしながら下の喧騒を眺める。その中心には、ぼく。

「しかし、不運続きのあなたにも、今世紀最大最高の幸運がっ!」
「ほう。」
「なんと!え〜、このたび〜、まことにあれながら死んじゃいましたけれども!一回。一回だけ、生き返れます!」
「なるほど。なるほど。なるほど。」
「はい!100年ぶりの世紀末に一回こっきり、あなただけの幸運特典なのです!おめでとうございまーす!」
「うん。大丈夫です。」

「えっ?」
「いや、だから、大丈夫です。」
「ごめんごめんごめん、ニホンゴムズカシイ。大丈夫ってなにがですか?すっごい丈夫ってこと?あなた、死んでますから〜〜!まじ大丈夫って、意味広すぎませんか?」
「えっと、だから、生き返らなくて大丈夫です。」
「……100人乗ってもダイジョー、えっ?」
「いや、だから。」
「いや、わかってます。オーケーオーケー。ニホンゴオーケー。俺、天使なんで。バババババイーンリンガルくらい、現世語だいたいオーケーなんで。」
「バって増えるんでしたっけ?」
「そこじゃない。そこじゃないなぁ〜〜〜。きみさ、なんで?プラチナチケットよ?せっかく生き返れるのに?」
「いやぁ、特に。」
「特に……?」
「特に、いっかなぁって。」
「……そんなもん?」
「えっ、はい。」
「いのち!あなたがいなくなると悲しむ人とかさ、やりたいこととかさ、やり残したあれやこれや、あるでしょ?」
「……。」
「ほんとか?」
「……はい。」
「ほんとのほんとか?ほら、誰かいるでしょう?」
「……いないっすね。」
「がんばって!負けないで!あの、ほら。そうだ。あの運転手とか、きみ死んだら処分もんよ?」
「それは、ちょっと申し訳ないですけど。」
「……。なんにもでてこない?」
「こないすね。」
「……困るのよ。」
「……いや、困られても。」
「もうちょい、もうちょい見てみよう!ちょっと先の未来いけるから!お葬式とか、泣けるよ〜!ほら、きみがいなくなった世界をさ。それ見たらきっと気持ちも変わるよ!未練たらたらタラ男くんハイ!チャーン!だよ!」
「……まあ、いいですけど。」

「……特になかったね。」
「いったじゃないですか。天涯孤独なんすよ、ぼく。」
「……なんかごめん。」
「謝られても。」
「だよね。え〜〜〜、どうしよっかなぁ……。」
「いいじゃないですか。あの世?的なとこ、行くんすか?大丈夫すよ。」
「ところがどっこいしょ、だいじょばないのよぉ。閏年ってさ、あるでしょ?わかる?」
「はい。ぼく、2月29日生まれなんで。」
「話はや!そのさ、閏年みたいなのがあるわけ。生き死ににも。だいたいバランスとれてるんだけれども、魂的なあれの総量みたいなのがさ、ちょっとずつちょっとずつズレが生まれる感なあれが起きるわけ。」
「なんか言葉の節々にふわっとしたものを感じる。」
「仕方ないでしょうが!もともと言語にできない感覚的な世界なの!」
「なんかすみません。」
「いいけど!ありがとね!それでよ、その、調整がいるのよさ。数百年に一回か二回かね。だから、このままあの世へは困るんだよね〜!どうする?ゴーする?無理困る〜。」
「困るっていわれても。」
「だよね。……そうだ、きみ天使にならない!?」
「天使?」
「うん。見たところ、適正もオーケーそうだし、なんか魂つよつよだし。今けっこう人手不足だし。死後3年以内なら新卒扱いでリファラル採用かけられるから、ちょうどいいよ。向いてる向いてる〜。」
「はあ。」
「ぼくに紹介料入るし。」
「えっ?」
「いや、何でもない。」
「天使かぁ。天使ってなにやるんですか?福利厚生、いいですか?」
「福も利も、なんといっても天使よ?厚生ばっちり。仕事はね、魂の更生が主な業務なの。」
「そっかぁ。ならいいかもね。働きやすそう。」
「よ〜し、決まり!とりあえず生前の履歴書と職務経歴書、書いてね。すぐ出しちゃう。」
「職務経歴書もいるんすか?」
「あたりまえでしょ。魂の記憶で、担当地域決めるのよ。」
「なるほど。合理的。」

いろいろ聞いてるうちに、だんだん体が宙に浮いていく。屋根を越え、ビルの屋上を越えて、空が近くなる。赤灯が遠くなり、足元のずっと先で、ぼくが担架に載せられて運ばれるのが見える。ん?担架に付き添う人、あれは……誰だろう?

「……あれ?ねぇ、あれ誰?わかる?」
「……あれは、えっと、経理部の鈴木さんだ。」
「鈴木さん?」
「はい。ぼく数字が苦手で。よく経費計上間違えるんですけど、ちょくちょく直してもらってて。ネコの付箋貼って戻してくれるから、顔と名前覚えちゃって。」
「……いるじゃん。」
「えっ?」
「なんだいるじゃ〜ん!はいはい無理無理、解散〜〜〜!」

急にぼくの体?は急降下をはじめて、ちょうどジェットコースターの下りみたいにヒュンとお腹の下あたりが浮いていく感覚がする。天使がどんどん小さくなる。

「えっ、ちょっと。」
「未来は可変だからさ!まあ、次に亡くなったら、そんときはうちにきてよ。きみなら歓迎歓迎!待ってま〜す!」
「ええ!!」
「履歴書と職務経歴書、棺桶に忘れないでね〜!んじゃ!」
「えぇ〜〜〜!!」

急にふっと切れた意識。落ちる感覚。
教室で居眠りしたときのように、カクンと目覚めたと思ったら、病院のベッドのうえだった。

「ってことがありまして。たぶん、たまたま通りかかった鈴木さんのおかげです。」
「全然わかんない。」
「ですよね。」
「はい、これ。」

職場復帰にも、たくさん書類がいるらしい。付箋だらけの書類には、やっぱりネコがいっぱい。やれやれである。ニャー。憎めない顔がみんなこっちを見ている。

「でもまあ、元気になってよかったね。」

今度、お礼に鈴木さんと食事にいく。

待てうかつに近づくなエッセイにされるぞ あ、ああ……あー!ありがとうございます!!