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いつでも誰かが、きっとそばにいる。

「傾いてきてない?」

ある朝、目を覚ましたなり、ノビ夫が言った。

思わず頭をまっすぐにする私。
小さい時から頭が右に傾くクセがある。
しかも顔がほてりやすく、頬はいつも赤かったので、幼少期の集合写真はいつもメルヘンなたたずまいで写っている。
それはそれはかわいかった(本人談)。

しかしノビ夫の目は、幼少期にかわいいの全力を出し切っちゃったスタートダッシュ系の妻を華麗にスルーし、白む窓の外に向けられている。
せっかく直した頭を元どおり傾けて、その視線をたどる。

「…たしかに。」

* * *

私たちは現在、山の中の集落に住んでいる。
ふもとの街もたいがい田舎なのだけど、その中でも群を抜いて田舎な場所。
全部で70世帯くらいしかなく、さらに小分けにされた同じ地区の家は10世帯未満。
自宅の前は小道をはさんで崖、後ろは山。
両隣は民家があるが、片方の家は別荘のような扱いで普段は住んでおられない。さらに片方の家は空き家である。
その空いている方の家が、風化して傾いているのだ。

今の家が社宅だから危機感がないのか、
緑に囲まれ鳥がさえずるゆったりした場所にいると、気持ちまでのんびりになるのか。
ノビ夫も私も

「こっちに向かって倒れてこなければいっか」

くらいのゆるい気持ちでみている。
幸い、山側に傾いていっているので害はなさそうだ。
ばーん!と土けむりを巻き上げて派手にいっちゃうのか、音もないような感じでさらりと静かに崩れ去るのか、家の老衰に興味もある。

ノビ夫が言った通り日に日に傾いてきている気がするので、最期の日もそう遠くないのかもしれない。
唯一心配事があるとしたら、この隣家の住民のこと。

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* * *

ある夜、外で騒がしい音が聞こえる。
普段は無音のこの場所。ノビ夫がいそいそと見回りに行った。
彼は台風とかでちょっとワクワクするタイプのプチ不謹慎野郎なので
こんな時もいそいそとしているのである。
しばし経って、帰宅。
ん、なんだなんだ?ちょっとうれしそうだぞ。

「タヌキとイタチがケンカしてた」


“…あるところにタヌキとイタチがすんでおった。
この二人はいつもどっちがたくさんドングリを集められるかを競って、たいそう仲が悪かったそうじゃ。”

頭の中で市原悦子さんがナレーションをはじめるが、気を取り直して
「どっちが勝ったの?」と聞いてみる。

「タヌキが優勢だったっぽい。
俺が近づいたことに気付いて、両方逃げていった。」

とんだ乱入者である。
そして、ノビ夫が冷静に観察してることにじわじわくる。

「最後、タヌキは隣の空き家に入っていったよ。」

“そいやっさ!”

今度は平成狸合戦ぽんぽこのオープニングが脳内再生される。
そうか、うちのお隣さんはタヌキだったのか。

それ以来、私たち夫妻の中で
お隣はタヌキのすみかということになっていて、
たまにごそごそ音や気配がすると

「今日は会議かな?」
「月が綺麗だから飲み会かもね」

というような会話が繰り広げられるようになった。
ぽんぽこの世界を想像して、ほっこりしている。

家の最期に興味はあるけれど、
せめてここに住んでいる間は彼らが雨風をしのげるように、もう少し頑張って長生きしてほしいと思う。
お隣がタヌキなんてなかなか経験できないよね。
今日も傾いた家の無事を確認し、安心して、私たちの一日が始まる。

お読みいただきありがとうございました!
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