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甘くないヨモギ餅はハルモニの味

 5月の初め、数か月ぶりに義両親の家を訪ねると、義母が何やら重そうな袋を持ってきてテーブルの上にドンと置き、「今から쑥개떡(スッケットク)を作るよ」と作業を始めた。

 重そうな袋の中身は、ヨモギとお米で作ったという粘土のようなかたまりだった。義母は数日前に山でヨモギを収穫して下処理し(おそらく洗って茹でて細かく刻んだと思われる)、水に浸してふやかしたお米と一緒に混ぜ合わせ、粉状にしたのだという。そこへ塩とお湯を入れ、こねて大きなかたまりを作り、私たちが来るまで冷凍していたのだった。

 義母は半解凍したそのかたまりに再びお湯を加え、こねなおし、平べったい丸型の餅を作り始めた。私と2歳の息子も、一緒に手伝うことにした。まずは大きなかたまりから1個分の分量をちぎり、手のひらでクルクルと丸めていく。思った以上に弾力があり、本当に粘土遊びをしている気分。

 「♪동글동글 동글동글 동글동글 동글동글〜(クルクル クルクル クルクル クルクル〜)」

 歌う義母の真似をして、小さな手のひらで餅を丸めようとする息子。でも、やはり難しいのか、まとまるはずの餅が徐々に砕けていった。その残骸を「ギャー」と言いながら自慢気に見せてくる…の繰り返し。

 「자, 다음은 이렇게.이렇게(さあ、次はこうして。こうやって)」

手のひらに乗せた丸い餅をもう片方の手のひらでパーンっと勢いよく叩き潰しながら、平べったく伸ばしていく義母。

 それを見て、両手をパチーンと合わせつつ「イロッケ、ウコッケ」と、義母の言葉まで真似をする息子。残念ながら彼の手の中の餅は全然きれいに広がらず、丸いままだったのだが、義母は「아이고 잘하네〜(あら、上手ね〜)」と褒めたたえ、2歳男児はにっこり。

 平べったくした餅は、さらしを敷いた蒸し器に並べ、しばらく蒸したら完成。そのまま食べてもいいそうだが、義母はよく冷ましてから、少しだけ自家製のエゴマ油をたらして食べるのがおすすめのようだった。

 ヨモギ餅といえば日本の柏餅が真っ先に思い浮かぶ私は、最初「塩しか入っていない」という義母の言葉に少しがっかりし、その味にさほど大きな期待を抱いていなかった。

 ところが、食べてみるとヨモギの香りが口いっぱいに広がり、控えめな塩気とエゴマの風味がまろやかに溶けあって、これはもう、ただのお餅というより1つの立派なおかずのよう。お腹が空いていたこともあって、ペロッと2つ食べてしまった。

 後から辞書で調べてみると、쑥개떡の쑥は「ヨモギ」を指し、개떡は「小麦のあら粉・そばの粉糠(こぬか)または砕け麦などをこね、薄っぺらにして蒸した粗末な餅」と書いてあった。義母は小さい頃から、春になるとこのヨモギ餅を作って食べてきたのだそうだ。

 「すごくおいしいものというわけでもないけど、栄養があって、間食として食べるにはちょうどいいでしょう?」と義母。帰り際、一緒に作って冷凍しておいたヨモギ餅を大量に持たせてくれた。

 正直言うと、家族3人で食べるには多すぎて「その半分でいいです」と言いたかったのだが、息子に「おばあちゃんと一緒に作ったお餅、明日の朝食べてみる?」と聞くと「うん!ハモニ、モゴヨー(おばあちゃん、食べるー)」と言ったので、ありがたく全部いただいて帰ることにした。

 国際結婚を機に韓国で暮らして4年。ヨモギ餅といえば柏餅だった私が、今回初めて「甘くないヨモギ餅もいいな」と思えたのは、それが想像以上に味わい深いものだったからという理由以外に、やっぱり、義母や息子と一緒に手作りしたからじゃないかなと思う。

 ただ「食べる」よりも、「自分で作って食べる」方がおいしさは倍になる。そして、「ひとりで」よりも「誰かと一緒に」の方が、作る楽しさも、味わう喜びも倍になる。

 お金さえ出せば、ほっぺたが落ちそうになるくらいおいしい食べ物がすぐ手に入る世の中だけど、自分の身体と頭をよく使い、家族や仲間と手間暇をかけて作った料理には、また別のおいしさと感動があるものだ。そして、作る過程での出来事や、食べながら交わした言葉までもが、その味と共に深く記憶に残る。

 今回初めて作って食べた쑥개떡(ヨモギ餅)は、「ハルモニ(おばあちゃん)と一緒に作った春の味」として、これからもずっと、息子の心に残り続けるだろう。

私のハルモニの味と言えば、2つある。1つは幼稚園に通っていた頃、母方の祖母が作ってくれたニラ雑炊。弟が生まれる前後、何週間も泊まり込みで家に来てくれた祖母のおかげで、私は5歳にしてニラのおいしさに目覚めたのだった。

そしてもう1つは、大人になってから泊まりに行くたびに父方の祖母が作ってくれた朝ごはん。艶々で甘い炊きたてのご飯に、ジャガイモとタマネギのお味噌汁、レタスサラダ、醤油味の卵焼き。いつ行っても毎回、同じメニュー。

祖母は「ごめんな。わたし料理下手やから、同じのしか作られへんねん」とよく言っていたけれど、あの朝ごはんは結構、いけてたと思うよ。ばーちゃん。

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