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貞慶『法相初心略要』現代語訳(七)五位百法について(下)

法相初心略要 下巻凡例底本としては『大日本仏教全書』第八〇巻(仏書刊行会、1915)を用い、訓点や文意の確認のため適宜京大所蔵本を参照した。 ()は補足、[]は文意を補うための補足で、いずれも筆者の挿入である。 〈〉は原文中の注や割書を示す。 【書き下し】次二十四不相応者一、得。人有り、金銀等の宝を得る時、能得は人なり。所得[1]は金等なり。能得・所得を離れて別の得の体無し。然るに亦た得の義無きにしも非ず。今此の得の義を取って得を立つ。聖道を得、無為を得る等、皆な之れに

    • 貞慶『法相初心略要』現代語訳(六)五位百法について(上)

      凡例底本としては『大日本仏教全書』第八〇巻(仏書刊行会、1915)を用い、訓点や文意の確認のため適宜京大所蔵本を参照した。 ()は補足、[]は文意を補うための補足で、いずれも筆者の挿入である。 〈〉は原文中の注や割書を示す。 八識心所相応の事 『枢要』略頌にいう。 「因八五数七十八、六皆五識三十四、果位諸識二十一」〈以上、引用〉。 [因位の第八阿頼耶識には五の心所、第七末那識には十八、第六意識は全て相応、前五識には三十四、果位の諸識は二十一]  第八識相応の五遍行

      • 足利直義の仏教理解と光厳院——「高野山金剛三昧院奉納和歌短冊」所収釈教歌について

         足利直義は足利尊氏のすぐ下の同母弟である。優柔不断な兄を支え、後醍醐との対決や室町幕府の成立に大きく寄与した。幕府成立後は兄・尊氏に代わって幕政を主導したが、やがて執事・高師直と対立、失脚。南朝方に下り挙兵して師直らを排除するも、最後は尊氏・義詮とも敵対し敗北。鎌倉に幽閉され、失意のうちに世を去った。  直義は為政者としての立場を強く自覚し、自らを顧みる謹厳実直な人物であった(森暁夫『足利直義』)。上記に掲げた和歌は『風雅和歌集』巻十七雑部下に採られた述懐歌である。深津睦

        • 貞慶『法相初心略要』現代語訳(五)阿頼耶識の認識対象、我法二空について

          凡例底本としては『大日本仏教全書』第八〇巻(仏書刊行会、1915)を用い、訓点や文意の確認のため適宜京大所蔵本を参照した。 ()は補足、[]は文意を補うための補足で、いずれも筆者の挿入である。 〈〉は原文中の注や割書を示す。 心が対象を認識する時の表象(行相)の事 『[成]唯識論』に云く、「[確かに、外界に物質的存在は実在せず、認識対象とはならないだろう。しかし、他者の心は実在するだろう。どうして実在する他者の心を認識対象としないことがあろうか。] [答える。誰が他者の

        貞慶『法相初心略要』現代語訳(七)五位百法について(下)

        • 貞慶『法相初心略要』現代語訳(六)五位百法について(上)

        • 足利直義の仏教理解と光厳院——「高野山金剛三昧院奉納和歌短冊」所収釈教歌について

        • 貞慶『法相初心略要』現代語訳(五)阿頼耶識の認識対象、我法二空について

          『明月記』の原本を見てきた その2 承久の乱の首謀者・尊長の顛末

           前回の投稿から数ヶ月が経ってしまった。2023年の6月〜8月に初頭にかけて東京国立博物館で『明月記』の展示をやっていた。読めないながらもガラスケースに貼り付いてなんとか読解していた中で「義時」の文字を発見。これは!と思いじっくり読むと、北条義時毒殺説で有名(?)な尊長逮捕の記事ではないか!と思い本来の目的であった古代メキシコ展そっちのけで興奮してしまった。  嘉禄元年九月二十六日条と思われる慈円入滅の記事に続く嘉禄三年(1227)六月十一日条は承久の乱の首謀者として指名手

          『明月記』の原本を見てきた その2 承久の乱の首謀者・尊長の顛末

          貞慶『法相初心略要』現代語訳(四) 五姓各別説、三性の一異について

          凡例底本としては『大日本仏教全書』第八〇巻(仏書刊行会、1915)を用い、訓点や文意の確認のため適宜京大所蔵本を参照した[2]。 ()は補足、[]は文意を補うための補足で、いずれも筆者の挿入である。 〈〉は原文中の注や割書を示す。 [五姓各別説について]五姓とは、 ① 菩薩 ② 独覚 ③ 声聞 ④ 不定姓 ⑤ 無姓 [の五つの種姓、先天的能力のことである。]  「[菩薩となる素質を持つ]不定種姓は必ず成仏する」〈以上、引用。〉[とある。][また、]『成唯識論』には「決

          貞慶『法相初心略要』現代語訳(四) 五姓各別説、三性の一異について

          貞慶『法相初心略要』現代語訳(三) 四分説について

          凡例底本としては『大日本仏教全書』第八〇巻(仏書刊行会、1915)を用い、訓点や文意の確認のため適宜京大所蔵本を参照した[2]。 ()は補足、[]は文意を補うための補足で、いずれも筆者の挿入である。 〈〉は原文中の注や割書を示す。 四分について[四分説とは、識が] ① 相分(知覚される客体。識が対象として現れること) ② 見分(知覚する主体。識が相分である対象を知覚すること) ③ 自証分(識の自体分。これが変化して見分・相分となり見分を認識する。認識したことを一連の行為

          貞慶『法相初心略要』現代語訳(三) 四分説について

          貞慶『法相初心略要』現代語訳(二) 三性説について

          凡例底本としては『大日本仏教全書』第八〇巻(仏書刊行会、1915)を用い、訓点や文意の確認のため適宜京大所蔵本を参照した。 ()は補足、[]は文意を補うための補足で、いずれも筆者の挿入である。 〈〉は原文中の注や割書を示す。 三性について[三性説とは、以下の通りである] 一、 遍計所執性 二、 依他起性 三、 円成実性 (一)遍計所執性 [遍計所執性とは、]凡夫の心が覚知する、色や声などの一切有[為]無[為][1]のすべて(諸法)である。これらは全て心の迷乱であって真

          貞慶『法相初心略要』現代語訳(二) 三性説について

          貞慶『法相初心略要』現代語訳(一) 三時教判について

          はじめに 解脱房貞慶(1155〜1213)の作とされる『法相宗初心略要』(二巻、続一巻)は唯識初学者に向けた梗概書である。法相唯識のすぐれた概説書としては孫弟子にあたる良遍(1194〜1252)の『観心覚夢鈔』や『法相二巻抄』が知られ、解説を付した名著も出版されている[1]。しかし、『法相宗初心略要』は一般には知られていない。そこで本稿では、自らの唯識理解を深めるためにも試訳を成さんとするものであるが、自然誤った解釈も多々あると思われる。諸大徳の指南を仰ぐところである。 凡

          貞慶『法相初心略要』現代語訳(一) 三時教判について

          『明月記』の原本を観てきた その1 慈円入滅の記事

           先日東博の常設展でやっていた、「藤原定家―『明月記』とその書―」特集を観てきた。ちょうど村井康彦『藤原定家『明月記』の世界』(岩波新書)を読んでいたので、古代メキシコ展そっちのけで大興奮で釘付けになっていた。「平成館混んでるから本館ちらっと覗いてくるか~」という安易な気持ちで常設展を覗いてはいけないのだ。  さいきんの展示は親切で、私のように草書やくずし字に通達していない者にもQRコードを読み取って翻刻を確認出来たりするのだが、翻刻があるのは残念ながら東博所蔵の断簡や軸装の

          『明月記』の原本を観てきた その1 慈円入滅の記事

          2020/2/19(水)

           今日は休みだった。今日こそは、美術館へ行こう、服を買おう、公共料金を支払おう、履歴書を書こうと想っていたのだけれど、結局唐突に憂鬱が襲いかかってきてなにもできずじまい。自分の悪い癖で、いろいろなことを先延ばしにしてしまって(現にこの駄文を打ち込んでいる今も優先されるべきゴミ捨てと入浴を後回しにしてしまっている)、その結果1日にいろいろなことをやろうとして結局どこから手をつけて良いかわからずになにもできないということが度々ある。 今日やったことといえば、日課であるアイドル部

          2020/2/19(水)

          中世の飢饉と人身売買——「うは太郎母人身質券」を読む

          2021年12月の史料講読会で発表したレジュメ。 『南北朝遺文』九州編第一巻、1165号「うは太郎母人身質券」を読みながら、中世の飢饉と人身売買について調べたもの。 概要 建武四年(1337)年の飢饉によって「わか身もかのわらはもうゑしぬへく候」という状況に追い込まれた「うは太郎か母」が大隅禰寝氏の分家である池端氏に、子息である「うは太郎」を質に入れて「らい九月」を限って一倍、つまり400文を返済することを条件に用途200文を借りた借用書。半年後の期限までに所当の代金を用意

          中世の飢饉と人身売買——「うは太郎母人身質券」を読む

          たのしい位相語

          位相語としての「慫慂」 先日、Twitterで(ツイッターの話題しかない人生、嫌すぎる)「佐賀駅でご旅行の中止を慫慂されました」というツイートが話題になっていた(よそさまのツイートに勝手にリンクを貼っていいものなのかわからないので貼らない)。   自分がわずかながら知っていた「○○(人名)の慫慂によって△△(行動)した」という用例から、何となく「ある人の強い勧めによって何かをする」くらいの意味だと思っていたけれど、実際に慫慂する/されているところを見たので驚いた。 『精選版

          たのしい位相語

          植木雅俊『差別の超克』

           もともと日本の中世史や思想、仏教美術に興味があり、仏教はこれらを理解するうえで避けては通れないと考え、2019年ごろから仏教の本を読み始めた。1年ちょっとで我ながらかなり読んだと思う。忘備録も兼ねて、読んだ本の中から特に勉強になったり影響をうけたりした本を何冊か取り上げたいと思う。   初回は植木雅俊『差別の超克』(講談社学術文庫)。自分が仏教思想の本を読むきっかけになった一冊である。もともと講談社学術文庫には強い思い入れがあって、仏教の本を読みたいと思っていた時にちょう

          植木雅俊『差別の超克』