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『風切り走る車はかく語りき』

『風切り走る車はかく語りき』 【超短編小説 056】

光一
「ゆきちゃん、少し顔色悪いけれど大丈夫?」

ゆき
「うん、寝不足だったからかな、少し車酔いした」

光一
「ちょっと休憩しようか」

ゆき
「ううん、大丈夫、あと一時間くらいだろうし、夕食の時間に遅れちゃう」

光一
「わかった、ちょっとだけ窓開けるね、空気入れ換えしよう」

ゆき
「ありがとう」

光一
「どういたしまして、でも無理しないでね」
「夕食の時間は、ずらしてもらえるよ、もう、この旅館の常連だしね」

ゆき
「うん」

ゆきは、目を閉じて窓から入ってくる風を感じていた。心地よい風が額の汗と胸やけのような息苦しさを消し去ってくれた。車は高速を降りて県道に入った。

ゆき
「ねえ、光一、涼しい風に当たってたら、気分良くなったよ」

光一
「よかったぁ」
「ゆきちゃんは、ちょっと働きすぎだね、連休の前は必ず残業だもん」
「僕は心配だよ」

ゆき
「そうだよね、いつまでこんな働き方ができるんだろう」

光一
「でも、この休みは、温泉入って、美味しいものいっぱい食べて、のんびりと自然を満喫して、ゆっくりしようね」

ゆき
「うん、そうだねぇ、何だかお腹空いてきちゃったー」

光一
「あと32分くらいで目的地に着くよ」

ゆき
「ねぇ、光一」

光一
「なに?」

ゆき
「なんか面白い話して」

光一
「でた!ゆきちゃんの無茶ぶり」

ゆき
「うふふ」

光一
「面白いかどうかは分からないけれど、この車に初めて乗った時の事覚えてる?」

ゆき
「えーなんかあったっけ?覚えてないなぁ」

光一
「そっか」
「初めて乗ったとき、ゆきちゃんコーヒー屋さんでアイスカフェラテ買ってきてたんだよね」

ゆき
「あー!はいはい、覚えてる覚えてる」
「急ブレーキでカフェラテ全こぼし事件ね」

光一
「そうそう、急に小学生が目の前に飛び出してきて、急ブレーキ掛けたら、ゆきちゃんの手からカフェラテが飛び出して全身カフェラテまみれになった話」

ゆき
「最悪だったね、誰に怒っていいか分からなかったし、しばらくずっとカフェラテ臭が、車内に充満していたしね」
「ティッシュをひと箱、全部使って拭くのも大変っだったよね」

光一
「そうだったね」
「僕はそのあとの、ゆきちゃんの一言が面白かったんだよなぁ」

ゆき
「えーなんて言ったっけ?」

光一
「カフェラテでびちょびちょの自分の姿見ながら、「全身ユニクロでよかったー」って言ったんだよ」

ゆき
「そうだ!不幸中の幸いだったって言ったね、わたし」

光一
「もちろん、それはそれでよかったんだけれどさ、僕的には、初めてのドライブで全身ユニクロかよ!って思ったよ」

ゆき
「あははははは、そんなこと思ってたのかぁ」

光一
「僕といるときに、リラックスしてくれるのは嬉しいけれどね」

ゆき
「じゃあ、今度は部屋着で出かけようか」

光一
「結構です。」

ゆき
「てことは、あれからもう2年経つのかぁ」
「早いね」

光一
「うん、早い」

ゆき
「いろんなところに行ったね」

光一
「一緒に進んだ距離は相当なものだよ」

ゆき
「お母さんが危篤の時に、泣きじゃくって何もできなかったわたしを実家まで送ってくれてありがとう。」
「お母さんの最後を看取れたこと、すごい感謝してるよ」

光一
「あの時は、本当に間に合って良かったね」

ゆき
「あとで、スピード違反の通知書が届いて罰金とられたけれどね」

光一
「そうだったぁー、オービスがあったの気付いていたけれど、減速しなかったんだ」

ゆき
「光一を選んで良かった」

光一
「なんだか、照れるなぁ」

ゆき
「我ながらいい買い物をしたな、見る目があるんだよね、わたしには」

光一
「はいはい、一生大切にしてくださいね、今さら返品不可ですから」
「まぁ、僕も、ゆきちゃん一途で、大事にするからね」

ゆき
「うふふ」

車は、あと300mメートルほどで旅館に着く。すこし細い山道を丁寧に進むと、今日宿泊する旅館の明かりが、遠目に見えてきた。時刻は17時30分、18時からの夕食に十分間に合う。ゆきは、ほっと一息ついて姿勢を正した。

光一
「あとちょっとで、目的地の旅館だよ、シートの位置戻すね」

ゆき
「うん」

光一
「ここからは、手動運転に切り替えるからね」

ゆき
「うん」

光一
「あと、会話モードもオフになるからね」

ゆき
「うん」

光一
「ゆっくり休暇を楽しむんだよ、ゆきちゃん」

ゆき
「うん、ありがとう、光一」

光一
「じゃあね、またね」

「会話モードヲ、オフニシマシタ」
いままで光一の声が発せられていたスピーカーから、機械的な女性の音声に切り替わった。

女性の音声
「手動運転モードデス、現地ノ交通ルールニ従ッテ駐車シテクダサイ。」

運転席の、ゆきは、車を旅館の車寄せに停めて降りた、すると、すぐに旅館の従業員が荷物を取りに来てくれる。高級老舗旅館の風格のある玄関に進むと、女将と従業員が六名ほどで女一人の客を出迎えてくれた。相変わらずこの旅館は気分がいいと思いながら、上がり框をまたいだ。

ゆきの車は鍵を預けた従業員によって、旅館の駐車場に移動していた。主が運転していなことに気付いている”AI会話モード機能付き自動運転カーナビシステム『KOU-1』”は、既に防犯モードに切り替わっていた。

《最後まで読んで下さり有難うございます。》

僕の行動原理はネガティブなものが多く、だからアウトプットする物も暗いものが多いいです。それでも「いいね」やコメントを頂けるだけで幸せです。力になります。本当に有難うございます。