【短編①】先生と明日から縁を切る

「誰がやったの?」

小学校5年生になったばかりの僕たちに向け、先生の罵声が教室に響きわたる。

女子のナプキンを盗んだ人がいる。

盗まれた女子は、ずっと泣いている。

盗まれたかどうかもわからないのに、盗まれたことになっていて、犯人探しをしている状況に疑問を抱く生徒はいない。

しかし、ナプキンを盗むなんて、とんでもない生徒がいたもんだ。

盗んだところで、どんな徳がある?

その女子のことが好きだった?

好きだったら、ナプキンを盗むのか?

ある男子から、好きな子のリコーダーをなめるという話を聞いたことがあるが、気持ち悪すぎて、それ以上は聞かなかった。

そういう衝動と似ているのだろうか。

「けいこちゃん、悲しんでいます。誰が盗んだの? ついさっきまでここにあったものが、この30分ぐらいの間になくなったの。とても困っています。けいこちゃんに返して、謝ってください」

もうすぐ放課後だ。

あぁ、早く犯人でてこい。

こんなことで時間取られているヒマなんてないんだ。

チャイムが鳴った瞬間に学校を飛び出して、家にバスケットボールを取りに行きたいんだから。

「ねぇ、みんなに迷惑がかかっています。誰かのせいで、みんなが疑われています。出てきてください」

先生の口調が強くなってきた。

普段、穏やかな人なので、怒っている口調のときはわかりやすい。

これ以上の険しい口調は聞いたことがなかったので、まだ出てこなかったらどうなるのだろうと、少し胸が躍った。

「わかりました。では、けいこちゃんのナプキン盗んだ人、あとで先生のところに来てくださいね。ひとまず、今日はこれで終わります」

チャイムが鳴る少し前ぐらいのタイミングで、先生は犯人捜しをやめた。

先生がさらなる激怒を生み、教室中を温めることはなかった。

まったく、ナプキンを取ったやつも、早く出てくればいいのに。

謝ればいいじゃないか。

僕なんて、どれだけ先生に怒られていると思っているんだ。

「ねぇ、今日はうちに遊びにこれそう?」

教室をそそくさと出ようとした手前で、ゲーマーのよしおに止められた。

よしおはゲームオタクで、やりたいゲームは大抵、よしおの家に行けばある。

「悪い。バスケしたいんだよ。スラムダンク読んで、シュート打ちたくてしょうがねぇ」

よしお「ふーん。そんなに楽しいかね、バスケ」

「お前がゲーム楽しいようにな」

そう言って、教室を出た。

すると先生が、遠くのほうからオレを呼び止めた。

「yusukeくん、ちょっといいかな?」

先生に呼ばれて、少しうれしかった。

もしかすると、犯人捜しの手伝いをしてほしいなどの相談ではないかと思ったのだ。

わんぱくで迷惑ばかりかけているけれど、先生と仲がいい自信はあった。

もし、お願いされるのであれば、全面的に協力しようと思っていた。

けいこちゃんも困って泣いていたし、クラスのみんなに迷惑をかけているヤツを、こらしめてやりたい。

先生は、オレを技工室まで連れてきた。

ずいぶん教室から離れたものだ。

「yusukeくん、犯人はあなたでしょう」

耳を疑った。

「あなた、おむつがなくなった話をしていたとき、ずっと目をキョロキョロさせていたわね。それでピンときたのよ」

目をキョロキョロさせていたのは認める。

ただそれは、早く犯人出てこいよと思い、まわりを見ていたにすぎない。

なぜ、オレが疑われなくてはいけないんだ。

「やってません、やってませんよオレ」

怒っているのか、怖いのか、疑われて悲しいのか、よくわからないか細い声で言った。

「本当に? あんなに挙動不審だったら、誰だってなにかあるって思うでしょう。正直に言いなさい」

さらに圧をかけてくる先生への信頼は、この瞬間にゼロになった。

もう二度と、この人に心を開くことはないだろう。

「やってません」

ただ、それだけを言うので精一杯だった。

「そうか。疑ってごめんなさい。じゃあ、誰なんだろうなぁ」

そんなの知るか。早く帰らせろ。

そして、明日からは心のない挨拶と、教科書の棒読みをプレゼントしてやるよ。

「もういいですか?」

僕は、頷いて何かを言った先生を振り切るように背中を向けた。

教室の前にある階段を降りようとしたとき、隣のクラスの女子が2人で何か話していた。

「切らしてて困っていたのよ。あとで返せば大丈夫だよね、きっと」

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