やがてそれが、私になる


人は自分が自分である事をどのようにして認識するのか。どこまでが自分だと思えるのか。
最近読んだ記事2本に呼応して書く。

自他の境界線

自分を認識するための行動としてよくあるのは、鏡を見る、自分の両手を見る、顔を触る等だと思う。
手というのは最も感覚が鋭い器官で、繊細な作業を行う時の使用頻度は言わずもがなトップレベルであるからアイデンティティが強く感じられるであろう。
そして顔に関しては手よりも強力だ。人間が識別材料として、人間の顔にいかに依存しているかは容易に想像が付くと思う。
自他を写真等で識別する際まず真っ先に見るのは顔だし、首から下の身体的特徴だけで自他を区別することは難しい。最も見慣れているはずの自分の首から下でさえ、その写真を写真を、似たような骨格肉付きの他者の写真に紛れこまされたら見分けるのは、余程普段から自分の身体を観察していたり余程の特徴がある者以外は困難だろう。

えー!?私たち、入れ替わってる?!系ストーリーでも入れ替わった直後、両手を見て、鏡に駆け寄り、顔を触る描写がよく見られる。(男性が女性の身体と入れ替わった場合の、直ぐに胸を触る描写には一定の嫌悪感が伴う)
自分が自分でない可能性が浮上した場合、それを確かめずにはいられないのだ。これはフィクションに限った話では恐らくないと思う。非常に非現実的だと認識しているが、現実でそういった事が自分の身に起きた場合、行動に移るまでの個人差は大きいと思うが、そのような行動に皆が出ると思う。
疑いが生じても一切確認せず、そのまま、のほほんとお茶でも一杯飲める輩がいたら尊敬に値する。


また、両者に共通して記述されていたのは、車、刀、楽器、眼鏡、洋服等、操るや一体化するといった動詞を後に並べる事が可能な自分以外の物体に関してだった。

車はハンドルを握り、思い通りに動かすことによって自分の支配下に置いて取り込む事ができるし、眼鏡は顔にかけた瞬間自分の顔や視力と一体化する。眼鏡をかけている事を、かけている間ずっと強く意識している者は余程の事がない限りいないだろう。
非生命体に限らず人間ですら高度な洗脳によれば自分の物にする事が可能だ。
そういった意味で自分以外の物体であろうと自分にする事はできる、といったことも書かれていた。

ここからは非生命体との一体化という点に深く言及しよう。このテーマに関しては連想される実体験があって、それらについて記述していく。

ミシンとシンクロする

専門学校でミシン作業を3年間学んだ。
ミシンというのはただ布を重ねて合わせて縫えばいい物ではない。1ミリのズレが最終的なクオリティに大きく関わる。
ステッチ(襟の端の表面を走るミシン糸)が1ミリ行き過ぎれば、装飾としての美しさに歪みが生じるし、特にテーラーカラーの上衿とラペルの結合点なんかは完璧に一致していなければ一気に野暮ったい印象になる。
洋裁経験者でなければ、ここまでの内容は伝わりにくいだろう。

とにかくそういったズレが生じないように、気という気を視覚、指先、そして右足の筋肉に集結させる。
ミシンと向き合ってるいる間、私は全てを忘却し感覚世界へと身を投じる。暴走するかしないかの限界まで神経という神経が増殖し、触手のように私と機械に絡みつく。
次第に視界は揺れ、意識は逃げようとする。
それらを堪え、見つめ続けると手首から先とミシンのボディが融解し、絡められて再構築されたような感覚に陥る。

その間、私は手首から先がミシンに改造されたサイボーグであるし、酩酊とも言える緊張を解けば、指先にまで血の通った生身の人間に戻る。
私はミシンを始める前までの記憶を取り戻し、目の前には作業が進められた作りかけの服が出現する。

トロンボーンと歌う

ミシンは、「私がミシンを取り込む」という感覚に近いが、トロンボーンを演奏していたときは、楽器に私が操られるという感覚に近い。
中高と6年間吹奏楽部で活動していたが、中学のいつからか、肺、腹筋、腕、唇が勝手に動くようになってきた。
初見で何度も吹き込んだかのような卓越した演奏をする技術は私にはないので、曲の難易度にもよるが、暗譜しスライドのポジションの流れを掴むまでは、考えながら反復練習する。そうしているといつしか思考する私はどこかへ行く。
テニス教室でコーチと同じ一つのラケットを握り、コーチが腕を振ることによって自身の腕も振られている生徒のごとく、私は楽器に指を握られ、傀儡演奏の気流供給機になる。

ミシンには私から働きかけるしサイボーグ化するような感覚だが、トロンボーンに関しては向こうから働きかけられたし私の声帯がより不自由になったような感じだ。


あともう一つ、衣服、ファッションについても言及したいが長文になりそうなので別記事で公開できたらと思う。



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