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あたしと右腕の魔法 第6話

「先にパパと行っていて」
 ママへ返せばバス停の向こうで、見つかってしまったって言わんばかり頭は引っ込んでる。だからって逃げるのはちょっとやり過ぎじゃないかしら。あたしは弱い重力の中、ホップ、ステップ、ジャンプ。そんな相手の前へ飛び込んでやった。
「よかった、ここにいたのね、ロボ」
 とたん、わあわあ、言って必死に顔を隠そうとするロボは、絶対何か勘違いしてるみたい。
「何してるの、あなた」
 白い目が隠せない。
「じゅっ、呪文が見つかってしまっては、大変でございますからっ。ですがロボはオーキュ様のことも心配で、ついぃっ」
 やっぱり。
「なんだ、そんなこと? もう大丈夫よ」
「へ?」
 教えてあげればもがくみたいだったロボの動きも止まってた。
「呪文も組んだ魔法使いも見つからなかったし、これからも見つからない。アフトワブ社の社長さんは、そうしたいみたい。だから知ってるのは……」
「ここにいる三人と、お嬢さんにロボだけだ」 
 言いかけたところでその先はさらわれる。あたしは驚きロボから視線をずらしてた。そこにアッシュッとハップ、それから先輩は現れる。
「オーキュ様がポリスステーションにおられる間、色々とお世話になっておりました」
「愉快なロボットさんね。祖母がとても喜んでたわ」
 なにがあったのか知らないけれど、ロボの肩に手を添えて微笑む先輩はもう、家族写真か何かを見てるみたい。
「そんなこんなでほら、色々エキサイティング過ぎたから呪文のことなんて忘れてしまいそうよね」
 ままに「フフフ」と笑う先輩はやっぱり「魔法使いはお人好し」の代表に違いないと思う。ならフン、ってハップも鼻から息を抜いていた。
「魔法使いも魔法も、ボクが興味なんて持つわけないだろ」
「企業側が魔法使いたちから搾取するつもりがないなら、こっちはそれで十分だからね」
 アッシュもアッシュでいつの間にか、ダブルイのお父様、つまりアフトワブ社の社長と話したみたいな言いようを披露してみせる。
「ではわたくしはまた、オーキュ様と一緒にいても大丈夫なのでございますか?」
 恐る恐る最後にロボが確かめていた。
 どうしてこういう所は頭の巡りが悪いんだろう。あたしはちょっとムッ、として、それから答えてあげることにする。
「もちろん。決まってるでしょ。あなたはおばあちゃんが残してくれた、あたしの大事な魔法アイボウなんだから」
 その魔法は使えないけど、そばにいてくれる限り聞きたかったおばあちゃんの言葉は聞えてくるような気がしてならない。聞える限り、きっとまたあたしを別の魔法使いにしてくれる。
 それじゃ。
 ってみんなに手を振りかけて、思い出せたのはとても大事なことだった。
「あああっ」
 あがる声を止められない。
「ど、どうされました、オーキュ様」
 けど、そのための魔法はあたしにもうなくて。
「たいっ、へんっ。ここまで乗ってきたレンタル船、どうしようっ」
 オービタルステーションに停泊させたままだった。
「地球へはご両親と帰るのかしら?」
「はい」
 たずねる先輩へあたしは眉をさげ、口元へ指を立てた先輩は少し考えを巡らせて宙を見上げる。
「わたしには無理だけど、代りに地球へ飛ばせる魔法使いなら紹介できると思うわよ」
 あたしはすぐさまお願いします、って頭を下げてた。ならさっそく探して先輩は、呪文を唱えながらあたしたちから離れてゆく。
「まだ魔法は戻ってこないのか?」
 入れ替わりで眉を寄せたアッシュがあたしを見ていた。どうしようもないあたしはその顔へ、肩をすくめてただ返す。
「たぶんもう。今はあなたよりないかもね」
「とんだ初仕事になったってわけだ」
「あなたに言われたくないわよ」
 そりゃそうだ、ってバツ悪そうに頭を掻くアッシュは少し迷う素振りを見せたその後で、こう口を開く。
「だったらどうかな」
 意味が分からずあたしは瞬き返してた。
「何が?」
「多少なりとも責任はある。だから、一緒にどうかな」
 止めてパチクリさせていた。
 そんな互いの間を不意に冷たい風は吹き抜けてく。
「調査員の見習いから初めてみるっていうのも、どうかってことさ」
 とたん「あ、思い出した」なんて声を上げたハップがロボを引っ張り、どこへ行くのか歩き出した。
「あたしが?」
「細かい雇用条件は急だから提示できるものがない。まあ出来高制ってところだから、実入りは自分の技量次第ってところかな。それに」
 もうひとつ何かある、ってところでアッシュは一息つく。
 何だろう、ってあたしは首をかしげてた。
 だのにらしくなく、いつもなら失礼なくらいポンポンと飛び出してくる言葉はなかなか出てこない。やけにもったいぶる意味をはかりかねて眉もまた詰めたなら、その時だった。目の前に、ふわふわとそれは降りてくる。唐突なのに軽やかなその動きを無視するなんてできなくて、あたしの目は間抜けなくらい自然とそこへ寄っていた。
「あ……」
 潰したくなくてそっと手を出す。
「雪?」
 気づいたアッシュも空を仰いだ。
「ほんと。すごい」
 そういえば管理員さんが教えてくれていたっけ。
 なんて素敵な、これも魔法。
「おいおい、世の中とんでもないな。月に雪が降るのかよ」
 なら離れたところから、降り出した雪に驚くハップとロボの声が聞こえてくる。知らせて駆け戻ったなら、船を地球まで運んでくれる知人を見つけた先輩も戻って来てた。無事、お願いすることができたところでパパとママのことを思い出す。あんまり待たせて、また心配させるのもほどほどにしておかないといけない。 
 あたしはロボを引き連れる。
「考えておく。もらった名刺で連絡するかも」
 アッシュへと返した。
 なら、そうか、なんてアッシュの返事はどこか愛想がない。
「あれ、アッシュ、フラれたの?」
 ぐふふふ、と不気味にハップが笑って、その頭へ拳を落とすアッシュやみんなにあたしは頭を下げた。
「いろいろありがとう。先輩も本当にお世話に、いえ、ご迷惑おかけしました」
 上げて名前を呼びつける。
「ロボ、行くわよ」
 けど初めて見る雪にご執心なロボは聞いてなかったみたい。
「あ、お待ちください、オーキュ様ぁっ」
 遅れてあたしの後を追いかけてくる。
 あれ、そういえば。
 そうして歩くほどに感じたのは、おっちょこちょいなあたしの勘違いなんかじゃないと思う。だって魔法使いだと思っていた頃よりあたしって、魔法を使えてるって感じられるから。
 だからみんなが笑ってる。
 ね、そうでしょ。
 ありがとう。
 大好きな、おばあちゃん。

おしまい