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ACTion 46 『My Body』

 『アズウェル』へ足を踏み入れれば、清算カウンターにはぐったり力を失ったボーイが二体、横たわっていた。厨房からはくぐもった呻き声が聞こえ、デミたちは取り急ぎ介抱に向かう。そこへ警察はなだれ込むと、デミは現場検証に付き合うこととなっていた。
 そうして何が起こったのかを話し、二人の捜索を願い出たところで警察の反応は鈍さを極める。彼らが言うに理由はアルトとネオン、双方のIDが確認できないため、とのことだった。つまり二人は公に存在しない存在であり、したがって拉致は成立せず、事態はただ船賊たちが『アズウェル』へ押し入り、従業員に怪我を負わせたに過ぎないと言うのである。むしろ存在しない者を探すなど警察業務の範疇にない、というのが彼らの言い分だった。
 確かに盗まれたモノもなければ、もう船賊が立てこもっているわけでもない。デミたちにはそれ以上、食い下がることはできなかった。
『おかしいよ!』
 『アズウェル』の営業時間さえ過ぎた深夜。客席に転がっていた靴をデミは不満の限りに蹴り上げる。これで終わりと立ち去れるはずもないデミにトラ、ライオンは、奥の事務所で事後処理に追われる店員共々、一段落ついた店に残っていた。
 だが事態は靴に当たるしかないほど手詰まりだ。
 だからこそ唐突に頭を下げたのはトラだった。
『すまん、デミ坊。原因はわしにある』
『どうして? おねえちゃんはフェイオンまで来れたんだよ。ジャンク屋だって、お仕事してるしさ。IDがないと長距離移動なんて出来ないのに。あんなの、お巡りさんの方がおかしいんだ。おいちゃんが謝ることじゃないよ』
 デミはなおさら憤慨し、トラが認める様子はなかった。
『ジャンク屋の事は分からん。だがネオンのことは全てわしのせいなのだ』
『その言いようでは、手助けのしようがないぞ、テラタン』
 見かねたライオンが説明を求める。声に振り返ったトラは、まるで痛いところを突かれたような顔をしていた。再びふたりへ背を向けると、紡ぎ出す言葉のままに両の拳へ力を込める。
『ネオンは……、ネオンは、わしがギルドオークションで買った、ヒト臓器の転売用ボディーなのだ』
『お、おねえちゃんが転売用のボディーっ?』
『なん、と』
『もちろん出所不明の闇取引だ。楽器はポッドに放り込まれていた。IDなどあるハズがない』
 隠そうとしても隠しきれない背中をこれでもかと丸め、トラはふたりの視線から逃れるようにカウンターへ歩み寄っていた。
『ネオンは、わしが持たせた売り物の偽造IDで移動していた。事故が起こればこうして捜索対象からもれることも知っていた。知っていて演奏に出していた。全てわしのせいなのだ』
 あまりのことに開いたままとなっていたライオンの口は、ようやくそこで閉じられる。
『金のためとはいえ、非人道的にもホドがあるぞ。違法どころか臓器転売ボディーを蘇生するなど、悪趣味としか思えん』
 吐きつけられてトラの目が、シワの向こうからライオンを盗み見た。ブルンとシワを波打たせる。
『ええい! 今ここで知り合ったような貴様に、ああだのこうだの言われたくないわ!』
 その時だ。『アズウェル』の正面入り口、エアシャワーブースのドアは開いていた。不意を突かれて誰もがドアへと振り返る。そこにひょっこり姿を現したのは楽団員で資料館の館長、エンシュアだ。
『デミはここか?』
 まだ赤い民族衣装を着たままのエンシュアは、ひどく慌てた様子だった。続けさまにこうも、鼻溜を振る。
『サスがお前を探しているぞ!』
 ならどこに、と問うまでもない。エンシュアの背後から見知らぬ『デフ6』に支えられ、サスはは運び込まれていた。
『おじいちゃん!』
 目にしたデミが駆け出してゆく。
『ご老体!』
『サス!』
 連なりトラにライオンも床を蹴りつけていた。
 そんなサスはどこで何をしていたのか砂塵まみれだ。それはもう身にまとった衣服の色を消し去るどころか、サスすらも消し去りかねないほどだった。足は冗談かと思うほど力なく空を切り、様子は疲労困憊の文字がちょうどでもある。
『おじいちゃん、しっかりして! それともどこか怪我してるの?』
 見知らぬ『デフ6』の反対側へ回ったデミが、サスを支えて呼びかけた。休ませるべく、とにもかくにもふたりがかりで手近な浮島個室を目指す。
「……あ、あぅとは」
 引きずられるようにして歩くサスは、そのとき何事かを訴えた。しかも商売がら平素は使うことのない現地語である。だというのによく聞き取れない。デミは耳をそばだてる。
「え、何?」
 だがサスの言い分はいっこうに的を射なかった。
「俺が見つけた時から、こんな調子なんだ」
 見知らぬ『デフ6』が見かねてデミへ鼻溜を揺らす。
「おじいちゃんをどこで?」
「砂漠の真ん中さ。そこでぶっ倒れてた。基地跡へ向かうのに、よく間欠河川沿いのわだちを使うだろ? あの途中だったんだ。びっくりしたぜ。死んでるのかと思えばとにかくここへ連れて行けって、すがりつかれたんだから。俺が見つけてなきゃ今頃、埋まってた。おかげで彼女とのデートも台無しになっちまったよ」
 どうしてそんなところへ、とデミは眉をへこませた。
「そうだったんだ。ごめんね」
 謝り、辿り着いた浮島個室へふたりがかりでサスを寝かせる。
「いまさら、もう、どうだっていいよ」
 役目を終えた見知らぬ『デフ6』は、サスの傍らから抜け出してゆく。店を後にしていった。
 逃げ出すさい、放ってゆかれた忘れ物のコートを丸めて枕代わりにする。サスの頭の下へ突っ込んだなら、トラは静かに呼びかけていた。
『サス、聞こえるか? わしだ。トラだ。一体、こんなになるまでどこにいた?』
『基地跡へ向かう途中の砂漠で見つかったんだって』
 造語でデミが振りなおす。
『基地跡だと? わしはそこに船を置いてきたばかりだぞ。そんなに近くにサスはいたのか』
 トラは目を丸くしていた。
『基地跡? もしやそれは軍か?』
 すかさずライオンも説明を求める。
『そうだ。町外れの施設で今はもう誰も使っていない』
 なら過るものはこれしかない。
『ジャンク屋が追われている理由を調べると言っていたが、そこで……』
 デミへと視線を投げた。それだけで察する辺り、やはり秀才か。とたんデミは伸び上がる。
『そうだよ! あの船賊はおかしいんだ。軍の装備を身に着けてたんだもん。関係があるからおじいちゃん、調べるために施設へ行ったのかもしれない』
『違う、それどころではないんじゃ!』
 と、どこにそれだけの力が残っていたのか。かぶった砂塵をふりまきガバリ、とサスは起き上がった。トラにデミは驚き、ライオンだけがそんなサスへと身を乗り出す。
『ご老体、何がどうされた? 我々も尋ねたいことがあって帰りを待ちかねていたところなのだ』
 だがサスには聞こえていないらしい。
『アルトは、アルトはどこにおる! わしはアルトに話が……!』
 喘ぐように鼻溜を振ると、その先をむせて濁した。
 様子にやはり、と顔を見合わせたのはさんにんがさんにん共だ。
『おじいちゃん、今、ジャンク屋はここにはいないんだ』
 デミが意を決したように口火を切った。
『船賊が、ネオンと共に連れ去った』
 ライオンも後に続く。
『なんとか取り戻そうとしたのだが、わしの力が及ばなかったことは残念でならん』
 トラも首とシワを振ると最後にうなだれた。
 言う顔をサスは追いかけ、これでもかと両膝を叩きつける。
『……っかぁあっ!』
 それきり天を仰いでごろり、浮島個室へ体を投げ出すと、固く両目を閉じて唸った。
『遅かったか、すまん、アルト!……』
 そこから先、言葉は現地語とも造語とも区別はつかず、やがてイビキへ変わってゆく。
『お、おい、サス?』
 デミたちこそ目をパチクリ、しばたたかせていた。見下ろすトラが代表して、サスの体をおっかなびっくり揺すってみる。無論、サスが目を覚ますことはなかった。その体からフワリ、砂塵だけが舞い上がる。