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ACTion 43 『Shoot Down』

「……てっ! 助けに来てくれたんじゃないのっ?」
 思うのもムリはない。いや、どう考えてもそうとしか思えなかった。だが構図は全くもってそぐわず、そぐわぬままにアルトは、よりいっそうの力でネオンの喉元を締め上げる。そこに、これが芝居でも冗談でもないことを示して殺気さええもを漂わせた。
 必要とあればトリガーは引かれる。
 いや、そもそ何を取引きしているのか。
 何かの間違いだとしかネオンには思えない。
 訴えて力の限りもがいていた。こめかみへ、スタンエアはひときわ強く押しつけなおされる。

『正面、極Yが対象の確保を開始。退避する客の影で、通用口からでは対象が確認できない』
 極Yがスパークショットを振りかざした瞬間、動揺は波紋にも似た動きで客席の間へ広がると、逃げ出し始めた客に分隊長の視界は遮られていた。
 かと思えば厨房の扉は開け放たれ、裏口を張っていた部隊から『極Y突入』の通信と共に極Yたちは踊りこんでくる。のみならず、正面の部隊からも報告は入っていた。
『正面、入店。対象の姿を目視で確認』
 分隊長はエアシャワーブースへ頭を振る。そこでエアシャワーブースは彼らの存在を示すと、開いたドアをゆっくり閉めなおしていた。
『了解。対象から目を離すな。極Yがしくじったときは我々が確保にでる』
『対象とは、どちらだ?』
 言い放てば、そにシャッフルの問いかけは重なる。
『確保対象です。別体はまだ見当たりません』
 正面部隊がシャッフルへ返し、聞きながら分隊長は別部隊へ指示を投げた。
『先発隊、裏口と合流しろ。厨房からなだれ込んだ極Yの監視を続行』
 なら耳にしてシャッフルはがなり立てる。
『フェイオンのことがある。奴らならやりかねん。絶対に対象は焼かせるな!』
『了解。これより視界確保のため客席へ出る』
 分隊長は連れそう分隊員へ合図を送った。観葉植物の葉陰から身を離し、向こう側へと回り込み、いまだ客席の間を後方へ逃れる客をかわしながらフロアを進む。
 と、その時だ。分隊長の傍らから、おもむろに何者かの影は飛び出していた。それは思うがまま群集をかき分け床を蹴り、衝立のない客席へ飛び上がる。
 あまりにも目立つ挙動に振り返っていた。おのず発した声は大きくなる。
『いたぞ! 客席側より別体、接近!』
『裏口、確認!』
『正面、確認』
 店内の全分隊員が即座に反応していた。
 あいだにも浮島へ飛び上がった別体は、すでに二つ、三つと蹴り渡っている。
『別体のスタンエア所持を確認』
 声は、正面入り口に控える部隊からだ。
『そのリミッターは外されているぞ!』
 シャッフルが怒鳴りつけた。
 前で、最後の浮島を蹴った別体は極Yへ踊りかかってゆく。
『くそっ』
 吐き捨て分隊長は、半分ほども進んだところで足を止めた。同時に、ダイラタンシーベレットのショットガンを持ち上げる。照準越し、わずかに揺れる銃口を制し、別体へ狙いを定めた。がしかしトリガーを引ききらぬうち、くるり身を翻した別体は対象を盾と抱え込む。その影へ身を隠した。
『別体が対象を盾に取った』
 投げ捨てるように照準から目を外す。
『正面、別体は極Yへ動話を綴っている模様』
 頭蓋内で別角度からの報告を聞く。
『きさまら、それ以上、近づくなッ。近づけば、こいつの頭を吹き飛ばすッ』
『裏口からでは、別体は完全に対象の影です』
 おっつけ別体の怒鳴り声は響き、厨房前の部隊が手は出せない、と報告した。聞きながら分隊長もまた、見える場所へと客席内を回り込んでゆく。
 その間にも別体の放つ動話に揺れ動く極Yたちが、半歩、一歩と、対象らとの距離を詰めていった。何を話しているのか、動話を読めない分隊長には何も分からない。だが飛びかからんばかり身構える極Yの背から、冷静さが失われている事だけは読み取れた。
『極Yの誤射に警戒!』
 促し、早口に言い放つ。
『正面、別体の背後を取ったのかッ? 奴にも対象を撃たせるな!』
『やっていますが、極Yが邪魔で視界が確保できません』
『できませんじゃない、今すぐやれッ!』

 ひっきりなしに、アルトの手は何かの形を繰り出し続けている。見て取ることはできなかったが、耳元で忙しなく動く手ひらの気配と伝わる振動が、ネオンにそう教えていた。そのたびにじわり、船賊たちは囲む輪を小さくしている。
 間合いにアルトは、何らかの取引を行っているのだろうと思えた。それがこの危機的状況を打破するためなのか、穏便に収めるためたのかは全く不明だ。しかしながらどう考えてみたところで、どちらかの引き金が引かれなければこの場はおさまりそうになく、そしてどちらが引き金を引こうともネオンにとって、ありがたい結末にはなりそうもなかった。
 と、何らか形を繰り出し続けていたアルトの手が、ひときわ大きく振り捨てられる。
 つまり交渉決裂か。
 証明して厨房前だ。船賊たちが一斉に床を蹴りつけた。
 それ以上近づけば頭を吹き飛ばす。
 言葉がネオンの脳裏を過る。
 気付いたアルトもネオンを引き付けなおした。
 

『撃たせるな!』
 目の当たりにして分隊長は声を上げる。
 受けて強硬手段といわんばかり、視界確保に苦戦していた正面入り口の部隊が極Yの間へと割り込んでいった。もちろん押しのけられた極Yたちもまた、対象へ前のめりになっているところだ。多少、押されたところで気づく者など誰もいない。その隙間に別体の無防備な背中はのぞく。

 バンッ。
 傍らで、カウンターが硬い音を立てていた。
 間を置くことなくまた鳴り響き、厨房扉前に飾られていた花が花びらを散らす。
 かと思えばネオンの背に、鈍い衝撃は走っていた。勢いに体は前へ放り出され、倒れ込む寸前でどうにか踏み止まる。
 ままに、なにごとかとアゴを引くと振り返っていた。
 アルトだ。
 おぶさるようにもたれかかる頭はそこにある。かと思えば力なく、体はネオンの背から滑り落ちていった。床へ転がり投げ出された腕から、スタンエアは飛んで床を滑る。
「……なに」
 光景にネオンは釘付けとなった。
 体を、次から次へ船賊たちは押さえつけてゆく。
「なっ、なにするのよっ!」
 その場から力任せと引き剥がしていった。
「離してっ、離しなさいよっ!」
 両の手足を振り回して、ネオンはこれでもかと暴れる。だが相手はそれごときでどうなるわけもない数と力だ。かなうはずもないままに、エアシャワーブースへ引きずられてゆく。
「アルトっ!」
 叫んでいた。
 眠るでもなく、ただまぶたを閉じたアルトはそこで、どこか無機質と横たわっている。
 肩を、歩み寄った船賊が蹴り上げていた。そうして転がした体を眺め、踏みつけ固定した顔をさらに念入りと覗き込む。
「ちょっとっ! なによ、少しは丁寧に扱いなさいよっ!」
 噛みついたところで船賊が気に掛けることはない。スパークショットを握っていない上二本の腕で、ただ周囲へ動話を繰り出す。
 従い、取り囲んでいた船賊の中から二体が前へ進み出ていた。アルトの両足を取ると外へ引きずり出してゆく。連なり、残る船賊たちも退却していった。怯える客たちをそれぞれにひと睨みすると、他言は無用ときびすを返す。

『極Y、対象と別体を確保。撤収します』
『いや……、よくやった』
 シャッフルの口調に力がないのは、恐らく例のクセでその顔をひとなでしているせいだ。
『我々も撤収する』
 いつもの低い響きで分隊長もまた、分隊を誘導する。『了解』の声は方々から頭蓋内へ返り、店内でわずか風景もまた揺れ動いた。液化したダイラタンシーベレットの白いシミだけを残すと、そぞろに『アズウェル』を引き揚げてゆく。