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今日の僕を明日の君へ(10)

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 賛成派から反対派への蔑称は、リーダー提案の「おセンチ」が満場一致で採用されたが、反対派から賛成派へは難航した。人命軽視の比喩で「七三一部隊」、政府への盲従を批判し「汚れた太鼓持ち」、歴史を忘却しているという意味で「黒い痴呆」、いろいろな案が出たがしっくり来ることはなく、これ以上は時間の浪費だと判断が下り、経済重視の観点から出た「汚金の亡者」が採用されたが、「もっといいものが出てきたら、そちらを推していこう」ということになった。
 汚染値見直しが始まれば注目が集まるであろう与野党の有力政治家や、または有力ではないが声だけはデカい議員、何にでも口を出す識者、その道の専門家、防染運動に従事していた文化人、社会派のネタを好む芸人や、慈善活動に熱心なミュージシャン、頭を良く見せたい俳優などがリストアップされ、担当が割り振られた。これまでの業績と共に、過去の言動を掘り起こし、彼らが発するであろうメッセージを補佐、または妨害することになる。
 会社からは過去最高の予算が配られ、新たなドメインを買い漁り、または有償での譲渡を持ち掛けて、英語や中国語で学会のホームページやニュースサイトを新規に構築した。既存の論文や小論をAIに書き換えてもらい、自前のサイトだけではなく、外部にもお願いして掲載してもらう。また、売れない役者に演じてもらい、白衣やスーツ姿を撮影し、それを加工して白人の医学博士に変更、「現在の基準値でも健康を害する可能性が高い」という告発動画を作成する。医学博士をフューチャーするタイミングと、捏造であることを暴露するべき時期については、賛成派と反対派の担当者、両方で意見を出し合う。
 基準値について懐疑どころか、汚染というものが存在しないと主張するサイトを厳選し、「宇宙人による陰謀」「瓦解などなかった」「マスコミと癒着した医療業界の作り話」と主張する彼らのフックアップを図る。「汚染値という概念は、ガニメデ星人による地球のテラフォーミングの隠れ蓑である、なんて言っている人間が、急にアクセス数が伸びても、怪しんだりしねーよ」と言うスタッフもいたが、「いきなり増えたら、宇宙人に見つけられた、って警戒するかもよ」という意見を尊重し、AIに管理させているアカウントを使って徐々に閲覧や、「いいね」を増やしていくことにする。
 これまでにない長丁場の作業になることが見込まれ、もっとも恐れたのはネタ切れやマンネリ化で、国民の関心が薄れてしまうことであった。移ろいやすい人々の集中力を維持し続けるには、または一旦固着してしまった興味を引き離すには、切れ間なく花火を打ち上げ続けなくてはいけないが、似たような大きさ、色、形状では、見透かされて、飽きられてしまう。俯瞰してみれば同じ花火の使い回しであっても、それに気が付かれないように変化を加え、一定のパターンに落らないように気をつけて、逆にアクビを誘うように定番を見せつけてからの大技を繰り出す。
 こうして手を変え品を変え、趣向を凝らしてオーディエンスに奉仕すると同時に、オーディエンスを自前で用意することも重要である。自らの記事を目立たせるだけでなく、賛同者への承認欲求を高め、敵対人物へのコメント爆弾を送るツールとして、汎用性は高い。
 記事をつくるのもAIで、それを評価するのもAIとして、永久機関を夢想し、また、それに挑むスタッフは少なからずいたが、いまだに成功した者はいない。所謂、「魂の壁」問題。
 技術は日進月歩であり、カスタマーセンターの電話では、大事にならないさじ加減でAIは言い間違いをして、会話に支障を来さないように咳をするようになり、オンライン対戦では相手の力量に応じて駆け引きを行い、自然な形でミスを犯すように仕組まれている。電話や対戦の後に、今の相手がAIであるか人間であるか、アンケートを取ったところ、七割が人間、三割がAIと答えた。ちなみに、人間が相手をした後のアンケートでも、ほぼ同じ数字、七割が人間、三割がAIであったと答えている。
 満足度調査においては、AIであれば電話応対へのクレームやプレイスタイルへの反感は極力抑えられて、優秀な成績が残る一方で、強烈な感謝や感動が生まれることもない。どのようにチューニングを施しても、人間を装ったAIでは、良くも悪くもリアルな人間に大きな影響を及ぼすことが出来ない。だからこそ、会話から不自然さが消え去った現在でもAIをパートナーとする恋愛の需要が高まることはなく、LCのような仕事が生き残る余地がある。
 AIに作成させた記事に、AIアカウントで大量のコメントを残して、これが最新のトレンドだと演出しようとしても、リアルな人間に広く深く浸透することはない。「魂の壁」問題が克服できない以上、やはり人力に頼るしかなく、影響力の強いアカウントと関係をつくるのは重要ではあったが、著名人であれば、最近は警戒心も強く、またモブたちと適度が距離を保つことこそがブランドの維持に重要であるから、容易ではない。
 そこでAIアカウントをつくるように、生身の人間を躾け、誘導し、一つの凝り固まった思想傾向を身に付けさせ、ある界隈の熱心な信者、または熱烈な活動家に、あわよくば一家を構えるまでに成長させる。政治芸能スポーツ文化、その人間に最適な分野を見極めて、外からのサポートで長所を伸ばすだけではなく、短所も伸ばしてやる。人力とAIを駆使して二重三重に囲い込み、凡庸を許容し、奇説を褒め上げ、暴論を焚き付ける。正確であることを求めず正当であることを求め、一貫性を軽視し即興を重視し、此方には無制限に寛容で彼方には無期限で厳格に接し、仲間内だけで通用する言語を駆使するようになれば一人前である。
 そういった人材を、偏りなく多数プールしておくことが浸透度と業績に直結するので、日々、既存の手駒のメンテナンスを怠らずに、そして新人の発掘を目指す。「養殖」と呼ばれている手法について、おそらくは考案者だと思われる首藤さんは、技量もずば抜けていた。社長が発掘し、育てた人材の中には、国会でも取り上げられた煽動者や、海外セレブにもファンがいる慈善活動家、地方の首長に就任した聾唖者がいる。
 最早出来上がってしまっている成魚をコントロールするのは難しく、養殖の対象は稚魚のみで、SNSに登録されたばかりのアカウントを探し出すのは、フリーのツールを駆使する。
 首藤さんが狙いを定めてから、一人前の手駒へと導く経緯はSNS上でオープンに進行するので、後になって勉強の為に後追いすることは出来たが、単なるフォロワーから、ちょっとした雑談で親近感を抱かせて、徐々に距離を詰めていき同志的な結合に至るまでの要所要所のタイミングの見極めは巧みではあるものの、工程自体はオーソドックスであり、目を引くような独創的なアプローチは見受けられない。
 膨大な稚魚の群れから素質を選び抜く眼力と嗅覚について知ろうと、「どうやって、「これだ!」っていうアカウントを見つけるんですか?」とスタッフの一人が首藤さんに質すと、まるでブタ箱の劣悪な回線環境のように、画面の動きが止まった。生まれつき勉強が得意な者に向かって、勉強のコツを聞き出そうとする愚かさと一緒で、出来る人間は、なぜ出来るのか知らない。自らの過ちに気がついて、恥ずかしそうに、うっすらと笑っていた質問者へ、首藤さんは、「ボクサーがリングに上がるのは、お金の為かもしれない。栄光を欲してかもしれない。いろいろな人間関係のシガラミかもしれない。自らの限界を知りたいからかもしれない。いろんな理由があるし、一つの言葉に還元できず、複数の要因があるかもしれない。本人が自覚しているかもしれないし、自覚していないかもしれない。自覚しているつもりで、実は、それが主たるモチベーションではないかもしれない。いずれにしろ、どんな理由があろうとも、傍らにいるセコンドがするべきことは、リング上のボクサーが勝てるように全力サポートすることだ」と答えた。熟考の後に真顔で語られたので、耳にしたスタッフたちは声も出さずに感服したが、いざ自分の仕事に活かそうとすると、まったく役に立たない精神論であったことに気づかされた。
 首藤さんのような一本釣りの才能がないのであれば数をこなす他になく、初めてSNSへ登録したばかりのヨチヨチ歩きの少年少女へ小難しい社会問題を吹っかけてアカウント削除で逃げられ、普段とは違う面を披露してやろうと意気込むサブ垢と論争になりブロックを喰らい、ネットらしくない丁寧な物言いの年寄に近寄って辟易するくらいに粘着された。死屍累々、反吐が出るような失敗を積み重ねて、訴訟を恐れないで有名人への中傷罵倒に猛進するアニメアイコンや、この世のあらゆる事象を米軍関与だと主張する「元政府高級官僚」、ナイーブな自己に陶酔して怠惰な生活を恥ずかしげもなく誇る自称「詩人」、それらを十万前後のフォロワーを有するまでに成長させることは出来たが、「こういう人物を野放しにしていいのか」と国会で名前を出され、アカデミー賞受賞女優がインタビューにて「私なら、ノーベル平和賞に彼女を推薦するわ」とコメントし、機械音声による就任演説が世界中のニュース番組で紹介されるといったい人材育成には程遠い。

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